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突発性音食欲症候群
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※BL ※生徒×生徒 ※架空の病
音喰一路は音を食べる。
病名、突発性音食欲症候群。もともとは普通の食事を楽しむ少年だった。高校生になって数ヶ月したある日、食事が急に味気なく感じるようになる。代わりに、日常で耳に入る『音』が一路の腹を満たすようになったのだ。
とはいえ、音で栄養素は賄えない。健常な人間と同じよう朝昼晩と食事をとり、月に一度栄養素が足りているか検査をした。
しかし腹は常に満ちた気分である。なにしろ世界は音にあふれているのだ。
この世で一等好きな味の音がある。
なめらかな舌触り、歯で噛むより先にとろけてしまう。味はしっかりついていて、苦味と甘味が混ざっている。喉をするりと通り抜けて腹に落ちる。暖かさが腹を満たしていく。
「あっ、音喰! ちょっと手伝ってくれないか?」
いくら食べても欲しくなる。
「乙味先生」
国語教師、乙味英彦の味は格別だ。
「いいですよ、なにしたらいいですか?」
「さっき授業で使った国語辞典、図書室まで運ぶの手伝ってくれ」
「分かりました」
乙味からのお願いならなんだって聞いてしまう。乙味の声はすこぶる美味いのだ。この厄介な病を患って良かったと錯覚してしまうくらいには、クセになる。
乙味が国語教師で良かった。教科書を読んでいる乙味は本当に美味しい。この味を知れない他の生徒がかわいそうなくらい。
デザートは別腹、とはよく言ったもので、乙味の声はいくら食べても食べ足りない。もっともっと欲しくなる。
「音喰」
名前を呼ばれる瞬間が、何より舌を喜ばせた。
「重くないか?」
「いえ全然。まったく。軽いくらいですよこんなの」
「そっか、頼もしいぜ」
国語辞典は数冊だけ表に出ていて、あとは図書室の奥にある資料室に置かれている。各教科の先生たちが、滅多に使わない資料をここにまとめているのだそうだ。原則貸し出しは出来ないが、生徒も閲覧は可能らしい。
「どこ置いてたかな」
「ここじゃないですか」
分かりやすい空棚を指差すと、乙味はニッと笑った。
「違うんだなぁ、そこは理科の先生たちが図鑑を置いてるんだ」
「授業で使った覚えないんですけど」
「自分たちで読んで楽しんでるんだろ。理科の先生たち、そういうイメージ無いか?」
「ああ、確かに。ありますね」
少しでも乙味の声を引き出したくて、余計に喋ってしまう。この場所が辞典の置き場でないことくらい察しはついていたのだが、この時間を長引かせるのには必要なボケだった。
普段はそんなこと思わないが、乙味と話している時だけは、己のコミュニケーション能力の低さを恨んだ。
うまいこと会話を続けられない。
「なあ、俺の声ってどんな味がするんだ?」
それは、本当に、ただ興味本意で聞いているだけだったと思う。
突然だが、音喰一路は乙味英彦を好きな理由がもうひとつあるのだ。細く見えて筋肉質な二の腕。だけど色は白くて、黒髪がよく生える。一路より少しだけ低い背と、同級生であるような幼さを感じさせる笑い方。大雑把なように見えて、生徒のことはちゃんと見てくれている。平等に優しい、だからこそ一番になりたくなる。
音喰一路は乙味英彦に恋をしているのだ。だから、自分のことに興味を持ってもらえた、たったそれだけのことでこれでもかというほど舞い上がった。
「すごく、好きです」
「うまい、って意味か?」
「はい。美味しいです。何回食べても足りないくらい」
カッと体が熱くなって、あっという間にかけちゃいけないエンジンがかかってしまった。ブレーキが効かないとわかっていたのに、アクセルを踏み込んでしまう。
一路を見上げる乙味に近付いて、その肩を掴んだ。引き寄せて、乙味に後ろにある入口の扉の鍵を占める。
「おとく、」
ついに乙味の声を唇ごと食べてしまった。甘くとろけていく。
「先生の声、すごいおいしいよ」
あっけにとられた乙味の口内は、簡単に犯せてしまった。舌を吸い上げると、鼻にかかった声を出す。いつもよりうんと甘い声だ。
「んっ、!?んっ、ぅう、んっ!んっ!」
首筋を撫でると、少し舌触りが硬くなる。耳たぶをふもふにと弄れば喉に絡むようになった。尾骶骨のあたりを指で辿ると、もっともっと甘くなった。舌に甘ったるさがまとわりつく。それなのに嫌じゃない。この甘さがたまらなくクセになる。
「ふぅ、ンン……! ッ、音喰! やめなさい......!」
「先生、もっと、もっと食わせて」
ほしい。腰のあたりがズクリと疼いた。乙味の後頭部を思い切り掴んでまた引き寄せる。渾身の力で引き離されそうになるのを、渾身の力で防いだ。現役ハンドボール部の腕はそんなことじゃ動かない。
