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22.Not understand:Not understand

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***B

 花畑。赤青黄と彩色が施された薔薇に包まれた花園。前日、僕らが訪れた場所であり、レンじゃない本当の彼と対話をした唯一の場でもある。遮光場ならぬ社交場だ。レンという人格が消え、本当の姿を現す機会の落としどころ。

「よくここが分かったな。カイ……いや止めた」

 木製のベンチに深々と座り僕を待ち構えていたのは、正真正銘、レンではないだった。

「君が来たことのある場所のどこかにいると思ってさ。半分祈りというか願いみたいなものだったけど」

「そんなもんに頼ってきたってわけか。まあいい、座れよ」

 彼はベンチの端に寄り、僕が座る部分を確保してくれたらしい。だけど。

「どうした?突っ立ってても疲れるだけだろ?俺の隣に座らないのか?」

「だってさっき僕のことを刺したよね?そうだよね?」

 不安感が拭えないどころか、恐怖しかないよ。平然と僕を背後から刺した人だよ、この人。

「ああその件か。安心しな、もう怖がる必要はねえよ。俺はもう誰も刺さねえから、というか刺すことが出来ないからな」

「んだから心配すんなって、俺はただお前と話したいだけなんだ」

 ほれほれと僕を横に誘ってくるので渋々ながら付き合うことにする。ゆっくりと、警戒しつつも忍び足で彼に近づき、隣に腰を下ろす。

「それはいいけど、僕の名前を言い止めたのはどうして?」

「なんだ?そんなに呼んでほしかったのか?」

 笑い飛ばしているのは確実だった。何かを隠している、そしてそれが理由で僕の名前を呼ぶことに躊躇しているのだと。

「そうじゃないんだ。ただ違和感がしただけだ。だからこれ以上審議してもどうにもならないけどさ」

 僕が言葉に出来ないこの蟠りを表現したからか、彼は咄嗟に応えた。

「お前は俺と似ていたからだ。境遇も、姿も、全てな」

 彼は遠くを見つめていた。空高く飛ぶ鳥でも、もちろん夜空に浮かぶ星でもなく、何もない空を。虚空を見つめていた、との方が正しいかもしれないけれど。それでいて彼しか見えない約束事でも思い返すような表情だった。

「先に話を切り出す。要点だ。俺が言いたかった、問いたかったことだ」

 変わらず僕を見据えようとしない。視線は地平線の向こう側にでも送っているようで、茫然としている。

「お前は、カイトじゃない。別人だ」

 忽然と主張された、というより断言されたことに僕は驚きを隠すことが出来ず、ただひたすらにどうしてとしか思いようが無かった。たしかにミユから「カイト」という名前を聞いた時、応答する際にラグのようなものがあったけれど、だからといって僕が別にいるということが知れるわけがない。

「僕が別人?何を言っているんだよ、出会った時に言ったじゃないか、僕は記憶喪失だって」

「この世界の住民と違いすぎるんだ。MBTは脳内に埋め込まれていない。物の売買は知らない。だが、単語は知っている。買う、売る、食べる、という行為に加え、料理名さえも」

 僕への疑念はさらに深くなっていく。これは僕自身対応できないのかもしれない。けれど、本当のことを、僕が一度死んでここにやってきたなんて信じるだろうか。幻想論じゃあるまいし、信じられない、というのが一般的ではないだろうか。

「もし仮にだよ?僕が別人だとしたら君はどうするの?そのことをミユに言って、記憶を取り戻すなんて行為を諦めさせるの?」

「ハッ。そんなことして何になる?俺はただ知りたいだけさ、何が本物の感情なのか。人間の情動というものをよ」

 マスノマディックは僕に彼を、この目の前の人物を救ってほしいと言った。救う義理なんてないけれど、心の底からそう願っている人(物かもしれない)の気持ちを無下には出来ない。

「分かった。教える。僕が何者なのか、どうしてここにいるのか。けど、その代わり君のことも教えて。いったいどこから来たのかとかさ」

 だから交換条件として僕を差し出した。対等に彼のことを知るために。

「ハハッ。俺のことなんざ聞いても『オモシロイ』ことなんざねえぜ。まあ、どうせ廃棄処分だ。何を聞いたってマイナスにはならねえさ、お前さんにはな」

 僕の頭に彼の投げやりな言葉が刻まれつつ、そうして僕の過去を彼に明かし、代償として彼もまた僕に過去を明らかにしたのだった。

 ***A

 信じられなかった………わけではなかった。ああ、やっぱりかと、内心納得していたのだ。あまり驚くことは無かった。あの一般人が普通の、この世界の住民ではないといつしか気づいていたんだろう。

 少女と血縁関係にあるといっても中身と体がずれていたのだ。言動も、仕草も、似てはいなかった。いや……なぜ俺がそんなことを知っているんだ?俺と少女とは関係はないはずだ。ヤサシサに似た容姿だとはいえ、本人とは別人のはずだ。

 ダメだ。どうしてもあの少女と一般人を相手にすると気が狂っちまう。別に腹の奥が煮えかえるような感情じゃないが、調子が狂う。

 これも別世界から来た一般人が関係しているのか?MBTを脳内に埋め込まず、感覚共有、記憶共有を利用しない人間。

 人類は進歩するたび、新たな道具を作り上げ、利用してきた。文化を発展させ、美を追求し、利を懇願した。人が楽に生きるため、省コスト、エネルギーでも生存できるようにと。そしてMBTが副産物としてこの世に産み落とした。

 ホログラムだってそうだ。気象、天候さえもコントロールし、物体も鑑賞物も映写体となった。見て触れられる、人間の五感にコンタクトするホログラムはいつしか本物の必要性を失った。

 俺はその過去と歴史が記憶の隅から隅までに残っている。俺自身、生まれたのは最近だ。だが、感情思念センターの内部データを閲覧した俺は生まれる前の記憶は自分のことのように覚えているのだ。

 だからだ。だからこそ、俺はこの一般人を、まだ生きている人間として希望を抱いたはずだった。
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