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5.暗闘
➁ 肉感的人妻 2
しおりを挟む「ねーちゃん、籠に乗っていけよ」
「嫌と言っています! 」
籠に乗る乗らないよりも、こんな鄙びた間道には稀な美女を何とかモノにしようという下劣な企みであることは明白である。いや、峠や上り坂のある様な所では珍しくもない光景である。
道行きの苦しい若い女を掴まえては、何のかんのと因縁付けて悪戯をしようという、雲助達の常套手段であった。
女は既に、男二人にのしかかられ、道上に転がってもがいていた。
暴れる程に裾が乱れ、白く脂の乗った太腿が晒されて余計に雲助達を興奮させている様子であった。
「よさねぇか、雲助共! 」
手頃な石飛礫を雲助めがけて鶴丸が投げつけた。流石に狙いは外れず、まんまと雲助らの鼻やら顎やらを砕いたのだった。
「離れろいッ」
束の間、逆襲の体を見せた雲助達だが、後から現れた燦蔵を見た途端に踵を返し、喚きながら逃げ去っていったのであった。
「大丈夫かい」
地べたに座ったまま、何とか気丈に着物の裾や襟元を直している女に、鶴丸は腰を落として目線を合わせ、優しく聞いた。
「ありがとう存じました」
女は、しおしおと頭を下げた。目を見張る様な美貌の頬には安堵の涙が伝っていた。
「志免、何をやっているんだよ」
そこへ、鶴丸の事を志免と呼びながら、当の志免が近付いて来た。
何の事かと首を傾げる鶴丸の腕を、燦蔵が力任せに掴み上げた。
「行くぞ、志免」
燦蔵までが、鶴丸を志免と呼んだ。すると女が立ち上がり、追い縋るように鶴丸の袖を掴んだ。
「あのう、志免様と仰るのですか」
鶴丸が志免を見ると、当の志免は素知らぬ風にそっぽを向いた。
「え、ええ、まぁ」
何だか解らんが、そういう事にしておくべきなのだろう。
そう鶴丸なりに悟り、女に向かって鶴丸は頷いた。
「宜しければ、次の宮の宿まで御供させては頂けますまいか。先程の様な雲助がまたいつ現れるかと思うと……」
女は燦蔵にも視線を向けた。というよりは、媚を見せた。
鶴丸や志免のような子供では決定できないと考えたのであろう。
「俺は燦蔵。あんたを助けた小僧が志免、そっちのちっこいのが鶴丸だ。あんたは」
志免と鶴丸とをあべこべに紹介した燦蔵に、女は少々妖艶に過ぎる笑みで名を告げた。
「これは申し遅れました。私、駿河で乾物を商っております駿河屋木兵衛の内儀で、吉と申します」
「へぇ、木兵衛さんってのは、大層な年寄りだと聞いたが。あんたのような若くて別嬪のおかみさんがいたとはな」
「おからかいになっちゃ嫌ですわ」
女は口元を袂で隠すようにして笑った。その仕草は正に、男に慣れ親しんだ女のものである。
濡れた様な大きな双眸に長い睫毛、ぽってりと朱に染まる唇、何よりその豊満な体つきは、男の目を引かぬ筈が無い。
「おかみさん、江戸かい」
四人連れ立って歩き出してから暫くして後、燦蔵がお吉に聞いた。
「まぁ、お分かりですの」
「こんな垢抜けたおかみさん、ここいらにはいやしないぜ」
「嬉しいわぁ、あたしも本当は江戸に帰りたくってねぇ」
「何処の生まれだい」
「下町長屋に決まってますよ、意地悪ねぇ」
助けた当人の鶴丸は、志免と並んで不貞腐れながら、並んで歩く燦蔵とお吉の後ろを歩いていた。あわよくば女を頂戴しよう等と空恐ろしい妄想にまで及んでいた鶴丸の計算が、まんまと狂ってしまっていたのだ。
「燦蔵兄貴の奴、横取りしやがって」
ブツブツと愚痴を零す鶴丸の耳に、志免はそっと口を寄せた。
「大店の後妻が供も無しにこんな間道を行くと思う? いいね、暫く燦ちゃんの言う通りにするんだ」
「おめぇに言われたかねぇよ……ああ畜生、いい体してやがるぜ」
鶴丸の目は、目の前でゆらゆらと揺れる豊満な女の腰つきに奪われていた。
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