〈感情高度文明都市〉Dear:*** from massnomadic

薪槻暁

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9.The emotional center

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 俺はどうやらオモシロイという感情を抱いているらしい。52233272のために、それしか抱くことが無かった俺に与えられた感情。それがあろうことかこんなにも腹の底がひっくり返されるほど、心地が良いものだとは思いもしなかった。

 救いようがなく、誰に対しても不信感を抱いているとき、人は神へ信仰を興ずる。俺はまさしく、その状態だった。誰にこの感謝を伝えれば良いのだろうか、こんな運命的な感情をいったいどこに吐露すればよいのかと。

「こいつがオモシロイって感情なのか。人間というのはつくづく分からないものだな!!それとドクター、テメェも同じような感情を受けられるんじゃねえのか?そのMBTで俺と感情共有でもしてみろよ、ほらァ!!」

「私は遠慮しておく。今のキミは異常だ。どうにも考えられない感情強度が52233272と同程度など……もし私がキミと共有すればどうなるのか予想が付かないからね」

「まだそんなこと考えているのかよ、あんた」

 白髪眼鏡のみすぼらしい人間、ドクターは俺のことを未だに警戒している。無理もない、人工的に俺の感情内の52233272成分を高めているはずが、それと同じぐらいオモシロイという成分が高まっているのだ。もし、そこまで高めるのならば人工的に、そう52233272と同様にMBTに細工をしなければならないのだ。エモーショナーでも使って。

「人を救ったと思っていたら、貶めていたとは……ふふ、ははハハッ!!」

 何故だろう。考えただけで笑いが込み上げてくる。

「それで……そのヤサシサってやつはどこにいるんだ?」

「俺が助けたエモーショナー、そいつをこの目でもう一度確かめてみたいもんだ」

 オモシロイ、オモシロイ。俺にこんな感情を植え付けてくれた奴に感謝しなければならない。52233272しかなかった俺に、わざわざ享受させてもらったんだ、感謝せずにはいられない。

「第3号室、ここが第1号室だからちょうど真南ってところ。だけど……会えるかどうかは私は保証しない。今はここに来たばかりだからね、手続きとかやるべきことがあるから」

 咄嗟に体が動いてしまう。まったく運がいいもんだ、まさか俺の号室と同じフロアだとはな。そう思案しつつ俺は部屋を出たのだった。

 ***

 まさか新しい感情が芽生えるとは。

 52233272しか上昇させていない。ゆえに、上げるとしたらMBTをいじるしかない。その方法はエモーショナー自身と私のみだ。

 実験というのはイレギュラーがつき物だ。予定していた、仮定していた計画が中断変更されて結果が得られないなんてことは何度もこの身で経験してきた。

 だからこそ、だ。変更されたらならば変更し返せばいい。そんなもの幾らでもやってやる。エモーショナー。私の管理下に置けないはずがない。

「なぁ、実験での外れ値というものを知っているかい?52233272くん」

「異常値とは違う。それは違うと断言されているからね。本質が違うんだ」

 自分しかいない部屋で独り言を呟く。

「外れ値。私は外れか当たりか、判断はしない。どうすれば外れを当たりへと移し込めるか、キミをいかにして良い結果にさせるか。私はその手段をとる」

 気分が高揚する。なんだ、エモーショナーの所為で私のMBTも干渉を受けたというのか。面白い。

「だって。その方が興味深いからね」

 私はあまりぶつぶつと一人で話したりしない。つまり、これこそがイレギュラー異常事態

「イレギュラーといえば…………そういやキミの事後処理があったな」

 三人の男性への暴行。たったそれだけだが、あれはナイフを用いた。丁寧に記憶処理をしないと、心理ストレスに影響を及ぼす。

「まったく、いくら身体に影響はないとはいえ面倒なことをさせる」

 タブレットを手に取り公園内の状況を確認する。しかし。

「error、精神的に追いやられている人間が……1人もいない、だと?」 

「ククッ…………」

 いけない悪い癖が出てしまった。思いがけなくイレギュラーが現れたとき、私はつい笑窪が生まれてしまうのだ。

「面白いじゃないか。度重なる悲運の数々。神は私に試練を与えたとでも言うのかッ。クククッ」

 白髪眼鏡の白衣姿の男は、まるでマッドサイエンティストかのように嘲笑うのだった。

 ***

 ヤサシサ。

 俺との出会いは唐突だった。出会いなんて辛気臭いもんじゃないが、初めてあいつの姿を視界にとらえた時。俺の感情は全て消し飛んだような心地だった。ウレシイとかカナシイだとか、合えたことには何も感情を抱かなかった。だから勿論、52233272も抱かなかった。誰かを殺めたい、消してやりたいなんて気持ちがこれっぽちもなかったのだ。

 だが、何も思いもせず、三人の男たちを刺していった。淡々と、理由もなしに、行動理念なんてものは置き去りにして俺は俺に身を任せた。

 果たしてあの傷害は俺にとって必要だったのかは分からないが、今こうして「オモシロイ」という感情を得たのだ。結果的に功を制していると言えるだろう。

 ゆえに、俺はあいつに感謝しなければならない。そのはずだったんだ。


『第3号室、臨時部屋』

 この中にヤサシサがいる。部屋は恐らく俺がいた部屋と同じく、机に椅子だけなんだろう。ここ、感情思念センターは東西南北の四つに部屋が振り分けられ、それが幾つも縦に連なる塔となっている。時計の12を指す方向から時計回り順に1号室、2号室、と並んでいる。そしてヤサシサが中にいるのは第3号室、真南の場所だ。

 部屋には常時観察を行うことが出来るマジックミラーが備わっている。頭が一つ入るほどの枠に自分の顔をねじ込み中の様子を伺った。

『キミの名前は……?』

『分からないです』

『じゃあ、キミのお母さんとか、家とか分かる?』

『分からないです』

 一方的に質問し、全てを『分からない』と答え続ける少女。ヤサシサだった。

 黒い髪に、年は10歳程度。MBTを使用している感じはないが、どこか一点をただ見つめている。虚ろ気な眼差し、特徴的な少女の姿だった。

「変わっていねえな」

 俺は一人呟く。内心、オモシロイと感じているのだろうか。さっきと同じように腹の底がひっくり返されるような痛みを感じているのだろうか。おそらく、そのどちらとも抱いていないだろう。何の感情も浮かばない。あいつが、公園にいた少女が扉の向こうで座って、質問されている。それだけが意識にあるだけ。それ以上でも、それ以下でもない。そこにいるんだとただ感じているだけだ。

「変わってねえな、俺も、お前も」

 あの時と同じだ。動機、道理、摂理、そんなものが俺には存在しない。とっくのとうに消失した。 

「っ…………こいつを見ると調子が狂いやがる」

 せっかく、あいつの顔を見て礼でも言ってやろうと思ったのに、その気力も失せた。

 俺はそのまま後ろを振り向き、第3号室、あろうことか感情思念センターを後にしたのだった。
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