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6.Encounter

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 ***B


「あんた本当に記憶が無いのね、自分が何者なのか、私は誰か、この世界はどうなってるのかとか」

「はい、ほんと重症な記憶喪失らしくて。自分が兄だったということも危ういような状況ですし」

「もしかして……別人だったりする?私をまんまと嵌め込んで金とかでも奪おうとか企んでるわけ?仮にそうだとしたら許さないから覚悟しておきなさい?」

 いきなり腕を固めに入ろうとしてきた……のだが、少女ミユは恵まれない体格によって失敗に至る。

「まさか……僕を締めようとした?」

「うっさい!‼確かめるなぁっ、そしてこっち向くんじゃねえ!!」

「本当に君は10歳なのか……年と体格が今一マッチしていないように見えるんだけどさ……」

「なにブツブツ言ってんのよ、もう着いたわよ。ほら、ここがマーケットよ」

 これは、僕がこの世界について問おうとした時に遡る。

 ***

「それでこの国の状況とかはどうなっているの?ホログラムとか、MBTとか技術が発展していることは訊いたけれど、歴史とか、その技術が基盤となったものはないの?」

 技術や文化は発展させるもの。最初はごくわずかな道具、たとえば果実を切る小道具から狩りをするための道具と、人間は進化させてきた。初めからMBTやら脳内へのアクセスを可能にしたとは到底考え難かったのだ。

「歴史はこの世には存在しないわ、過程は必要ないことになってるの」

「それは単に教えられていないってこと?教育方針とか?」

「キョウイクホウシンってのがどんなものなのか私には理解しかねるけど、存在しないものは存在しない、そこに理由はないわ」

 僕とミユとの間に会話の憚りはないと思ったが部分的にはあるようだ。キョウイク、この世界には教育という言葉がないのか。

「理由はないって……ならどうして疑わないの?自分の脳内にチップが埋め込まれているなんて、普通は疑問を抱くはずじゃないの?」

「あなた……自分がどうしてこの世界で、こうやって生きているか疑ったことある?様々な天体がある中でどうしてここに自分が降り立っているのかって」

 そんなこと考えたこともない。自分が地球にいて不思議だと思ったことはない、そんなの分かるはずもない問いなのだから。

「それと同じ。MBTはもとから私達の中に組み込まれていたってね、だってその方が楽じゃない、いちいち自分が生きている理由みたいな問いばかりしてバカみたい」

 確かに少女にとって、それは根源的な問いなのかもしれない。生きている理由を知りたいといったように。

 だけど僕が言いたいのは、それは恣意的の可能性があるということだ。僕が生きていることに理由があるのだとしたら人間以上の存在にしかそれは分からない。けれど少女が主張しているMBTは外科的に処置できる、言い換えるのなら同じ人類でも可能であるということだ。

「それでも……それでも僕はキミの言っていることは……」

 ぐうう。

 僕の腹部中央あたりから音が響いた。

「はっはは……」

 ミユは真剣に話す僕と僕の腹部とのギャップに思わず吹いてしまったのか。

「あははははははっ‼‼‼みっともない音、お腹が減ってたのならそう言えばいいのに」

 自身のお腹をこれでもかと抑え込みながら僕のことを笑ったのだった。

 ***


「お腹が減っていたのならそういえばよかったのにっ、思わず笑いこけちゃったよ、間抜けな音を出してさ、ははっ」

「思い出し笑いしないでくれよ!!仕方ないだろ、人間なんだから僕だってお腹ぐらい減るんだ」

「ほれほれ、そんな怒るなって、ここ一帯全部マーケットだよ、肉類から野菜、魚類まですべて販売されてるよ」

 ビル群の中で突如現れた大通りには群れをなすように人が集中している。辺りは様々な食材の匂いで充満していて、一瞬外にいることを忘れていた。

「料理だって、すでに作られたものがあるんだよ。ほら、これとか」

 ミユはそう言って指をさす。視線を指先に移すとなるほど中華、イタリアン、和食に似た様々な料理がテーブル上に置かれている。

「んーーたとえばコレなんてどう?だし巻き卵って言うんだけど……」

 テーブル上に置かれた卵料理に触れると一口サイズのだし巻き卵がミユの掌に現れた。そしてそのまま僕に渡してきた。

「え……これって食べても良いの?商品じゃないの?」

「ああ、これは食べても平気よ。知食品っていって、味だけを痛覚、味覚に情報として脳内にインプットさせるの。大丈夫、今のあなたならその眼鏡を着けているから最低限、味ぐらいは分かるわ」

