8 / 12
恋愛小説家
しおりを挟む
失恋をした。実に、十数年ぶりの恋だった。
僕と彼女は『無名とは言えない小説家』同士で、とある授賞式で知り合い意気投合して以来、月に一度の食事をする仲だ。
愚痴や苦悩、話題の新作について、行き詰まったネタの行方について。さまざまな問題に、どうしたらいいんだろう? と頭を抱える僕とは反対に、彼女はいつも「まあ、もうどうするかは決めたんだけどね」と笑っていた。
彼女は好きな服を着る。背が高くスレンダーな彼女は、どんな服でも似合った。流行りのガーリィなワンピースも着ていたし、ボーイッシュなシャツも着こなした。ゴスロリや着物を着てきたことだってある。変わった装いの前日は、いつも「着ていい?」とお伺いのメッセージが来るのが、なんとなく好きだった。
僕の書く小説は、いつだって日常の域を出ない。誰かの隣に佇む小さな問題たちを、美しい言葉で着飾ってあげるような、そんな小説を書く。
彼女は、ドラマチックで起承転結がはっきりとした小説を書く。クールな彼女本人からは想像がつかないような、テンポのいいギャグシーンが僕は好きだ。読者に「文章」で笑えと働きかけることの難しさを知っているから、羨ましくもある。
彼女が好きだ。
彼女の生活にきっと僕は必要ない。だから惹かれたし、こちらを見て欲しいと思った。
駅での別れ際、小説家らしからぬ「好きです、付き合ってください」というありきたりな言葉は、初めて僕に彼女の困った顔を見せた。
「あなたは私の貴重な友人だから、あなたの人生を傷つけるような人を選ばないでほしいと思っている。あなたのためじゃなくて、私のために、一緒にいる人を間違わないでほしい」
そんな、小説のキャラクターみたいなセリフを、彼女は呟いた。ゆっくりと、言葉を大事に選んで、僕に告げた。
振られた。
醜い僕は、卑怯な手を思いつく。振られたことを、小説に書いて発表したいと言った。彼女は迷う素振りもなく了承するから、僕はまた寂しい気持ちになる。
狡い僕は、リアリティを持たせたいと作中の『彼女』の正体も公表したいと言った。彼女はクールな顔で「いいんじゃない?」と答える。
こんな僕を振った彼女は、正しいことをしたと思う。
僕の実録小説は、SNSに投稿するなり見たことのないスピードで拡散された。小説家同士のリアルな恋愛だったから、多くの人の興味と関心を誘ったのだろう。
後悔したことといえば、僕が愛しいと思って書いた彼女の言動を、好ましくないと思った読者が少なからずいたことだ。インターネットの恐ろしさは知っていたはずなのに、彼女に、迷惑をかけた。
僕が謝罪のメッセージを送ると、彼女から初めて見る喫茶店のURLが送られてきた。いつも行く場所より少しいいお値段で、僕は了承する返信を書きながら、ネットショッピングを中断した。
それから数分後。彼女が、僕たちの恋愛小説を引用リツイートする。これまで、リツイートだけで感想などひと言も送ってこなかったのに。
『先生に幸せになってほしい反面、こんなに美しい文章を生み出されてしまうと、また悲恋を迎えてほしいと、良くない心が湧いてしまいます』
当分、僕の恋が成就することはないと確信した。
僕と彼女は『無名とは言えない小説家』同士で、とある授賞式で知り合い意気投合して以来、月に一度の食事をする仲だ。
愚痴や苦悩、話題の新作について、行き詰まったネタの行方について。さまざまな問題に、どうしたらいいんだろう? と頭を抱える僕とは反対に、彼女はいつも「まあ、もうどうするかは決めたんだけどね」と笑っていた。
彼女は好きな服を着る。背が高くスレンダーな彼女は、どんな服でも似合った。流行りのガーリィなワンピースも着ていたし、ボーイッシュなシャツも着こなした。ゴスロリや着物を着てきたことだってある。変わった装いの前日は、いつも「着ていい?」とお伺いのメッセージが来るのが、なんとなく好きだった。
僕の書く小説は、いつだって日常の域を出ない。誰かの隣に佇む小さな問題たちを、美しい言葉で着飾ってあげるような、そんな小説を書く。
彼女は、ドラマチックで起承転結がはっきりとした小説を書く。クールな彼女本人からは想像がつかないような、テンポのいいギャグシーンが僕は好きだ。読者に「文章」で笑えと働きかけることの難しさを知っているから、羨ましくもある。
彼女が好きだ。
彼女の生活にきっと僕は必要ない。だから惹かれたし、こちらを見て欲しいと思った。
駅での別れ際、小説家らしからぬ「好きです、付き合ってください」というありきたりな言葉は、初めて僕に彼女の困った顔を見せた。
「あなたは私の貴重な友人だから、あなたの人生を傷つけるような人を選ばないでほしいと思っている。あなたのためじゃなくて、私のために、一緒にいる人を間違わないでほしい」
そんな、小説のキャラクターみたいなセリフを、彼女は呟いた。ゆっくりと、言葉を大事に選んで、僕に告げた。
振られた。
醜い僕は、卑怯な手を思いつく。振られたことを、小説に書いて発表したいと言った。彼女は迷う素振りもなく了承するから、僕はまた寂しい気持ちになる。
狡い僕は、リアリティを持たせたいと作中の『彼女』の正体も公表したいと言った。彼女はクールな顔で「いいんじゃない?」と答える。
こんな僕を振った彼女は、正しいことをしたと思う。
僕の実録小説は、SNSに投稿するなり見たことのないスピードで拡散された。小説家同士のリアルな恋愛だったから、多くの人の興味と関心を誘ったのだろう。
後悔したことといえば、僕が愛しいと思って書いた彼女の言動を、好ましくないと思った読者が少なからずいたことだ。インターネットの恐ろしさは知っていたはずなのに、彼女に、迷惑をかけた。
僕が謝罪のメッセージを送ると、彼女から初めて見る喫茶店のURLが送られてきた。いつも行く場所より少しいいお値段で、僕は了承する返信を書きながら、ネットショッピングを中断した。
それから数分後。彼女が、僕たちの恋愛小説を引用リツイートする。これまで、リツイートだけで感想などひと言も送ってこなかったのに。
『先生に幸せになってほしい反面、こんなに美しい文章を生み出されてしまうと、また悲恋を迎えてほしいと、良くない心が湧いてしまいます』
当分、僕の恋が成就することはないと確信した。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
性的イジメ
ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。
作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。
全二話 毎週日曜日正午にUPされます。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる