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28.There is nothing I stop teardrop
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***B
都市部から北に逸れたところに立ちそびえる感情思念センター、その中層ーー中央管制室兼執務室。
ニクシミという感情の動向を操られたエモーショナーを実験目的で利用する施設、人間ーードクターが待ち構えていた場所。
そこに、僕とミユ、そしてドクターの傍にニクシミが立っていた。
僕はミユの安全を確保するために、真っ先にミユが寝ているベッドに駆け寄り、彼女を抱き寄せた。ドクターはナイフを刺され、崩れるように床に倒れこみ、ニクシミはそれをただ見下ろしていた。
「俺がここに来た理由はこれで分かったか?」
「な、ななな………理解できない!!お前は絶対に死んでいるはずだ、夕日も沈んでいる、6時もとうに過ぎている」
「ああ。俺はとっくに死んでいたはずだ。だが、現に生きているだろう?」
ドクターは予想していた仮説が大きく外れたと言わんばかりに平静を失っていた。
「そ、そうだ!!そのマス……ノマとか何とか分からない得体の知れない人間のこともだ、私は名前すら聞き覚えがないぞ、どういうことだ!!」
「お前に教える義理はねえ」
ニクシミーー彼は慌てふためき、ドクターの一切を拒絶した。すると、ドクターは取り乱してぐしゃぐしゃになった白髪頭を持ち上げて、空中にモニターを映し出した。
だが、彼はドクターの右手を制した。
「おっと、MBTを使うのはもう遅いぜ。俺へのアクセス権限は処理を下した時から俺自身が持っているんだ」
ドクターは悔しそうに彼を見つめて言った。
「お前が生きている理由、時間にズレが生じた詳細は分からない。はたしてどのようにお前に干渉したのか、疑問が連なるばかりだ」
ナイフを刺しこまれた下腹部付近を抱えながらゆっくりと立ち上がる様は不気味以外の何物でもなかった。
きっと、それだけじゃない。彼の頬が弛緩していることが余計にそう思わせたのだろう。
「仮説を立て検証し結果を得る。結果というものは副産物に過ぎない。では、いったい何者が主産物となるべきか?」
「過程だよ」
「なぜそうなったのか、何でもいい砂糖は甘い、ならどうして砂糖は甘く感じるように働くのだろうか、と試行錯誤する。甘いという副産物はもうすでに出されている結果。ゆえにどうして、という過程が私にとっては重要なのだよ」
「何が言いたい?」
彼は一際、重い声でドクターに訊いた。
「つまり…………」
そして代わりにドクターは嘲笑うかのように口、両手を同時に大きく開かせて言った。そう、まるでショーの主催者が開幕の合図をするかのように。
「君らのMBTに直接関与することにしたんだ!!この私がシークレットパスの1つや2つ、持ち合わせていないと思うかネ?」
「ん、あるわけないよねえ!!そんなの、銃弾を持っていないガンマンと同意義だよ、愚かの極みだ」
ドクターは右手、指先を上下に動かすと目の前にスクリーンが浮かび上がった。
「この中央にあるボタンに触れた時、この周辺に存在するありとあらゆるMBTへの干渉アクションを開始する」
最も近くに立っていた彼、ニクシミがドクターの右手を掴もうとするが、
「おっと。それ以上近づくなよ。寿命を速めるだけだぞ。まあ、もうあと数時間も満たない命だがな。ククッ」
と、どうにも動けない状態に立たされてしまった。
僕は、どうするべきか。一番近くに立っている彼が何も出来ないとなると、僕も手出しは難しい。だからといって、このままニクシミと、ミユのMBTを意のままに操られてしまうのは絶対に許せない。たとえ、僕の脳内にMBTが埋め込まれていなくて、後から救うことが出来ると言っても、彼らに後遺症が残ってしまっては元も子もない。
