22 / 38
22.Not understand:Not understand
しおりを挟む
***B
花畑。赤青黄と彩色が施された薔薇に包まれた花園。前日、僕らが訪れた場所であり、レンじゃない本当の彼と対話をした唯一の場でもある。遮光場ならぬ社交場だ。レンという人格が消え、本当の姿を現す機会の落としどころ。
「よくここが分かったな。カイ……いや止めた」
木製のベンチに深々と座り僕を待ち構えていたのは、正真正銘、レンではない彼だった。
「君が来たことのある場所のどこかにいると思ってさ。半分祈りというか願いみたいなものだったけど」
「そんなもんに頼ってきたってわけか。まあいい、座れよ」
彼はベンチの端に寄り、僕が座る部分を確保してくれたらしい。だけど。
「どうした?突っ立ってても疲れるだけだろ?俺の隣に座らないのか?」
「だってさっき僕のことを刺したよね?そうだよね?」
不安感が拭えないどころか、恐怖しかないよ。平然と僕を背後から刺した人だよ、この人。
「ああその件か。安心しな、もう怖がる必要はねえよ。俺はもう誰も刺さねえから、というか刺すことが出来ないからな」
「んだから心配すんなって、俺はただお前と話したいだけなんだ」
ほれほれと僕を横に誘ってくるので渋々ながら付き合うことにする。ゆっくりと、警戒しつつも忍び足で彼に近づき、隣に腰を下ろす。
「それはいいけど、僕の名前を言い止めたのはどうして?」
「なんだ?そんなに呼んでほしかったのか?」
笑い飛ばしているのは確実だった。何かを隠している、そしてそれが理由で僕の名前を呼ぶことに躊躇しているのだと。
「そうじゃないんだ。ただ違和感がしただけだ。だからこれ以上審議してもどうにもならないけどさ」
僕が言葉に出来ないこの蟠りを表現したからか、彼は咄嗟に応えた。
「お前は俺と似ていたからだ。境遇も、姿も、全てな」
彼は遠くを見つめていた。空高く飛ぶ鳥でも、もちろん夜空に浮かぶ星でもなく、何もない空を。虚空を見つめていた、との方が正しいかもしれないけれど。それでいて彼しか見えない約束事でも思い返すような表情だった。
「先に話を切り出す。要点だ。俺が言いたかった、問いたかったことだ」
変わらず僕を見据えようとしない。視線は地平線の向こう側にでも送っているようで、茫然としている。
「お前は、カイトじゃない。別人だ」
忽然と主張された、というより断言されたことに僕は驚きを隠すことが出来ず、ただひたすらにどうしてとしか思いようが無かった。たしかにミユから「カイト」という名前を聞いた時、応答する際にラグのようなものがあったけれど、だからといって僕が別にいるということが知れるわけがない。
「僕が別人?何を言っているんだよ、出会った時に言ったじゃないか、僕は記憶喪失だって」
「この世界の住民と違いすぎるんだ。MBTは脳内に埋め込まれていない。物の売買は知らない。だが、単語は知っている。買う、売る、食べる、という行為に加え、料理名さえも」
僕への疑念はさらに深くなっていく。これは僕自身対応できないのかもしれない。けれど、本当のことを、僕が一度死んでここにやってきたなんて信じるだろうか。幻想論じゃあるまいし、信じられない、というのが一般的ではないだろうか。
「もし仮にだよ?僕が別人だとしたら君はどうするの?そのことをミユに言って、記憶を取り戻すなんて行為を諦めさせるの?」
「ハッ。そんなことして何になる?俺はただ知りたいだけさ、何が本物の感情なのか。人間の情動というものをよ」
マスノマディックは僕に彼を、この目の前の人物を救ってほしいと言った。救う義理なんてないけれど、心の底からそう願っている人(物かもしれない)の気持ちを無下には出来ない。
「分かった。教える。僕が何者なのか、どうしてここにいるのか。けど、その代わり君のことも教えて。いったいどこから来たのかとかさ」
だから交換条件として僕を差し出した。対等に彼のことを知るために。
「ハハッ。俺のことなんざ聞いても『オモシロイ』ことなんざねえぜ。まあ、どうせ廃棄処分だ。何を聞いたってマイナスにはならねえさ、お前さんにはな」
僕の頭に彼の投げやりな言葉が刻まれつつ、そうして僕の過去を彼に明かし、代償として彼もまた僕に過去を明らかにしたのだった。
***A
信じられなかった………わけではなかった。ああ、やっぱりかと、内心納得していたのだ。あまり驚くことは無かった。あの一般人が普通の、この世界の住民ではないといつしか気づいていたんだろう。
