〈感情高度文明都市〉Dear:*** from massnomadic

薪槻暁

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29.I'll never forget you

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 ***B

 見ているだけだった。

 ニクシミレンがこの塔から身を投げるのを僕には止めることが出来なかった。一瞬の出来事だった……なんて言い訳は無意味だ。たとえドクターによってMBTに干渉させないためとはいえ、道連れをする以外に方法があったのかもしれないのだ。

 けれど、僕は何も、彼に言葉を掛ける事すら出来なかった。それがでもあったのに。

 ゆっくりと彼が飛び降りたガラスに近づく。死人にでも掴まれているかのような重い足取りで。

 ガラスに手を触れる。滑らかな触感。怖いくらいに新品に見える透明な壁。どこにも割れ目も切れ目も存在しない。つまり、自分からこのホログラムガラスを消失させたのだ。僕をこの部屋に、塔に留めさせるために。

を教えてくれてありがとう』

 足を滑らせる時に見せた頬の綻び。彼は忘れていた記憶が呼び覚まされたかのように喜びを表情に露わにしていた。そしてそんな嬉しそうな彼を見たのは、これが初めてで最後だった。

 やっと知れて、触れられて、気付けたのに。

 どうして世界はこんなにも残酷な仕打ちをするのだろうか。

「もしこの世界で僕らを覗いている神様がいたとしたら恨む。だけど本当に過ちを犯したのは………」

 きっと僕自身だ。決断力、行動力、判断力にかけている僕自身。

「ああ………僕は……僕は何のために……」

 この塔へ来た理由は彼を救うためだった。彼のことを処理という名目で消滅させようとしていたドクターの元へ行き、一人の人間として彼を取り戻す。寿命を操作するなんてことは絶対に許されないはずだと。僕はそう信じてここに来た。

「それなのに、それなのに僕は………」

ーー結局何も出来なかったーー

「何も出来なかったなんて言わせない」

 突然、僕の背後から声が聞こえた。

「あの人は自分から望んだの。決して他人の干渉があったから飛び降りたわけじゃない。死ぬのが怖くても、辛くても、彼は自分なりに答えを出した。それをあんたは否定するの?」

 振り返ると白いベッドの上で寝そべっていたはずのミユが体を起こしてこちらを見つめていた。

「そうかもしれないけれど。そこで平然に、これは仕方のないことなんだって、頷くことが僕には出来ないんだ。もう終わったことだから、じゃない。

「犯してしまった罪を、悔いなければ何度も同じ過ちを繰り返してしまうように。僕は自分のことが許せないんだよ」

「なら仮に、それがあの人にとって罪な行為だとしても同じことをするの?」

 怒りに満ちた声が部屋中を響かせた。

「あなたがどんな罪を過去にしたのかは分からない。私とあなたは知り合いだけど、それ以上の関係ではないから」

「だけど!!ここで懺悔なんてして、留まっているのがあの人の望みだったと思う!?」
 
 ミユは座っていたベッドから立ち上がり、僕の目の前まで近寄る。反抗期の子供のような睨むような眼差しを僕に向けていた。

「わたしはそうは思わない!!」

「たしかに私もあの人のことを、普通の人間として生活できるように、まだ生きて欲しかった。だけど……それは私の願い」
 
「自分の願いを、欲を、他人に押し付けることが罪以外の何物でもないって、どうしてあなたは分からないの?」

 そうじゃない。僕は彼には生きたいという希望があったからそれに応えようとしただけだ。

「僕ら以外の人間が目の前で死んでしまっても、それを救ってはダメなのか?」

「ちがう!!!!」

 僕の手を、右腕を、ミユは強く掴んで、持ち上げた。

「あなたのこの手は、体は何のためにあるの?ここでどうして救えなかったかって、自問自答するため?どうすれば救えるか悩むため?思いつめるため?」

「そうじゃないでしょ」

 ああ……もう僕は何といったら言いのだろうか。幼げな少女の目前でだらしなく、自分のことばかりで、それしか考えない。他人のことを考えるなんて、嘘ばかりだ。これでは我が儘を言う子供にしか見えない。

「君には……助けられてばかりだよ……」

 両腕を組みながら僕を一瞥するミユ。ちょっぴり偉そうな態度を取って恥ずかしさを減らそうとするのは玉に瑕だけれど。

 僕はそれこそが彼女に似つかわしいのだと思う。

「それで………?この後はどうするの?」

 だからこそ、守らなくてはならない。僕の傍にいる人たちをもうこれ以上失わせないために。それがきっと彼の為にもなるのだと思わなくちゃならない。

 そして。

「上を目指す。この感情思念センターを、MBTを開発した人物のもとへ向かうために」

 これ以上、こんな悲しみがない世界に。エモーショナーのようなコントールされた人間が生み出されることを止めるために。

「よーーやく分かったみたいね」

 ゆえに、こんなところで立ち止まるわけにはいかない。

 僕は一度ガラスの方へ振り向き、傍に落ちていた一本の赤いバラを手に取る。一度ポケットに入れようと思ったけど、その手を止めた。

 代わりに反対側のズボンのポケットからハンカチを取り出し床の上に広げて、その上にバラを乗せる。

 そして、ドット柄の模様が刺繍されたそのハンカチで包むように置き。

 僕はその場から立ち去ることにした。

『決して僕は君のことを忘れない』

 そう心の中で口にしながら。
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