悩んでいた。
だからきっと、彼はそんな僕の胸中を察してくれたのだと思う。他人の、他者が何を考えているのか把握する、そんな人間にしか出来ないようなことを彼はしたのだ。
「カイト」
彼は僕の名前を呼んだ。偽物だと分かりながら確かにそう言った。
「俺はあんたに感謝してる。何の因果か分からないが、こうやって会えたこともな」
「な、なにを………?」
「時間がない。俺はもうじきに終わる。だからせめて2度目の礼を言いたくてな」
「嘘をついていい現実と嘘をついてはならない感情を教えてくれてありがとう」
そう一言だけ言い放つと、彼はドクターとともに背後のガラスに倒れこみ。
道ずれのように塔から飛び降りたのだった。
***A
俺は奴とのケリをつける。その結果がまさにこれだ。
『テメェはもう終わりだ。俺と同じくして最期の時を過ごすんだ』
こんな人間にしがみついて地面へと一直線。不思議だ。気分はそこまで悪くない。
もう口を使って喋るのは止めだ。この押し寄せる風圧に逆らうこと自体、疲れるばかりだからだ。
『おのれえええ!!私によって作り出された人形の分際で生意気な!!』
『ああそうさ。俺は人間によって生み出された非人間、贋作者、偽造模造、なんとでも言えばいい』
『そんな奴にテメェは巻き込まれたんだ。全く愉快だぜ』
ドクターは束縛していた俺の手を振り払い、体ごと突き放した。その距離、数歩ぐらいだろう。
『いいや。私はまだ諦めるわけにはいかない。まだ矯正できる可能性は…………』
『ねえよ』
俺は即答した。無慈悲にも、神なんてこの世にはいないと断言するように。
『テメェは俺がカタをつけると決めたんだ』
急降下する中、俺は奴の体に手を伸ばす。距離はそこまで遠くない。そして落下しているのなら遠ざかることも出来ない。
『捕まえたぜ』
奴の右腕を掴む。握りつぶしてしまいそうなほどに力を込めて。
『全て順調だったのに、計画は完璧だったのに』
『実験は失敗だ』
『お前のような塵程度の誤差によって足が掬われるとはな』
奴を引き寄せ、背中を地面に向けさせる。このまま落下させ地面という名のコンクリートに正面衝突させてやる。
残り数十メートル。
不意に塔の方に意識が逸れた。気にしていた訳じゃない、ただ本当に偶然だったのだろう。
ガラスの向こう側で「ヤサシサ」が俺のことを見つめていた。掌をガラスに付けていて、まるで籠の中の鳥のようだった。
すると、脳内に映像が刷り込まれてきた。映画館のスクリーンに映し出されるように俺だけにしか観れない光景。
『ああ。なるほどな。これが走馬灯ってやつなのか』
塔の方へ気が紛らわされていたときにはいつしか落下運動を終えていたのだろう。視線が一定の位置を保てない。
ぼやける視界。靄がかけられる瞼。
不思議だ。痛みを感じない。これが本当の「死」というのだろうか。
今や腹が煮え変えるような熱さを感じない。エモーショナーの役割を終えたのだ。
やがて、スクリーンにある映像が流れてきた。
あ…………ああ。
俺はエモーショナーだった。それは確実に変えられない運命だったのも本当だ。
『あーあ……んだ…………そういうことだったんかよ』
ひどい話だ。ひどすぎて言葉が出ない。
そんな予感はしていたのだ。どうしてニクシミ成分を高められている俺が、たった一人の少女を救おうとしたのか。
やはり理由があったのだ。
目端から頬を伝うように流れ出てくる感触がする。初めての経験だったからか、それともこの映像自体によってなのか。
『嬉しいのに涙が出るんだな…………』
重たい右腕に力を込める。痛くはないが感覚が鈍くなっているのだ。
そうして右腕だけを起こし、両瞼を腕で覆う。決して涙を流しているのを誰かに見せたくなかったわけじゃない。ただ拭きたかったのだ。自分に悲しみなんてないことを言いたくて。
どうにも出来ないくらいに溢れてくるこの涙を。
