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8. 死闘への道行
➁ 逃避行
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四頭の馬は、東海道を縦一列になって疾走していた。先導が燦蔵、次いで鶴丸、志免、仁介が殿であった。ややもすれば遅れがちになる志免だが、先程の仁介の叱責が効いたのか、これ以上足手まといにはなるまいと思い極めたか、必死に馬を操ったのであった。
途中、興津や蒲原で馬を替えつつ、蒲原からは間道を使って沼津などの海沿いを避け、一気に箱根を目前にする辺りまで進めた。
「やはり、子供二人が一緒だと時を食う」
明け方までの僅かな間、仁介は志免と鶴丸を間道沿いの古寺の御堂に寝かせ、今にも腐り落ちそうな御堂前の階段に腰を下ろした。
「だが、仁がいつも使う忍道は険しすぎて、却って二人の足が鈍る。馬では通れぬし、襲撃されたら逃げ場がない」
飼葉さえ口に出来ぬ程疲れ果てた馬を農家の軒下に置いてきた燦蔵が、どこかの畑から拝借してきたであろう瓜を、仁介に放った。
「どんな罠を仕掛けてくることか……燦坊、あの二人、もう少しまともに仕込めなかったのか」
「それはこちらの台詞だ。兄者も仁も、志免の事は俺と姉者に任せきりで。正直、あいつの才のなさには、俺も閉口してるんだ」
仁介の隣に燦蔵が腰を下ろした途端、階段の板がミシリと嫌な音を立てた。慌てて立ち上がった燦蔵は、瓜を口に咥えたまま目の前の木の根に座り込んだ。
「前々から思っていたが……志免の奴は本当に俺達と同じ愛洲と望月の流れなのか」
「燦坊」
「鶴丸と志免と、赤ん坊を取り違えたなんて事、ねぇよな」
「馬鹿な事を。燦、私はね、志免はきっと、心が成長を遂げた時に、変わると思うのだ」
「そうかぁ? 」
「ああ、変わるさ。鶴丸も少しづつ変わってきた。あの二人はまだまだ、これから蛹になって羽化するんだよ」
両手で瓜を包みこんで、噛み口が見えぬ程に小さく啄む様な仁介の食べ様は、まるで初めて瓜を食べた貴族の姫君のようであった。
「斬り抜けられるかな」
仁介のその姿に魅入るように、燦蔵がついそんな弱気を口にした。
「斬り抜ける」
瓜から口を離し、仁介は燦蔵を真直ぐに見つめて詰と言いきった。
「生きて兄上の元に辿りつかねば、兄上のお嫁になれぬではないか」
真面目な顔で言う仁介に、思わず燦蔵は口の中の瓜を吐き出す勢いで笑ってしまった。
「そうだった、それが仁の夢だもんな」
「夢ではない、決まっている事だ」
「はいはい」
「だから笑うなって」
「柳沢の青瓢箪が聞いたら、どんな顔をするかと思うと……腹がよじれそうだ」
声を堪えて笑い転げる弟に、仁介は罰が悪そうに背を向けた。
「燦蔵」
と、仁介が瓜をそっと脇に置き、緊張した声で燦蔵を呼んだ。その声の調子に、燦蔵は笑うのを辞め、返事の代わりに刀の鯉口に左手の親指を当てたまま立ち上がった。
仁介が、御堂を囲む木々の奥を指差した。
月明かりの差さぬ、深い森林の奥、方角は御堂の南、東海道へ向かって長い下り斜面になっている。
風にそよぐ木々の揺れに同調するようにして、仁介が確かに捉えた殺気も移動した。
途中、興津や蒲原で馬を替えつつ、蒲原からは間道を使って沼津などの海沿いを避け、一気に箱根を目前にする辺りまで進めた。
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「前々から思っていたが……志免の奴は本当に俺達と同じ愛洲と望月の流れなのか」
「燦坊」
「鶴丸と志免と、赤ん坊を取り違えたなんて事、ねぇよな」
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「ああ、変わるさ。鶴丸も少しづつ変わってきた。あの二人はまだまだ、これから蛹になって羽化するんだよ」
両手で瓜を包みこんで、噛み口が見えぬ程に小さく啄む様な仁介の食べ様は、まるで初めて瓜を食べた貴族の姫君のようであった。
「斬り抜けられるかな」
仁介のその姿に魅入るように、燦蔵がついそんな弱気を口にした。
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