少女と血縁関係にあるといっても中身と体がずれていたのだ。言動も、仕草も、似てはいなかった。いや……なぜ俺がそんなことを知っているんだ?俺と少女とは関係はないはずだ。ヤサシサに似た容姿だとはいえ、本人とは別人のはずだ。
ダメだ。どうしてもあの少女と一般人を相手にすると気が狂っちまう。別に腹の奥が煮えかえるような感情じゃないが、調子が狂う。
これも別世界から来た一般人が関係しているのか?MBTを脳内に埋め込まず、感覚共有、記憶共有を利用しない人間。
人類は進歩するたび、新たな道具を作り上げ、利用してきた。文化を発展させ、美を追求し、利を懇願した。人が楽に生きるため、省コスト、エネルギーでも生存できるようにと。そしてMBTが副産物としてこの世に産み落とした。
ホログラムだってそうだ。気象、天候さえもコントロールし、物体も鑑賞物も映写体となった。見て触れられる、人間の五感にコンタクトするホログラムはいつしか本物の必要性を失った。
俺はその過去と歴史が記憶の隅から隅までに残っている。俺自身、生まれたのは最近だ。だが、感情思念センターの内部データを閲覧した俺は生まれる前の記憶は自分のことのように覚えているのだ。
だからだ。だからこそ、俺はこの一般人を、まだ生きている人間として希望を抱いたはずだった。
花畑。赤青黄と彩色が施された薔薇に包まれた花園。前日、僕らが訪れた場所であり、レンじゃない本当の彼と対話をした唯一の場でもある。遮光場ならぬ社交場だ。レンという人格が消え、本当の姿を現す機会の落としどころ。
「よくここが分かったな。カイ……いや止めた」
木製のベンチに深々と座り僕を待ち構えていたのは、正真正銘、レンではない彼だった。
「君が来たことのある場所のどこかにいると思ってさ。半分祈りというか願いみたいなものだったけど」
「そんなもんに頼ってきたってわけか。まあいい、座れよ」
彼はベンチの端に寄り、僕が座る部分を確保してくれたらしい。だけど。
「どうした?突っ立ってても疲れるだけだろ?俺の隣に座らないのか?」
「だってさっき僕のことを刺したよね?そうだよね?」
不安感が拭えないどころか、恐怖しかないよ。平然と僕を背後から刺した人だよ、この人。
「ああその件か。安心しな、もう怖がる必要はねえよ。俺はもう誰も刺さねえから、というか刺すことが出来ないからな」
「んだから心配すんなって、俺はただお前と話したいだけなんだ」
ほれほれと僕を横に誘ってくるので渋々ながら付き合うことにする。ゆっくりと、警戒しつつも忍び足で彼に近づき、隣に腰を下ろす。
「それはいいけど、僕の名前を言い止めたのはどうして?」
「なんだ?そんなに呼んでほしかったのか?」
笑い飛ばしているのは確実だった。何かを隠している、そしてそれが理由で僕の名前を呼ぶことに躊躇しているのだと。
「そうじゃないんだ。ただ違和感がしただけだ。だからこれ以上審議してもどうにもならないけどさ」
僕が言葉に出来ないこの蟠りを表現したからか、彼は咄嗟に応えた。
「お前は俺と似ていたからだ。境遇も、姿も、全てな」
彼は遠くを見つめていた。空高く飛ぶ鳥でも、もちろん夜空に浮かぶ星でもなく、何もない空を。虚空を見つめていた、との方が正しいかもしれないけれど。それでいて彼しか見えない約束事でも思い返すような表情だった。
「先に話を切り出す。要点だ。俺が言いたかった、問いたかったことだ」
変わらず僕を見据えようとしない。視線は地平線の向こう側にでも送っているようで、茫然としている。
「お前は、カイトじゃない。別人だ」
忽然と主張された、というより断言されたことに僕は驚きを隠すことが出来ず、ただひたすらにどうしてとしか思いようが無かった。たしかにミユから「カイト」という名前を聞いた時、応答する際にラグのようなものがあったけれど、だからといって僕が別にいるということが知れるわけがない。
「僕が別人?何を言っているんだよ、出会った時に言ったじゃないか、僕は記憶喪失だって」
「この世界の住民と違いすぎるんだ。MBTは脳内に埋め込まれていない。物の売買は知らない。だが、単語は知っている。買う、売る、食べる、という行為に加え、料理名さえも」
僕への疑念はさらに深くなっていく。これは僕自身対応できないのかもしれない。けれど、本当のことを、僕が一度死んでここにやってきたなんて信じるだろうか。幻想論じゃあるまいし、信じられない、というのが一般的ではないだろうか。
