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Epilog:The emotion is flowing
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***
行き交う車に、歩行者の群数。電話の代替機、スマートフォンを眺めながら歩く人や、イヤホンを耳に着けながら音楽に夢中な人。五月蠅いと感じてしまうほどの広告や人々の話し声に少し後ずさりをしてしまう。
空を仰ぐと、太陽の日差しが眩しくて目を開けるのがやっとなくらいだ。
背中から腰当たり、両肩も錘を乗せられたようなどんよりとした痛みを感じる。掌の甲も滑らかだとは言い難いほど皺が寄っていた。
立ち止まっていては歩行者の邪魔になってしまうので、流れに乗って僕も一歩、踏み出す。カツン、とコンクリートを蹴る音。じわりとむせ返るスーツの内側。どれも久しぶりの感覚だった。
「戻ってきたってことなのかな……」
僕は呟くけれど、誰の耳にも届かない。この人でごった返す都市の中では僕はちっぽけな存在だ。掻き消されて終わる。
ちょうどいいことにーーいや、皮肉なことに、僕が意識を取り戻したのは仕事場のすぐ傍だった。見上げると僕が飛び降りた屋上が視界に映る。何てことは無い、ただのビルの屋上だった。
『今日は20●●年。●月●●日、周辺の天気は快晴、お洗濯日和となります!!』
巨大なモニターに全国の天気予報特集が映される。やっぱりそうだ。今日は僕が飛び降りた日、結婚記念日。
「ならば」
思わず早足になり、仕舞いには走っている始末。彼が、別の僕の言葉を信じたくて堪らなかったんだ。突然の別れなんて、彼女の嘘だと、そう信じたくて。
途中、他人にぶつかりそうになる。ふざけるなと、人混みの中で走るなと、嫌悪され罵倒されるけれど、僕は気に留めることなく走り続ける。
はやく。はやく。僕に残された最後の問いを解くべく走る。
そして自宅に到着した。オートロックのマンションだけど何事もなく玄関は開き、中層階へとエレベーターで急ぐ。
エレベーターを降り、マンションの最も端に位置する一室へと向かい、扉の前に立つ。
渇ききった喉を潤すために唾を飲み込むが、あまり効果はない。さっきから身体中から噴き出している汗がその原因だろう。
ノックをしようか、それともポケットに入っている鍵で入ろうか迷ったけれど、結局はそのどちらでもなかった。
突然、ゆっくりと内側から扉が開かれたのだ。そして開けた本人も同時に部屋の中から現れた。
「あなた…………」
瞳を涙で一杯にして、弱々しい呻き声を洩らしていた。妻だった。
「う…………うっ……ごめんなさい」
「それは僕の方こそだよ。君のことを考えられなくて、本当にごめん」
「いえ……ちょうど結婚記念日だったからおどかそうとしただけだったのに、本当にごめんなさい」
妻の話を聞く限り、僕に離婚届のような紙を見せつけてきたのはジョークだったらしい。そんな冗談話を真に受けてしまった僕はどうやら家を飛び出るように仕事場に出て行ったらしく、それきり丸一週間過ぎてしまった、ようである。