『何だ…………やっぱ、そういうことだったんかよ……心優』
そうして俺は感傷に浸りながら、胸の奥を満たされるとともに。
意識が消失した。
都市部から北に逸れたところに立ちそびえる感情思念センター、その中層ーー中央管制室兼執務室。
ニクシミという感情の動向を操られたエモーショナーを実験目的で利用する施設、人間ーードクターが待ち構えていた場所。
そこに、僕とミユ、そしてドクターの傍にニクシミが立っていた。
僕はミユの安全を確保するために、真っ先にミユが寝ているベッドに駆け寄り、彼女を抱き寄せた。ドクターはナイフを刺され、崩れるように床に倒れこみ、ニクシミはそれをただ見下ろしていた。
「俺がここに来た理由はこれで分かったか?」
「な、ななな………理解できない!!お前は絶対に死んでいるはずだ、夕日も沈んでいる、6時もとうに過ぎている」
「ああ。俺はとっくに死んでいたはずだ。だが、現に生きているだろう?」
ドクターは予想していた仮説が大きく外れたと言わんばかりに平静を失っていた。
「そ、そうだ!!そのマス……ノマとか何とか分からない得体の知れない人間のこともだ、私は名前すら聞き覚えがないぞ、どういうことだ!!」
「お前に教える義理はねえ」
ニクシミーー彼は慌てふためき、ドクターの一切を拒絶した。すると、ドクターは取り乱してぐしゃぐしゃになった白髪頭を持ち上げて、空中にモニターを映し出した。
だが、彼はドクターの右手を制した。
「おっと、MBTを使うのはもう遅いぜ。俺へのアクセス権限は処理を下した時から俺自身が持っているんだ」
ドクターは悔しそうに彼を見つめて言った。
「お前が生きている理由、時間にズレが生じた詳細は分からない。はたしてどのようにお前に干渉したのか、疑問が連なるばかりだ」
ナイフを刺しこまれた下腹部付近を抱えながらゆっくりと立ち上がる様は不気味以外の何物でもなかった。
きっと、それだけじゃない。彼の頬が弛緩していることが余計にそう思わせたのだろう。
「仮説を立て検証し結果を得る。結果というものは副産物に過ぎない。では、いったい何者が主産物となるべきか?」
「過程だよ」
「なぜそうなったのか、何でもいい砂糖は甘い、ならどうして砂糖は甘く感じるように働くのだろうか、と試行錯誤する。甘いという副産物はもうすでに出されている結果。ゆえにどうして、という過程が私にとっては重要なのだよ」
「何が言いたい?」
彼は一際、重い声でドクターに訊いた。
「つまり…………」
そして代わりにドクターは嘲笑うかのように口、両手を同時に大きく開かせて言った。そう、まるでショーの主催者が開幕の合図をするかのように。
「君らのMBTに直接関与することにしたんだ!!この私がシークレットパスの1つや2つ、持ち合わせていないと思うかネ?」
「ん、あるわけないよねえ!!そんなの、銃弾を持っていないガンマンと同意義だよ、愚かの極みだ」
ドクターは右手、指先を上下に動かすと目の前にスクリーンが浮かび上がった。
「この中央にあるボタンに触れた時、この周辺に存在するありとあらゆるMBTへの干渉アクションを開始する」
最も近くに立っていた彼、ニクシミがドクターの右手を掴もうとするが、
「おっと。それ以上近づくなよ。寿命を速めるだけだぞ。まあ、もうあと数時間も満たない命だがな。ククッ」
と、どうにも動けない状態に立たされてしまった。
僕は、どうするべきか。一番近くに立っている彼が何も出来ないとなると、僕も手出しは難しい。だからといって、このままニクシミと、ミユのMBTを意のままに操られてしまうのは絶対に許せない。たとえ、僕の脳内にMBTが埋め込まれていなくて、後から救うことが出来ると言っても、彼らに後遺症が残ってしまっては元も子もない。
悩んでいた。
だからきっと、彼はそんな僕の胸中を察してくれたのだと思う。他人の、他者が何を考えているのか把握する、そんな人間にしか出来ないようなことを彼はしたのだ。