「もし仮にだよ?僕が別人だとしたら君はどうするの?そのことをミユに言って、記憶を取り戻すなんて行為を諦めさせるの?」
「ハッ。そんなことして何になる?俺はただ知りたいだけさ、何が本物の感情なのか。人間の情動というものをよ」
マスノマディックは僕に彼を、この目の前の人物を救ってほしいと言った。救う義理なんてないけれど、心の底からそう願っている人(物かもしれない)の気持ちを無下には出来ない。
「分かった。教える。僕が何者なのか、どうしてここにいるのか。けど、その代わり君のことも教えて。いったいどこから来たのかとかさ」
だから交換条件として僕を差し出した。対等に彼のことを知るために。
「ハハッ。俺のことなんざ聞いても『オモシロイ』ことなんざねえぜ。まあ、どうせ廃棄処分だ。何を聞いたってマイナスにはならねえさ、お前さんにはな」
僕の頭に彼の投げやりな言葉が刻まれつつ、そうして僕の過去を彼に明かし、代償として彼もまた僕に過去を明らかにしたのだった。
***A
信じられなかった………わけではなかった。ああ、やっぱりかと、内心納得していたのだ。あまり驚くことは無かった。あの一般人が普通の、この世界の住民ではないといつしか気づいていたんだろう。
少女と血縁関係にあるといっても中身と体がずれていたのだ。言動も、仕草も、似てはいなかった。いや……なぜ俺がそんなことを知っているんだ?俺と少女とは関係はないはずだ。ヤサシサに似た容姿だとはいえ、本人とは別人のはずだ。
ダメだ。どうしてもあの少女と一般人を相手にすると気が狂っちまう。別に腹の奥が煮えかえるような感情じゃないが、調子が狂う。
これも別世界から来た一般人が関係しているのか?MBTを脳内に埋め込まず、感覚共有、記憶共有を利用しない人間。
人類は進歩するたび、新たな道具を作り上げ、利用してきた。文化を発展させ、美を追求し、利を懇願した。人が楽に生きるため、省コスト、エネルギーでも生存できるようにと。そしてMBTが副産物としてこの世に産み落とした。
ホログラムだってそうだ。気象、天候さえもコントロールし、物体も鑑賞物も映写体となった。見て触れられる、人間の五感にコンタクトするホログラムはいつしか本物の必要性を失った。
俺はその過去と歴史が記憶の隅から隅までに残っている。俺自身、生まれたのは最近だ。だが、感情思念センターの内部データを閲覧した俺は生まれる前の記憶は自分のことのように覚えているのだ。
だからだ。だからこそ、俺はこの一般人を、まだ生きている人間として希望を抱いたはずだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
輝く樹木
振矢 留以洲
ファンタジー
輝く樹木によってタイムスリップしていく中学生の少年の異次元体験を描いたミステリー長編小説です。陰湿ないじめが原因で登校拒否の藤村輝夫は、両親の真樹夫と萌子に連れられて、新居に移り住むことになる。真樹夫と萌子が計画していたのは、輝夫のためにフリースクールを始めることであった。真樹夫はそのために会社をリモート形態に変更した。
新居の家の庭には三本の樹があった。その三本の樹は日ごとに交代で光輝いた。日ごとにその光る色は違っていた。それぞれの樹が日ごとに光るたびに輝夫は過去の自分の中にタイムスリップしていくのであった。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
マルスの女たち 第二短編集 鹿の園のエウローペ 【ノーマル版】
ミスター愛妻
ファンタジー
ナーキッドのオーナー……
この女はレズでど助平、次々と女を物にしていく極悪女。
しかし、なぜかエウローペの女達は、このオーナーに尽くしてしまう。
どこか優しくへそ曲がりなこの女と、エウローペの女たちの、マルス移住前後のささやかな物語を集めた、『惑星エラムより愛を込めて』の第二スピンオフシリーズの第二短編集
本作はミッドナイトノベルズ様に投稿していたものから、R18部分を削除、カクヨムで公開しているものです。しかしそうはいってもR15は必要かもしれません。
一話あたり2000文字以内と短めになっています。
表紙はテオドール・シャセリオー エステルの 化粧 でパブリックドメインとなっているものです。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる