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 ***A

 夢を見た。考えるのが途方もないほど久しいような夢の記憶。一度目を瞑れば一瞬にして目を覚ますはずで、脳が覚醒していることはほとんどないはず。だが、今日に限って、少女を公園で救った日に限って夢を見た。

 黒髪で穏健な少女が俺の前に現れたことはおぼろげながら覚えている。残念ながら顔は鮮明に映されておらず、ちょうど10歳ぐらいか、年齢しか見た目からでは分からなかった。

 少女は俺の方へ顔を向けることも、声を挙げることもなく。

 俺から遠ざかって行ったのだった。

 ***

 目を覚ました。的確に計算されたサーカディアンリズムによって決まった時刻に起床するよう設定されたMBT。脳に内在されたマイクロチップは直接脳とコンタクトを取ることで、目覚めも悪くない感覚に落とし込む。ゆえに眠気や肩の重みのような起床を妨げる要因を俺は感じない。

「ったく、気持ちわりぃ」

 俺はエモーショナー、人工的に「52233272」という感情を植え付けられた人形。その為か何もかもを壊したくなるような衝動に駆られることがよくある。

 52233272、という感情に至るまで間接的な過程が必要とされるのは言うまでもない。誰かを殺したい、愛したい、壊したいという衝動が突然現れるということはまず起こり得ないのだ。自分と関係のある人物、例を挙げるなら家族を他人の手によって殺められたとか、過程という名の理由はいくらだって存在する。

「至急、感情思念センターに戻るように、か。一々連絡してくんじゃねえよ、

 脳内に直接声を流し込まれる。白髪、眼鏡の研究員、ドクターのものだ。

 俺にとって52233272の根源はこの脳内送受信機ほかならない。記憶も感情も人間から奪っていった小機械。俺はそいつを壊したくてたまらない、そして創った奴の顔が見てみたいものだ。

 一人部屋で誰も居ないはずの密室に声が響く。昨晩起きた事件、今朝の天気、あらゆる情報が部屋中を飛び交う、これもホログラムの一環だ。

 騒音で一杯にされた部屋を後にして、俺は隣の部屋へと向かう。感情という類は何も抱かず、無論52233272のような煮えかえるような熱さも腹の底からは感じなかった。

 家も、身内のことすら覚えていない少女を今後どうするべきか、そう考えているうちに目的の部屋に辿り着いた。

 一度ノックをしてからドアノブを握ると施錠されていたはずの扉が開かれていた。突如、背中あたりが冷たい氷のようなもので触れられた感覚に陥った。もしかしたらこの部屋にはもうすでに少女の姿はないかもしれない、と。

 どうやら俺の悪い予感は的中したようだった。

 これといって目立つような家具は無く、ホログラムも消えている。白壁に白床、そして閑静なソファとローテーブルだけが部屋には残されていた。

「こいつは……いったいどういうことだ?」

 よく見るとテーブルの上には小さな紙切れが残されていた。どうやらホログラムのようで触れると、紙切れは俺の目線に合わせて舞い上がった。

『81313231回収完了ありがとネ for 52233272』

 俺は即座に感情思念センターに向かうことにした。


 ***B

「あなたはいったい誰なの?」

 僕は瀕死の間際に立たされた。記憶共有の不可、ホログラムという存在を知らなかったこと、何より蛇口の件からこの少女からの疑念は確信へと繋がったのだろう。

「口調も、容姿も、風貌も、仕草も兄らしくない。まるで赤の他人と喋っているみたい。MBTの故障かと思ったけどそうでもないし、何より現代のことを知らなすぎる、まるで別の世界から来たような人」

「僕……いや俺は」

「止めて、無理して兄の真似をしなくていいよ。だから本当のことを教えて、あなたがどこの誰かなのか、そして何で兄のような振る舞いをしているのか」

 僕はここで別の世界から来訪してきました、なんて言った方が良いのだろうか。異世界転生って言うんだけどこっちの世界も似た言葉はあるかい?なんて聞いた方が適当なのか。

 事実、僕がいた世界では脳の中に小さい機械を埋め込んでそれで他人とやり取りをすることなんて考えられないことだった。けれどこの世界ではそれが普通、空飛ぶ車もあるし、何もないところからありとあらゆる物体が浮き上がってくる。

「分かった。本当のことを言うよ」

「僕は…………」

 一瞬、躊躇いを生む。事実を言うべきか言うべきでないか、コンマ一秒の空白で僕は決めた。

「MBTに異常が出ちゃったみたい」

「はぁ?」

 僕の妹らしい少女、ミユは思わず声が漏れたようだった。

「いや、僕にも原因は分からないんだけど、MBT内の性格人格形成欄?だとかに雑念が入ったらしくて本来の僕とかけ離れちゃったみたいなんだよね」

 もちろん、嘘だ。至って健康的、二重人格を唱っているわけじゃない。それに脳の中にMBTなるものを埋められた記憶だって僕には無い。

「それっておかしくないの……?だって性格中枢が壊れたら人格だって……そ、そうだっ!!ならどうして記憶はないの?」

「ああーー、なんだか人格と一緒に記憶もぱーーっとね、ぱーーっと」

「ぱ――っとじゃないわよ、そんな容易に記憶が無くなってたまるもんか!!」

「でも覚えてないものは覚えてないんだよね」

 ミユは溜まりまくったヘイトを撒き散らすかのように声を挙げた。

「んんあああっ、もうっ!!何を聞いても『分からないーー』って答えるだけだし、もういいよ。質問するのはやめたやめた」

「申し訳ないね」

「あやまんなっ!!その姿で、その口調で謝罪されても調子崩されるだけ!!」

 10歳ほどの少女が髪をぐしゃぐしゃにしながら怒りを露わにしている。なんだか……滑稽というか僕が生きてきた日本ではあまり見られない光景だ。生涯において孤独ではなかったけれど子供はいなかったし、親戚の集会とかにも呼ばれたことはなかったから、子供と触れ合う機会はないに等しかった。

「なっに、ヘラヘラしてるんだよ!!気色悪いなぁ、もうっ」

 少し口は悪いけれどこれは神様か、それとも僕の人生を見かねた誰かからのささやかな贈り物だろうかと、ふと思うのだった。
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