もうやめないと先生に嫌われる。もう嫌われてるかもしれないけど、やめなかったらもっと嫌われる。わかっているのに止まらない。腹が乙味を欲してしょうがないのだ。
「はっ、は、おと、......ッンン! っ、ん、ふ、っ、んっ、んぅ」
乙味の口の端からよだれが垂れていくのがわかった。舐めとってみれば、それすら甘い気がした。
頭がクラクラしておかしくなりそうなほど、乙味がおいしい。
もっと美味しくなる気がして、密かに反応していた乙味自身に手を添えると、今までで一番強い力で引き剥がされた。
「......ッダメだ! 音喰! いい加減にしなさい!」
怒鳴り声に近かった気がする。
もやもやと脳を覆っていた熱が、その声に吹き飛ばされて晴れていく。遅れて自分が何をしでかしたか気づいた。
「あ、......、え、あっ、......す、すみません!」
慌てて頭を下げる。もう遅いだろうが、謝らないわけには行かなかった。自分は今何をしていた? このまま行けば無理やり乙味の体を暴いていたのではないだろうか。暴走した己が恐ろしくて背筋が凍る。
だけどもっと怖かったのは乙味だろう。
きっと怯えている筈だ。恐る恐る視線を上げる。
乙味は、顔を真っ赤にして口を押さえていた。
「えっ?」
想像と違う反応に、戸惑いが隠せない。なによりその表情が、まんざらでもなかったように見えたのだ。
動揺する一路を前に、乙味は資料室の扉を開ける。
「キスなんてあんな風に強引にするもんじゃない」
「す、すみません」
「......俺もお前の声、好きだから許すけど」
そう言って素早く資料室から出て行ってしまった。追いかけようとすると、また外から声が飛んでくる。
「窓側の棚の右から二番目、下から二段目が辞典の場所だ。ちゃんと片付けてから戻れよ!」
「~~ッ、嘘だろ、先生待ってください、さっきの、どういう意味ですか!」
聞いても返事は返ってこない。資料室の扉を開ければ、乙味はもうどこにもいなかった。
それから数日後のことだ。
ちょうど一路は定期検診の日だった。行きつけの病院で受付を済ませて、一ヶ月の食事を記録してプリントアウトした紙を無意味に眺める。ソファの右側が沈んだのがわかって、何気なく視線を向ければ、乙味英彦がいた。その手には、同じように一ヶ月の食事を記録しているらしい表がある。
「先生、俺の声、美味しかったですか」
「............」
微かに、うん、と呟いたのが聴こえて、もっと欲しくなってお腹が鳴った。
音喰一路は音を食べる。
病名、突発性音食欲症候群。もともとは普通の食事を楽しむ少年だった。高校生になって数ヶ月したある日、食事が急に味気なく感じるようになる。代わりに、日常で耳に入る『音』が一路の腹を満たすようになったのだ。
とはいえ、音で栄養素は賄えない。健常な人間と同じよう朝昼晩と食事をとり、月に一度栄養素が足りているか検査をした。
しかし腹は常に満ちた気分である。なにしろ世界は音にあふれているのだ。
この世で一等好きな味の音がある。
なめらかな舌触り、歯で噛むより先にとろけてしまう。味はしっかりついていて、苦味と甘味が混ざっている。喉をするりと通り抜けて腹に落ちる。暖かさが腹を満たしていく。
「あっ、音喰! ちょっと手伝ってくれないか?」
いくら食べても欲しくなる。
「乙味先生」
国語教師、乙味英彦の味は格別だ。
「いいですよ、なにしたらいいですか?」
「さっき授業で使った国語辞典、図書室まで運ぶの手伝ってくれ」
「分かりました」
乙味からのお願いならなんだって聞いてしまう。乙味の声はすこぶる美味いのだ。この厄介な病を患って良かったと錯覚してしまうくらいには、クセになる。
乙味が国語教師で良かった。教科書を読んでいる乙味は本当に美味しい。この味を知れない他の生徒がかわいそうなくらい。
デザートは別腹、とはよく言ったもので、乙味の声はいくら食べても食べ足りない。もっともっと欲しくなる。
「音喰」
名前を呼ばれる瞬間が、何より舌を喜ばせた。
「重くないか?」
「いえ全然。まったく。軽いくらいですよこんなの」
「そっか、頼もしいぜ」
国語辞典は数冊だけ表に出ていて、あとは図書室の奥にある資料室に置かれている。各教科の先生たちが、滅多に使わない資料をここにまとめているのだそうだ。原則貸し出しは出来ないが、生徒も閲覧は可能らしい。
「どこ置いてたかな」
「ここじゃないですか」
分かりやすい空棚を指差すと、乙味はニッと笑った。
「違うんだなぁ、そこは理科の先生たちが図鑑を置いてるんだ」
「授業で使った覚えないんですけど」
「自分たちで読んで楽しんでるんだろ。理科の先生たち、そういうイメージ無いか?」
「ああ、確かに。ありますね」
少しでも乙味の声を引き出したくて、余計に喋ってしまう。この場所が辞典の置き場でないことくらい察しはついていたのだが、この時間を長引かせるのには必要なボケだった。
