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 ***A


 ヤサシサ、どうもあのエモーショナーの傍に、付近にいると調子が狂う。俺の感情ベクトルとは程遠い成分が高められているからなのか。それともあのエモーショナー自体が発しているMBT干渉によるものなのか。どちらにせよ、近寄ると思考が取り乱されるのは変わらない。

 オモシロイ、初めての感情に浮かれていた俺はあいつのお陰で目を覚ますことが出来た。センターを後にし、昨日と同様に通りを抜ける。大型のモニターが視界に入り、『本日の天気は良好』という文字を見ただけで嫌気が差す。

 周囲には前回と変わらず視点が定まらない奴ら。「キレイだ」「カワイイだ」なんて在り来たりな言葉だけで会話し、重要な感情が一定値に保たれている。クソみたいな値。感覚共有を行っている証拠だ。

「『最奥に潜む感情には、それに合致した真実が隠されている』これを見てもそう言えるのかよ、この変わりようのない世界を」

 皮肉なもんだ。感情には概念的な存在が外にバレないように蓋をされている。そしてまた感情には意味がある。ただカナシイ、ウレシイのような抽象的なものではなく、具体的に。
 
 確かにMBTのような機器の誕生がその実態の存在証明をした。だが、知ってどうなった?メリットだけを見て、デメリットは黙認する、そんな人間のやることが俺には理解出来なかったのだ。

『キミはまるで人間らしいことを言うね。見ていて面白いよ』

 どこからともなく耳に声が入ってくる。いや違う。これは脳に直接話しかけているようだ。

『誰だ』

 俺は無言で脳内に語り掛ける。すると声の主は微笑混じりに答えた。

『ボクは個人じゃない。もっと広い、そうだね……といったら通じるかな』

『ああ、なるほどな。お前は一人じゃねえってことか、情報として生まれた多面体の可能性。多岐に渡った仮面技師。道化師だ』

 声主は壺に嵌まったのか、さらに笑い飛ばした。

『ふふっ。まさかこんな回りくどい言い方で言ったのに、返答が来るとは。思いもしなかったよ。そう、ボクはそのような成り立ちでここにいる』

『それで……俺に何の用だ?まさかただ話しかけてきたってもんじゃねえだろう?直接MBTにアクセスしているんだ、急用か何かか知らんが生憎俺は頼み事は受け持たないんだ、他を当たれ』

 大通りを歩きながら昨日訪れた公園へと向かう。無言だが、頭の中では話している状況。

『キミは……人間らしく、かつ安定していない』

『何が言いたい』

『いやいやボクはただキミのことが気にかかったというだけさ、それ以上にそれ以下もない。キミへの干渉はしないセオリーとなっているからね』

 何を考えているのか見当が付かない。俺の感情をのぞき見することが目的なのだろうが、それならMBTを確認すればいいことだ。どうして俺に話しかける?

『さっきからMBT、MBTと言っているけれど、ボクはキミの脳に直接話しかけているんだよ。MBTではない』

 どういうことだ。何を言っているんだ、俺の脳内に直接語り掛けている?そんなこと外部端末が無ければ不可能だ。

『そしてボクがキミに話しかけているのは単純に話しかけたいという欲望があるからだよ。面白いからね』

『俺がオモシロイだと?訳が分からない。何故こんな俺の状況がオモシロイという感情に至らせる?』

 分からない。こいつの言っていることがまるで理解できない。オモシロイ、俺がヤサシサにもたらした行為、それと同じことを声主はしているというのか?

『不安定、不確定なものを自身で不文律のように留めている』

 俺が不安定だと?そんなこと知っている、52233272という感情が異常的に高められた人形、モノだと誰よりも俺が自覚している。

『違う。キミが想像しているものとボクのものは根本的に異なっている。けれど、焦る必要はないよ、焦りは禁物だ、ロクにいい結果を出さない』

『俺はお前の言っている意味が分からない。そして焦り?そんなもの一度たりとも感じたことはない』

 ふふ、と俺をあざ笑うかのような声を洩らすとほどなくして声主は俺の脳内から遠ざかった。だが、一言だけ、記憶中枢に刻み込むように忘れがたい言葉を残していった。

『感情とは魂の言語である』

 二人の女性を視界に入れ、再び腹が煮えかえるような心地に戻されるのだった。


 ***B


 男たち三人を刺した動機ーー囲まれていた少女を救う。そしてその少女の正体がミユだった。

 そんなことあり得ないと思った。なぜなら僕は確かにこのベンチ付近でリスポーンして少女ミユと直々に出会ったのだ。それにまだこの世界に来て一夜を過ごしていないことだってそうだ。

「いいや、たしかに君だった!!可愛かったから覚えているさ、よく顔を見ようとしたら、その直後俺はぶったおれてた」

 楽になったのか。ベンチに座る男たち。いくらミユではないと弁明しても返ってくるのは同じ答え。

「本当だ。これは間違いない!!」

 こればかりだ。似ている人ではないか、と尋ねてもきっぱり断れる始末だし、逆に僕はこの人たちの言い分に怪しく感じてしまった。

「それはあり得ないわ。だって今日は一日外出していたもの、この公園に来た時だって私の兄も一緒にいた。それに囲まれたような覚えはないの」

 口が噤んでしまう。これでは埒が明かない。どちらも一方的に主張している。間違っているのが僕やミユなのか、はたまた男たちなのか僕らには判断がつかないし。進まない。

 そこで僕が一度落ち着こうと声を掛けようとした時だった。

「い、いってええ!!なんだよこれっ、電気が走る感じで、まさか痺れてるのか……頭が……?」

 男たち三人は頭を手で抱え込み、そしてさっきと同様に倒れこんでしまった。僕やミユには痛みは感じないらしく、ただ見届けていることしか出来なかった。

 「どうしたんだ!!」とも「大丈夫ですか!!」とも声を掛ける余裕はなく、一瞬にして時が過ぎてしまった。

 悲鳴をあげるのはもうすでに止めていて、抱えていた手や腕からも力が抜けていた。亡霊のような死んだ目をしていて、生きている、生命体としての活力というものが微塵も感じられなかった。

 僕は乾ききった喉を潤すように唾を呑み込む。そして落ち着きを取り戻してから訊いた。

「大丈夫……ですか?」

 彼らは僕の言葉に対して数秒間反応を示さなかったが、遅れるようにして答えた。

「あ。すみません。何か仰いましたか?というか、ここはいったいどこなのでしょうか?」

 男たち三人は僕やミユとの出会いから、自分が刺されたという記憶さえも、脳内からさっぱりと消されていたのだった。
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