「カイト」
彼は僕の名前を呼んだ。偽物だと分かりながら確かにそう言った。
「俺はあんたに感謝してる。何の因果か分からないが、こうやって会えたこともな」
「な、なにを………?」
「時間がない。俺はもうじきに終わる。だからせめて2度目の礼を言いたくてな」
「嘘をついていい現実と嘘をついてはならない感情を教えてくれてありがとう」
そう一言だけ言い放つと、彼はドクターとともに背後のガラスに倒れこみ。
道ずれのように塔から飛び降りたのだった。
***A
俺は奴とのケリをつける。その結果がまさにこれだ。
『テメェはもう終わりだ。俺と同じくして最期の時を過ごすんだ』
こんな人間にしがみついて地面へと一直線。不思議だ。気分はそこまで悪くない。
もう口を使って喋るのは止めだ。この押し寄せる風圧に逆らうこと自体、疲れるばかりだからだ。
『おのれえええ!!私によって作り出された人形の分際で生意気な!!』
『ああそうさ。俺は人間によって生み出された非人間、贋作者、偽造模造、なんとでも言えばいい』
『そんな奴にテメェは巻き込まれたんだ。全く愉快だぜ』
ドクターは束縛していた俺の手を振り払い、体ごと突き放した。その距離、数歩ぐらいだろう。
『いいや。私はまだ諦めるわけにはいかない。まだ矯正できる可能性は…………』
『ねえよ』
俺は即答した。無慈悲にも、神なんてこの世にはいないと断言するように。
『テメェは俺がカタをつけると決めたんだ』
急降下する中、俺は奴の体に手を伸ばす。距離はそこまで遠くない。そして落下しているのなら遠ざかることも出来ない。
『捕まえたぜ』
奴の右腕を掴む。握りつぶしてしまいそうなほどに力を込めて。
『全て順調だったのに、計画は完璧だったのに』
『実験は失敗だ』
『お前のような塵程度の誤差によって足が掬われるとはな』
奴を引き寄せ、背中を地面に向けさせる。このまま落下させ地面という名のコンクリートに正面衝突させてやる。
残り数十メートル。
不意に塔の方に意識が逸れた。気にしていた訳じゃない、ただ本当に偶然だったのだろう。
ガラスの向こう側で「ヤサシサ」が俺のことを見つめていた。掌をガラスに付けていて、まるで籠の中の鳥のようだった。
すると、脳内に映像が刷り込まれてきた。映画館のスクリーンに映し出されるように俺だけにしか観れない光景。
『ああ。なるほどな。これが走馬灯ってやつなのか』
塔の方へ気が紛らわされていたときにはいつしか落下運動を終えていたのだろう。視線が一定の位置を保てない。
ぼやける視界。靄がかけられる瞼。
不思議だ。痛みを感じない。これが本当の「死」というのだろうか。
今や腹が煮え変えるような熱さを感じない。エモーショナーの役割を終えたのだ。
やがて、スクリーンにある映像が流れてきた。
あ…………ああ。
俺はエモーショナーだった。それは確実に変えられない運命だったのも本当だ。
『あーあ……んだ…………そういうことだったんかよ』
ひどい話だ。ひどすぎて言葉が出ない。
そんな予感はしていたのだ。どうしてニクシミ成分を高められている俺が、たった一人の少女を救おうとしたのか。
やはり理由があったのだ。
目端から頬を伝うように流れ出てくる感触がする。初めての経験だったからか、それともこの映像自体によってなのか。
『嬉しいのに涙が出るんだな…………』
重たい右腕に力を込める。痛くはないが感覚が鈍くなっているのだ。
そうして右腕だけを起こし、両瞼を腕で覆う。決して涙を流しているのを誰かに見せたくなかったわけじゃない。ただ拭きたかったのだ。自分に悲しみなんてないことを言いたくて。
どうにも出来ないくらいに溢れてくるこの涙を。
『何だ…………やっぱ、そういうことだったんかよ……心優』
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