屋上から身を投げ出した後の記憶は当然なく、代わりにあるのは別の世界のものだけだった。その世界でちょうど一週間ほど過ごしていた、ということなのだろう。
あふれでてくる涙が灰色に塗装された床の上に落ちる。僕は妻をこの手で抱き寄せると、彼女は僕の胸に顔をうずめた。
感情を数値化しデータとして測ろうとする。たとえ技術的に可能だとしても、測ったことで生まれる結果は底が計り知れないほどの悲しみを、痛みを抱くことになる。
なぜなら、感情を生むということは僕たちのように意思を持つことと何ら変わらないことなのだから。
僕はミユとの別れとして悲しみをもらい、妻と再開出来たこととして幸福を受け取った。
だから、たとえ僕がいた現実世界に戻ったとはいえ、決してミユのことを忘れることはないだろう。
「ねぇ、まだ僕らは二人だけしかいないけどさ…………」
「私も……うん……思ってた。時には騒がしくなって、収拾がつかないことがあっても、温かくてどうしようもないくらいの幸せな家庭が欲しいなって」
「でも、こんなことをした私にはその資格はないよね」
妻はうつむきながら言った。だから僕は優しく、頬に手を添えた。
「そんなことない。僕も、君と一緒にいたいんだ。だから、これは僕からのお願いだ……傍に、いてくれないか…………?」
一度、僕の顔を見つめる妻。その表情は口先を必死に閉じて、感情を堪えているように見えた。
「う…………ん!!」
にこやかに微笑む姿。不意に脳裏に浮かぶ少女の姿。胸の奥に槍が突き刺さるほどの痛みを感じる。
強く、彼女を抱き締め、頬と頬を近づける。
生まれた子供にはどんな名前をつけてあげようか。
「男の子だったらあなたを支えてくれるように、さざめく波、漣って名前はどうかしら……?」
「なら、女の子だったら君に似て、心の優しい子。心優ってのはどうかな?」
青空が広がる下。太陽おりなす僕らの世界のもとに一筋の光が照らされる。
自分の感情を抑えられなくなった僕は思わず、彼女の唇に口づけをしたのだった。
***?
感情というのは不安定なものだ。ボロボロに崩れやすくて、一瞬のようにして生み出される。たとえるなら固まる土といったところか、掌で寄せ集めてやれば塊が出来るが、いつしか自然と壊れゆく。支え合っていけなければ生きていけない、人間そのものだ。
何語なのか分からない言葉の歌に涙が込み上げるように、タネが見え見えのマジックに何故か感動してしまうように。
たった一つの、言葉では言い表せないのだ。幾つも重なる星空の如く、感情もまた宇宙のように果てしなく広がってゆくのだ。
人間とは不可解でどうしようもなく有耶無耶な存在。
しかし、だからこそ色鮮やかな想いを、願いを、生み出すのだろう。まるでシンフォニーのように。
『美しい』
悲しいときは涙を流し、嬉しいときは輝かせた顔をする。そして何より、自分には関係ない事象であるはずなのに。まるで我が事のように思いやる。
まだ自分には理解できない。
だが、いつの日かきっと来るんだろう。
上半身を起こし、立ち上がる。服なのかそれともただの布なのか、曖昧な着衣物を身に纏いながらボクは目を開ける。
『さあ、次はどんな巡り合いが、邂逅が待ち受けているのか』
意識の集合体は僕らの周りで放浪し続ける。きっと永遠に。
行き交う車に、歩行者の群数。電話の代替機、スマートフォンを眺めながら歩く人や、イヤホンを耳に着けながら音楽に夢中な人。五月蠅いと感じてしまうほどの広告や人々の話し声に少し後ずさりをしてしまう。
空を仰ぐと、太陽の日差しが眩しくて目を開けるのがやっとなくらいだ。
背中から腰当たり、両肩も錘を乗せられたようなどんよりとした痛みを感じる。掌の甲も滑らかだとは言い難いほど皺が寄っていた。
立ち止まっていては歩行者の邪魔になってしまうので、流れに乗って僕も一歩、踏み出す。カツン、とコンクリートを蹴る音。じわりとむせ返るスーツの内側。どれも久しぶりの感覚だった。
「戻ってきたってことなのかな……」
僕は呟くけれど、誰の耳にも届かない。この人でごった返す都市の中では僕はちっぽけな存在だ。掻き消されて終わる。
ちょうどいいことにーーいや、皮肉なことに、僕が意識を取り戻したのは仕事場のすぐ傍だった。見上げると僕が飛び降りた屋上が視界に映る。何てことは無い、ただのビルの屋上だった。
『今日は20●●年。●月●●日、周辺の天気は快晴、お洗濯日和となります!!』
巨大なモニターに全国の天気予報特集が映される。やっぱりそうだ。今日は僕が飛び降りた日、結婚記念日。
「ならば」
思わず早足になり、仕舞いには走っている始末。彼が、別の僕の言葉を信じたくて堪らなかったんだ。突然の別れなんて、彼女の嘘だと、そう信じたくて。
