月の権利書

永井義孝

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ho-kago

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※BL

 放課後とはこんなにも静かだっただろうか。結城は終えたばかりの宿題をカバンに詰め込んで机に突っ伏した。待てども待てども、されど待ち人来ず、というやつだ。
 自分から「今日おまえんち行っていい~?」とか聞いて来たくせに、結城が頷いた直後に先生に連れて行かれた友人広瀬のアホみたいな顔を思い浮かべる。どうせ夏休み明けの宿題を提出していなかったのだ。広瀬はそういうくだらない馬鹿の常習犯である。
 今から家に帰ったところですぐに両親の、どちらかが帰ってくるのだろう。せっかくの半ドンだったのに。両親が居たって良いには良いのだが、居たら出来ないことだってある。そういうことがシたかったのに。

「疲れたぁ~!!」
「うーるっせえ!あと遅え!」

 勢いよく教室の扉が開いて、反射で肩が震える。よく聞くデカイ声に、結城もデカイ声で応戦した。
 なんて文句を言ってやろうか、声を出せないような場所で良いとこ悪いとこ隅から隅まで弄ってやろうか、そうだそうしようそれが良い!なんて思っていたのに、口を尖らせながら自分に近寄る姿を見ただけで気が抜けていくのだから不思議だ。

「誰だっけ?アイツ、新しいの。あっ、下水流!」
「おん」

 下水流って誰だっけ、と少し考えて思い出す。産休で休んだ英語教師の代打で二学期から教壇に立つことになった中年のことだ。始業式での挨拶にもあまり良い印象は持てなかったのだが、広瀬の様子を見る限り本当に良い感じではないらしい。明日からの授業が憂鬱だ。しかしこの件についてはどう考えても宿題をサボった広瀬が悪いので一旦保留にする。
まだまとめていなかったらしい荷物をまとめながら、新任下水流について吐き捨てた。

「俺がちょーっと休んで椅子にもたれただけで怒鳴るの!『少しは真面目にしないか!』ってさぁ、そんなのずっと頭使ってたら死ぬって。一緒いた前川さんびびって可哀想だったぁ」

 前川さんって誰だよ、という視線が伝わったのか広瀬は前川さんについても解説してくれる。どうやら隣のクラスの超絶真面目ちゃんで、下水流に教えを乞いに行っていたらしい。
 それからもだらだらと続く下水流の愚痴、ひいては宿題が如何に不要であるかを説き始めた広瀬はようやく帰る準備が整ったらしい。聞きに徹していた結城は、教室を出る直前にずっと胸に留めていたことを言い放つ。

「おまえが宿題やって来ないのが悪い」
「そういうこと言う~?」

 言うぞ、俺は。とは言わないが。
 俺の放課後はおまえの愚痴を聞くためにあるんじゃない、と言ってやりたい思い半分。こいつの話ならなんでも聞いていたいと思ってしまう惚れた弱み半分。溜息を吐いて、結城は広瀬にわざと肩をぶつける。

「いって!」
「待ってたんだからアイス奢れよ」
「金ねえし!」




 パピコは安いし半分こ出来るし色々お得だ。
 どうか面倒な先生が見回りしていませんように、と祈りながら、口に咥えて結城宅を目指す。両親が居ようが居まいが結局部屋でゲームやらなんやらするのには変わりないのだ。

「なあ、結城なにしてたの?」

おそらく広瀬を待っている間のことだろう。なんだかんだ多少なりとも申し訳ないと思っているらしい。

「今日の宿題。手ぇ抜いたから多分合ってないけど」

 実際退屈でしょうがなかったのだが、なんでも無いように言ってみると広瀬もすぐに調子を戻した。
 結城の腕に絡みついて可愛くない猫撫で声を出す。

「見~せ~て~」
「見せなーい」
「キャー!結城くんツルマルヨカニセー!」
「裏声きっしょ。つかそれ馬でしょ」

 可愛くない猫撫で声をうっかり可愛いと思ってしまったのと、近道の人通り少ない路地に入ったのは同時だった。ツルマルヨカニセが競馬であることをすぐに思い出せる程度の脳みそを持つ結城は、広瀬に効果覿面な悪戯だってすぐに思い付く。

「広瀬」

 わざ低く、それで居て掠れるくらい小さな声で呼ぶ。耳に息を吹きかければ広瀬の肩は大きく跳ねた。耳が弱いのも知っている。

「なん、......ッ!?」

 驚く広瀬の腰を抱いて、寄せてグッと顔を近付ける。広瀬がきゅ、と目を瞑ったのを見て、それからわざとらしくシャツの裾を引っ張った。

「服、縒れてただけ」

 ズボンに入れる気がないシャツの裾が裏返っていたことにして、結城は嬉々として広瀬をからかう。

「キスされるのかと思った?広瀬くん顔真っ赤ですけど」
「ほんっとにもぉ......っ、おまえはッ」
「もうちょっと我慢してね」
「うるせえ!!」

 家に着くまであと三分。果たして俺は、母さんか父さんが帰ってくるまでに満足できるのだろうか。そんなことを考えながら、まだ真っ赤なままの広瀬の頰を指で突いた。
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