「ああ、ありがとう」

 と言って僕は受け取る。本当に何でもアリだな……この世界は。

 一口サイズのそれがホロであるということは承知の上、けれど情報を食べるというのは何だか……緊張する。

 思い切って口の中に放り込むと舌が反応した。甘い、そして何か柔らかな感触が舌に乗っかっている感じがする。息を吸い込むと卵の甘い香りが鼻から肺の方へ流れ込んでくるようで、シンプルにおいしかった。

「おいしい」

 ゆえに、僕は思わず声が漏れてしまった。するとミユはやけにニヤニヤしながら僕を眺めてきた。

「でしょーー、それ私のお気に入りなの。食べれたことに感謝することね」
 
 そうして試食、購入を何度も繰り返し、ショッピングを終えたのだった。

 ***

「最初から最後まで料理を買うときにホロのボタンを押してたけど、結局、どうやって料理が食べられるの?」

 マーケットからの帰り道、手ぶらで何も持たずに僕とミユは帰路につく。

「そんなの簡単よ。もう家に届いてる頃よ」

「まって話が進み過ぎて分からない、買ってすぐに家に届けられる?ネットショッピングなはずがないし、ネットだったとしても届くには必ず日数というか時間が必要なはずだよね」

「あなたの言っているそのネット……何とかは分からないけれど、疑問を抱いているのなら上を見た方が速いわ」

 僕はミユの指示通り空を仰ぐ。夕方に仕向けられたホログラムが上空を覆っていた。

「夕日がどうかしたの?」

「あのさ……そこまで鈍感だと私も説明すら面倒に感じてくるんだけどーー」

 呆れた、と言わんばかりに両肩を落としているミユ。僕はすかさずミユの問いに繋がるような答えを提案した。

「ホバークラフトとか……?」

「そうよ」

 まさか、半信半疑だったのに正解するとは思わなかった。

「あれが食糧を自宅に届けているの、全自動で動いているから人件費も必要ない、便利でしょ?」

「まあ……便利っちゃ便利かな……」

「なに、その反応、あんまり驚いてないみたいでなんかむかつく」

 だって全自動って信用に足りないというか、何かあった時に人間が対応できないって結構怖くない、それ。

 ゆえに僕は言葉を濁し「あははは……」と騙し笑いをすることで逃亡策とした。

 試食するためのホログラム、食料を届けるためのホバークラフト。利益と利便性を追求したような策だ。人間らしいといえば人間らしいけれどそうでないと思うとそうでないとも思える。どっちつかずの選択、決まりきった正解がない答え。

 脳内にMBTを埋め込んで感情、記憶を共有することだってそうだ。誰かと他人と争わないための手段。これも一つの答案なのかもしれない。

 だけど、どうだろうか。これが本当に幸せかどうかと問われれば僕はNOと答えるだろう。でも、ミユやこの世界で生きている人間にとってYESと答えるのだろうか。

 分からない。

「ここってこの前通った公園だよね?」

「そう……だね、あなたが突然ベンチに寝そべって、記憶を失った場所よ」

「それはそれは、ごめんなさい……」

 公園。僕が会社の屋上から身を投げた直後に目を覚ました場所。つまりは転生して人生をリスタートした解雇ならぬ回顧地点。

 外部からは普通の公園だが、一歩足を踏み入れると内部からはビルは一切見えなくなる。代わりに映る背景は花畑一色だ。

「暇だから入ってみよっか?もしかしたらあんたが記憶を呼び起こせる何かがあるかもしれないし」

 そうして僕とミユは共に公園内を覗いたのだが、


「ねえ、誰か倒れてない?やっぱりそうだよ、人が倒れてる、しかも三人も!!」

 僕がこの世界で目を覚ましたベンチの傍らに男たちが三人、腹を抱えて倒れていたのだった。
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