愛洲の愛

滝沼昇

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7.法師の紅丸

➂ 御子柴の算段

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 藩の上屋敷に戻った御子柴は、千代丸のご機嫌伺いと称し、その病室を見舞った。
 見舞いなどと殊勝な心からではない。どのような無様な姿で死に向かっているかをその目で確かめたかったのだ。

「若殿に於かれましては、ご病状ご快癒かいゆきざしとのこと、誠に重畳ちょうじょう……」
 白々しい口上を最後まで言い切らぬうちに、千代丸の側に侍る壱蔵が鋭い殺気を向けてきた。

 当の千代丸は、壱蔵に肩を支えられなくては上体も起こしては居られぬ様子であり、いよいよ病状が死へと加速度的な進行を見せている事を証明していた。

「壱蔵、お世話をな」
 上司らしく一応の言葉をかけ、壱蔵の殺気から逃れるように御子柴は部屋を辞した。

「忌々しい、土豪上がりが」
 あの愛洲壱蔵が身分を超えて千代丸の側に侍るようになってからというもの、千代丸はまるで生き甲斐を得たかのように、一時は健康を取り戻したとさえ思う程の回復振りまで見せて御子柴を慌てさせたのだ。
 壱蔵の存在が、千代丸に活力を与えたのは確かである。

 だが、今のあの病状では、如何に壱蔵が手を尽くしたとてたかが知れている。

「誰か、誰かある」
 私室に戻った御子柴は、かねてより小夜姫の婿として内々に話を進めていた旗本家への書状をしたためた。
「これを、麹町の松平様のお屋敷に」
 旗本寄合席よりあいぜき・禄高千五百石、松平嘉門まつだいらかもん
 大給松平おぎゅうまつだいら家の後裔という触れ込みの名門であるが、現当主である嘉門の三男・数之介かずのすけは、剣の腕も平凡ながら学識乏しい単細胞振りを絵に描いた様な二十絡みの若者であった。
 部下の体に徹してそれらしく御子柴の命に従っていた壱蔵が、婿候補に相応しからずと落第点を付けた程である。

 だからこそ、御子柴にしてみれば操り易い『次期藩主』としての資質を備えていると言えた。
 学識があれば小賢しく、腕が立てば傲岸ごうがんになる。この数之介ならば、金と女さえ不自由させなければ、部屋住の身から藩主にまで引き上げてくれた御子柴に感謝こそすれ、逆らう真似は間違ってもしないだろう。

 始めは、柳沢保明が、御子柴の夢を叶える最高の手札だと思い、全てを賭けて算段を重ねてきた。
 だが、柳沢は御子柴の手綱を握り、あわよくばこの水目藩そのものを牛耳ろうと言う魂胆を隠そうとしなかった。

 あの怜悧な若々しい顔で御子柴を小物と侮り、御子柴の願いに明確な答えを決して返さなかったあの柳沢……将軍家の寵童上がりの小生意気な男だと臍を噛んでいた御子柴の心を見抜くように、ある人物が風魔忍を通じ、柳沢の凋落への手助けを条件に、水目藩の存続と御子柴による実権の掌握との確約を囁いてきた。

 御子柴は、葵の御紋を冠するその人物の、魔の囁きに乗った。

 これは、賭けでもある。

 立ちはだかるのは今や、国許の藩主・明憲を助ける望月衆、そして千代丸と鶴丸を助けて刃を向けてくる、愛洲四兄弟のみであった。
 
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