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17.The lie is true

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 ***

 とりあえずガーデン内を一周する感じで歩き回ってみると、ミユは簡単に見つかった。もっとも北に位置するエリア。ひまわり畑、黄色に染められた絨毯が広がる場所。

 しかし、花を見に行ったはずのミユは全く別のモノを視界に捉えていた。ミユの背丈よりも高く伸びる向日葵。その向こう側に位置する、ビル、塔のような建造物を。

 僕らが訪れたこの場所は公園やマーケットがある都市部よりももっと北の方に位置している。だから人の気も都市と比べると少ない。

「どうしたの?そんなところで突っ立ってて。気になるものとかあるの?」

「あの建物って何なの?私、見覚えがあるんだけど、思い出せないの」

 ミユは塔のような建物を指差す。周囲に人がいたら訊くことが出来たのだけれど誰一人としていない。さらに真っ白な円柱の形をとっている建物で人間が創ったようには見えない。僕はそれがとてつもなく不気味に感じた。

「そっ……か。なら僕と君と何か縁でもあるってことなのかな?」

「かもしれない。けど、何なのかは分かんない」

 実際に頭を捻らしているミユ。僕も思い出そうとやっけになるが、何一つ分からない。ただ「不気味だ」という感情だけ。

 しかし、自分の掌に感触があることを思い出すと雑念を振り払うようにミユに言葉をかけた。

「あ、ミユ。これプレゼント」

 「なにそれ」と言いつつミユは素直に受け取る。こういうところやっぱり10歳、年相応の少女なんだよなぁとしみじみと感じる。昔、部下に出張した際にお土産を渡しても「何ですか、見返り狙ってるんですか?」なんて僕が腹黒いことを前提に話進められたし。年取るのはやっぱいけ好かないな。

 そんなことを思案しつつ、僕は手に取ったミユの姿を再び見返す。すると興ざめたような顔を僕に見せたのだ、いや見せつけたのだ。

「折れてるじゃん」

 そして地面へとポイっとまるで昨晩、僕が床に料理をぶちまけたように、その一連の動きを真似て見せたのだ。

「えええ、なんで?せっかく、取ってきたのに、それは酷くない、あんまりじゃない?」

「何度も言わせないでよ、折れてるものを渡すなんてサイテーって言いたいの」

「あ…………たしかにそう言われればそうかも」

「贈る気持ちは受け取ったけれど、あんたの贈ろうとしたその物体は受け取らない。ぜっったいに」

 この子って一見、純粋そうに見えないように感じる。けど、本当は狂わしいほど純粋なのではないだろうか。

「君ってさ血の気が多いときがあるのが玉に瑕だけどさ、稀に信じられないほどの無垢な子になるよね」

「そう、今みたいに受け取らないと決めると、駄々をこねたように絶対に全てを拒絶するところとかさ」

 僕は褒めて言ったはずだった。純粋なところが君に似つかわしいと、そんな風な意味で。

「ど………どういう意味よ!!それ!!」

 だが、僕の考えとは裏腹にミユは逆鱗に触れてしまった。今にも爆発して僕を襲い掛かろうとしている。結局、僕は下半身を隠しながら、さっき来た道を戻るようにミユから逃げる羽目となってしまったのだった。


 ***A


 不思議だった。自分が何をしているのか、食べているのか寝ているのか、判断が付かないくらい頭が働かなかった。理由は分からない。そんなこと、はなから知っている。ヤサシサではない少女と共にいると俺ではなくなるということを。自意識過剰かもしれない。人格破綻なのかもしれない。

 まやかしにでも、魔法にでもかけられたかのような心の束縛感。

「いた……くはないんだな。分からねえ。俺が何を思っているのか、21513272のか439112のか」

 独り取り残されたベンチに座る俺、52233272。その感情は少なくとも脳内に、MBTに内蔵され機能するはず。そして俺が抱く感情もそっちに傾くはずだ。

「熱はない。煮えかえるような急激な温度上昇も感じられない。だが…………」

 様々な食材を混ぜた鍋の中に放り込まれたような感覚。俺という個人を搔き乱されるような身悶え。

「この渦のように回転し暴れ狂う感情はいったいなんだ……?1つ……いや複数あるのか?」

「だが、これで分かった。俺が俺でなくなる原因、体が剥奪される元々の根幹」

 俺はあの一般人の隣に座っていた時、まぎれもなく俺だった。感情がコントロールされた、エモーショナーである俺自身。そしてその場には公園で出会った少女、ヤサシサに似たミユという名前の子供がいなかった。

「要するに、俺の体の権限が奪われる要因は………あの少女というわけか」

 複雑な思いを抱いているうちに、予想以上に時間が経過してしまったのだろう。あの例の男と少女がいつの間にか前方にいた。

 またか、と至極残念そうにしていると、やはり体だけが動かせなくなり、ただ見ているだけの俺になってしまったのだった。

 
 ***B


 フラワーガーデンに訪れた後、僕らは再びミユ宅へ戻ることにした。軽い朝食を済ませて、昼にはマーケット。午後にはフラワーガーデンで花畑を堪能し、夜には再び三人で食事。この世界はホログラムに包まれていて実体があるものは少ないけれど、三人で一緒の時間を過ごすことは僕を懐かしい気持ちにさせてくれた。

 朝は一人で起床し、昨晩買ってきたコンビニのパンを食べてから出勤。残業が多い仕事だったから夜遅くに帰宅し、テーブルの上に置き去りにされ冷え切った夕食を食べ就寝。

 そんな日ばかりだったからか、心なしか涙がこぼれそうだったけれど。10歳ほどの少女が傍にいて必死に生きようとしている姿を見ていたら、堪えるしかなかった。



 ミユ宅はマンションのようなビルの中層部にあるようで、ガラス張りの窓の向こう側には夜空が見える。今はカーテンを閉めていないのでリビングのソファに座っていても点々と煌めく星々が目に映る。