普段はそんなこと思わないが、乙味と話している時だけは、己のコミュニケーション能力の低さを恨んだ。
うまいこと会話を続けられない。
「なあ、俺の声ってどんな味がするんだ?」
それは、本当に、ただ興味本意で聞いているだけだったと思う。
突然だが、音喰一路は乙味英彦を好きな理由がもうひとつあるのだ。細く見えて筋肉質な二の腕。だけど色は白くて、黒髪がよく生える。一路より少しだけ低い背と、同級生であるような幼さを感じさせる笑い方。大雑把なように見えて、生徒のことはちゃんと見てくれている。平等に優しい、だからこそ一番になりたくなる。
音喰一路は乙味英彦に恋をしているのだ。だから、自分のことに興味を持ってもらえた、たったそれだけのことでこれでもかというほど舞い上がった。
「すごく、好きです」
「うまい、って意味か?」
「はい。美味しいです。何回食べても足りないくらい」
カッと体が熱くなって、あっという間にかけちゃいけないエンジンがかかってしまった。ブレーキが効かないとわかっていたのに、アクセルを踏み込んでしまう。
一路を見上げる乙味に近付いて、その肩を掴んだ。引き寄せて、乙味に後ろにある入口の扉の鍵を占める。
「おとく、」
ついに乙味の声を唇ごと食べてしまった。甘くとろけていく。
「先生の声、すごいおいしいよ」
あっけにとられた乙味の口内は、簡単に犯せてしまった。舌を吸い上げると、鼻にかかった声を出す。いつもよりうんと甘い声だ。
「んっ、!?んっ、ぅう、んっ!んっ!」
首筋を撫でると、少し舌触りが硬くなる。耳たぶをふもふにと弄れば喉に絡むようになった。尾骶骨のあたりを指で辿ると、もっともっと甘くなった。舌に甘ったるさがまとわりつく。それなのに嫌じゃない。この甘さがたまらなくクセになる。
「ふぅ、ンン……! ッ、音喰! やめなさい......!」
「先生、もっと、もっと食わせて」
ほしい。腰のあたりがズクリと疼いた。乙味の後頭部を思い切り掴んでまた引き寄せる。渾身の力で引き離されそうになるのを、渾身の力で防いだ。現役ハンドボール部の腕はそんなことじゃ動かない。
もうやめないと先生に嫌われる。もう嫌われてるかもしれないけど、やめなかったらもっと嫌われる。わかっているのに止まらない。腹が乙味を欲してしょうがないのだ。
「はっ、は、おと、......ッンン! っ、ん、ふ、っ、んっ、んぅ」
乙味の口の端からよだれが垂れていくのがわかった。舐めとってみれば、それすら甘い気がした。
頭がクラクラしておかしくなりそうなほど、乙味がおいしい。
もっと美味しくなる気がして、密かに反応していた乙味自身に手を添えると、今までで一番強い力で引き剥がされた。
「......ッダメだ! 音喰! いい加減にしなさい!」
怒鳴り声に近かった気がする。
もやもやと脳を覆っていた熱が、その声に吹き飛ばされて晴れていく。遅れて自分が何をしでかしたか気づいた。
「あ、......、え、あっ、......す、すみません!」
慌てて頭を下げる。もう遅いだろうが、謝らないわけには行かなかった。自分は今何をしていた? このまま行けば無理やり乙味の体を暴いていたのではないだろうか。暴走した己が恐ろしくて背筋が凍る。
だけどもっと怖かったのは乙味だろう。
きっと怯えている筈だ。恐る恐る視線を上げる。
乙味は、顔を真っ赤にして口を押さえていた。
「えっ?」
想像と違う反応に、戸惑いが隠せない。なによりその表情が、まんざらでもなかったように見えたのだ。
動揺する一路を前に、乙味は資料室の扉を開ける。
「キスなんてあんな風に強引にするもんじゃない」
「す、すみません」
「......俺もお前の声、好きだから許すけど」
そう言って素早く資料室から出て行ってしまった。追いかけようとすると、また外から声が飛んでくる。
「窓側の棚の右から二番目、下から二段目が辞典の場所だ。ちゃんと片付けてから戻れよ!」
「~~ッ、嘘だろ、先生待ってください、さっきの、どういう意味ですか!」
聞いても返事は返ってこない。資料室の扉を開ければ、乙味はもうどこにもいなかった。
それから数日後のことだ。
ちょうど一路は定期検診の日だった。行きつけの病院で受付を済ませて、一ヶ月の食事を記録してプリントアウトした紙を無意味に眺める。ソファの右側が沈んだのがわかって、何気なく視線を向ければ、乙味英彦がいた。その手には、同じように一ヶ月の食事を記録しているらしい表がある。
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「............」
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