途中、他人にぶつかりそうになる。ふざけるなと、人混みの中で走るなと、嫌悪され罵倒されるけれど、僕は気に留めることなく走り続ける。
はやく。はやく。僕に残された最後の問いを解くべく走る。
そして自宅に到着した。オートロックのマンションだけど何事もなく玄関は開き、中層階へとエレベーターで急ぐ。
エレベーターを降り、マンションの最も端に位置する一室へと向かい、扉の前に立つ。
渇ききった喉を潤すために唾を飲み込むが、あまり効果はない。さっきから身体中から噴き出している汗がその原因だろう。
ノックをしようか、それともポケットに入っている鍵で入ろうか迷ったけれど、結局はそのどちらでもなかった。
突然、ゆっくりと内側から扉が開かれたのだ。そして開けた本人も同時に部屋の中から現れた。
「あなた…………」
瞳を涙で一杯にして、弱々しい呻き声を洩らしていた。妻だった。
「う…………うっ……ごめんなさい」
「それは僕の方こそだよ。君のことを考えられなくて、本当にごめん」
「いえ……ちょうど結婚記念日だったからおどかそうとしただけだったのに、本当にごめんなさい」
妻の話を聞く限り、僕に離婚届のような紙を見せつけてきたのはジョークだったらしい。そんな冗談話を真に受けてしまった僕はどうやら家を飛び出るように仕事場に出て行ったらしく、それきり丸一週間過ぎてしまった、ようである。
屋上から身を投げ出した後の記憶は当然なく、代わりにあるのは別の世界のものだけだった。その世界でちょうど一週間ほど過ごしていた、ということなのだろう。
あふれでてくる涙が灰色に塗装された床の上に落ちる。僕は妻をこの手で抱き寄せると、彼女は僕の胸に顔をうずめた。
感情を数値化しデータとして測ろうとする。たとえ技術的に可能だとしても、測ったことで生まれる結果は底が計り知れないほどの悲しみを、痛みを抱くことになる。
なぜなら、感情を生むということは僕たちのように意思を持つことと何ら変わらないことなのだから。
僕はミユとの別れとして悲しみをもらい、妻と再開出来たこととして幸福を受け取った。
だから、たとえ僕がいた現実世界に戻ったとはいえ、決してミユのことを忘れることはないだろう。
「ねぇ、まだ僕らは二人だけしかいないけどさ…………」
「私も……うん……思ってた。時には騒がしくなって、収拾がつかないことがあっても、温かくてどうしようもないくらいの幸せな家庭が欲しいなって」
「でも、こんなことをした私にはその資格はないよね」
妻はうつむきながら言った。だから僕は優しく、頬に手を添えた。
「そんなことない。僕も、君と一緒にいたいんだ。だから、これは僕からのお願いだ……傍に、いてくれないか…………?」
一度、僕の顔を見つめる妻。その表情は口先を必死に閉じて、感情を堪えているように見えた。
「う…………ん!!」
にこやかに微笑む姿。不意に脳裏に浮かぶ少女の姿。胸の奥に槍が突き刺さるほどの痛みを感じる。
強く、彼女を抱き締め、頬と頬を近づける。
生まれた子供にはどんな名前をつけてあげようか。
「男の子だったらあなたを支えてくれるように、さざめく波、漣って名前はどうかしら……?」
「なら、女の子だったら君に似て、心の優しい子。心優ってのはどうかな?」
青空が広がる下。太陽おりなす僕らの世界のもとに一筋の光が照らされる。
自分の感情を抑えられなくなった僕は思わず、彼女の唇に口づけをしたのだった。
***?
感情というのは不安定なものだ。ボロボロに崩れやすくて、一瞬のようにして生み出される。たとえるなら固まる土といったところか、掌で寄せ集めてやれば塊が出来るが、いつしか自然と壊れゆく。支え合っていけなければ生きていけない、人間そのものだ。
何語なのか分からない言葉の歌に涙が込み上げるように、タネが見え見えのマジックに何故か感動してしまうように。
たった一つの、言葉では言い表せないのだ。幾つも重なる星空の如く、感情もまた宇宙のように果てしなく広がってゆくのだ。
人間とは不可解でどうしようもなく有耶無耶な存在。
しかし、だからこそ色鮮やかな想いを、願いを、生み出すのだろう。まるでシンフォニーのように。
『美しい』
悲しいときは涙を流し、嬉しいときは輝かせた顔をする。そして何より、自分には関係ない事象であるはずなのに。まるで我が事のように思いやる。
まだ自分には理解できない。
だが、いつの日かきっと来るんだろう。
上半身を起こし、立ち上がる。服なのかそれともただの布なのか、曖昧な着衣物を身に纏いながらボクは目を開ける。
『さあ、次はどんな巡り合いが、邂逅が待ち受けているのか』
意識の集合体は僕らの周りで放浪し続ける。きっと永遠に。
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