「星を数えるが如し。不思議ですよね、人間というのは」 

「いきなり哲学?僕はあんまり学才に長けていたとは言えないけれど、でも、僕が答えられる範囲なら良ければ答えるよ。レンさんが抱く質問なら」

 ソファは対をなすように2つある。僕とレンの間にローテーブルを挟んでいる。

「言葉だったら、確定した意味を持つものとそうでないものがあるということ。悲しいが嬉しい。俺には矛盾する言葉が理解できない。油と水のように混ざりあう関係性は存在しないと考えてきた」

「人ってさ。もろっちぃよね」

 「ははは」と僕は自分の愚かさを露見させる。レンはそんな僕を訝しげな目で見つめず、瞳にひっしと捉えていた。

「だってさーー嫌いとか、あなたとはもう一緒にいたくないーーなんて言われたらすぐ落ち込んじゃうよ。別に命に関わることじゃないんだからそこまで傷つくことないのにね」

「心の脆さ……ですか?」

「うん。僕ら以外の生物ならパートナーに離れられてもまた別のパートナーを探すじゃん。気負いも、気後れもしないでさ」

「しかし、もし人間も同様の行動を取れば人は類介しない獣と化すのでは?」

 僕は悩む。道具を作り、理性を兼ね備え、言葉を用い、法を司ってきた人間。結果的に言えば知性体としてなり得たのだろうけど、代償として失ったものはないだろうか。

「獣ねーーキミの言う通り、知能がなければ僕らは恐らく性と快楽に溺れるんだと思う。そのためにここがあるんだからね」

 僕は自分の頭を指で軽く叩く。

「それではあなたの発言は一致しない。後悔することなんて必要ないと言いながらその根源は、ソースは必要だと。まったくの矛盾だ」

「あれ?僕要らないなんて言ったっけ?」

 夜、輝く星星。まるで僕らみたいだ。

「後悔することは悪いことなんかじゃないんだ。嫌い、と言われればどうして自分がそういわれてしまったのか考える。相手がどんな風に僕のことを見てくれているのか想像する」

「それは僕らにとってかけがえのないもの、じゃないのかな?」

「MBTはその場合どうなるんですか……俺やミユさん、そしてあなただって他人の感情に干渉することは容易なはずでは」

「僕はさ。正直、要らないと思うんだよね。ああ、ミユには内緒だよ?今は寝ているから話してるってことだからさ」

 レンは僕の瞳の奥を覗いていたように思う。まるで頭の中をまさぐられているようで、重視する彼を奇妙に感じた。

「どしたの?まさか僕の顔に何か付いてるの!?夕食に食べただし巻き卵だとかやめてよ、ミユにこんな光景見られたら恥ずかしいったらありゃしないんだから」

「あ。いえいえ、そういうわけじゃありませんよ。それに卵がついていたのなら食事中に笑われているでしょう」

 「あ、そっか」と僕は思い返すと焦りを雲散霧消。まるで何事もなかったかのように落ち着きを取り戻す。慌てた姿を見せたのがレンとはいえ、少し恥ずかしい。

 そんな僕を見かねたのか、あえて話を逸らしてくれた。

「星々。この夜空は夢幻かつ無限に広がっている。明後日になっても超新星爆発が起きて星座が崩れる心配もない。朝起きれば定時に目覚めの太陽が、昼には空高く昇り、夕方には黄昏時へと消える」

「ホログラム…………だよね?」

「はい。初めてこの空が作られたものと知った時は不思議と驚きは無かったんです。変ですよね。空が幻だというのに、それを簡単に納得してしまう俺って」

 夜空を見上げるレン。その姿は麗しくて、人間ではないといったら失礼極まりない言葉なんだろうけれど、彼なりの美しさがあった。整えられた図形とか黄金比とか、凹凸がない球体とか。例えられない、表現できない美しさ。

 自然の摂理。完全でも、完璧でもない体系。

 まさに数奇な運命。真逆だと思った。

「ホログラムで作られた空が悪いとは僕は思わないよ?」

 そして、憑かれたように僕を見つめ直したときには、その姿はなかった。

「綺麗なものを見たいとか、あったらいいな、って感情は人間には必要だからさ」

「それが虚ろ、偽りだとしても、ですか?」

「本質も重要だと思うよ。だけどやっぱり人間は『美』という観念がなければ芸術は生まれないだろうし、結果として文化も衰退するはず」

「だからさ。嘘でもいいんだよ」

 彼は長らく僕の目を逸らさずに注視していた。昔、人の話を聞く、話すときは相手の目を見なければならい。そう習ったけれど、彼の目はその類いではなかった。

 まるで僕を試しているかのような眼差し。僕が嘘を口にしているのか見極めようとしている風貌だった。

「そう…………ですか……」

 だから向こうから、目を逸らしてくれたのは幸運だった。これ以上、注視されると、もう何も言えないような窮地に立たされるような予感がしたのた。

「では、明日も早いようなので俺はもう寝ます」

 レンは星を一瞥するや否や足早に寝室へと戻っていってしまった。

「ホログラム……ねぇ。僕は便利そうに見えるけれど」

 嘘でもいい、僕がそう言った時。レンは一瞬だけ、何か、諦めたような悲しい表情をしていた。

「ま、考えすぎかな」

 一人取り残された部屋のなかでポツリと呟くと、硬いソファの上でそのまま寝静まったのだった。

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