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7.法師の紅丸
➀ 美世之介哀れ
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先輩格の側用人・牧野成貞と、どちらが綱吉好みの菓子を献上できるかという不毛の当てこすりを交わした保明は、鬱々とした心以上に重い体を引き摺って、下城をした。
先日、千代丸を招いて催した能舞台は、もう取り壊してしまった。
あの舞台を目にする度に仁介とのあの濃密な交歓が思い出され、山積する仕事に手をつける意欲さえ奪われてしまうからであった。
二度とは抱けぬ体であろうと、保明は肚を決めた筈であった。
しかし、朝靄の睦言に見た、仁介のあどけない表情が愛しく、唇を離す事も惜しかった。
ましてや、あの場で仁介を斬り捨てる事等、どうしてできようか。
同様に、仁介も保明の首は取らなかった。
互いにだらしなく愛欲に引き摺られるまま、役割や目的を放棄したのだ。
仁介でなかったら、或いは非情に徹して腕の中の命を奪っていたかも知れない。
仁介故に、命を取る事が出来なかったのだ。
「殿」
着流しの寛いだ姿で、舞台のあった池の前に佇む保明に、艶やかな小袖を纏った美少年が近寄った。
「美世之介か」
仁介の小細工により、千代丸接待の舞台に立つ事の叶わなかった少年である。
こうして目の前に立つ姿は、まるで女のように線が細く、儚気には違いない。一度も褥に侍らせた事は無いが、保明が囲う美女・美少年の中では随一と言えた。
貧乏御家人の三男坊という触れ込みで、保明の家人が拾って来たのがこの美世之介であった。
その家人が既にこの美世之介と関係を持っていた事を見抜いた保明は、どこぞの姫のように頑是無く可憐な美貌の底に、淫猥な性根を見ていたのであった。
「足はどうじゃ」
「御陰様で。恐れながら、水口藩江戸留守居役の御子柴様が、先刻より殿の下城をお待ちでございます。こちらに御通し致しても宜しゅうございますか」
「いや、私が参ろう」
「……ここではいかぬのですか」
「美世」
大きな黒目をぬめぬめと潤わせ、美世之介は上目遣いに保明を見上げた。この、色に慣れ尽くした様な媚が保明の好みではなく、故に一度も抱かなかったのである。
綱吉への菓子として差し出した事もあったが、征服される事を好む綱吉には興醒めであったようで、二度と美世之介に声が掛かる事は無かった。
「美世之介には、殿は一度も御渡り下さりませぬ。それ程に、あの仁介とか申す笛吹きが宜しいのでございますのか」
「悋気は後にせい」
「いいえ、今日ばかりは引きませぬ」
うんざりしたような表情で屋敷に戻ろうとした保明の胸元に、美世之介が両手を当てて留めた。
「慮外者」
「何と申されましても」
胸元に当てた両手を、美世之介がゆっくりと保明の首に回した。たっぷりとした唇が、保明の口元に接近する。
仁介程ではないが、その肌は白くきめが細やかで、芳香を漂わせていた。
そして女の様に細い腰をくねらせて保明の体に密着させ、やがて美世之介は動かぬ保明の唇を捉え、舌を潜らせた。
「何を……」
口の中に何かを押し込まれたような違和感を覚えた保明が、美世之介の小さな卵型の顔を押し退けるように手を上げた。
その震える指の先、美世之介の左耳の下に牡丹の花の様な形をした痣を見つけ、保明は問う様な目で首を傾げるも、敢え無く彼の体は白砂利の上に崩れ落ちたのであった。
「美世之介」
横たわる保明を見下ろす美世之介の背中にに、首尾を尋ねる声がした。
「これは水目の御子柴様」
余裕の笑みと共に、美世之介は振り返った。
そこに立っていたのは、御子柴である。
先日、千代丸を招いて催した能舞台は、もう取り壊してしまった。
あの舞台を目にする度に仁介とのあの濃密な交歓が思い出され、山積する仕事に手をつける意欲さえ奪われてしまうからであった。
二度とは抱けぬ体であろうと、保明は肚を決めた筈であった。
しかし、朝靄の睦言に見た、仁介のあどけない表情が愛しく、唇を離す事も惜しかった。
ましてや、あの場で仁介を斬り捨てる事等、どうしてできようか。
同様に、仁介も保明の首は取らなかった。
互いにだらしなく愛欲に引き摺られるまま、役割や目的を放棄したのだ。
仁介でなかったら、或いは非情に徹して腕の中の命を奪っていたかも知れない。
仁介故に、命を取る事が出来なかったのだ。
「殿」
着流しの寛いだ姿で、舞台のあった池の前に佇む保明に、艶やかな小袖を纏った美少年が近寄った。
「美世之介か」
仁介の小細工により、千代丸接待の舞台に立つ事の叶わなかった少年である。
こうして目の前に立つ姿は、まるで女のように線が細く、儚気には違いない。一度も褥に侍らせた事は無いが、保明が囲う美女・美少年の中では随一と言えた。
貧乏御家人の三男坊という触れ込みで、保明の家人が拾って来たのがこの美世之介であった。
その家人が既にこの美世之介と関係を持っていた事を見抜いた保明は、どこぞの姫のように頑是無く可憐な美貌の底に、淫猥な性根を見ていたのであった。
「足はどうじゃ」
「御陰様で。恐れながら、水口藩江戸留守居役の御子柴様が、先刻より殿の下城をお待ちでございます。こちらに御通し致しても宜しゅうございますか」
「いや、私が参ろう」
「……ここではいかぬのですか」
「美世」
大きな黒目をぬめぬめと潤わせ、美世之介は上目遣いに保明を見上げた。この、色に慣れ尽くした様な媚が保明の好みではなく、故に一度も抱かなかったのである。
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「悋気は後にせい」
「いいえ、今日ばかりは引きませぬ」
うんざりしたような表情で屋敷に戻ろうとした保明の胸元に、美世之介が両手を当てて留めた。
「慮外者」
「何と申されましても」
胸元に当てた両手を、美世之介がゆっくりと保明の首に回した。たっぷりとした唇が、保明の口元に接近する。
仁介程ではないが、その肌は白くきめが細やかで、芳香を漂わせていた。
そして女の様に細い腰をくねらせて保明の体に密着させ、やがて美世之介は動かぬ保明の唇を捉え、舌を潜らせた。
「何を……」
口の中に何かを押し込まれたような違和感を覚えた保明が、美世之介の小さな卵型の顔を押し退けるように手を上げた。
その震える指の先、美世之介の左耳の下に牡丹の花の様な形をした痣を見つけ、保明は問う様な目で首を傾げるも、敢え無く彼の体は白砂利の上に崩れ落ちたのであった。
「美世之介」
横たわる保明を見下ろす美世之介の背中にに、首尾を尋ねる声がした。
「これは水目の御子柴様」
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そこに立っていたのは、御子柴である。
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