愛洲の愛

滝沼昇

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5.暗闘

➀ 名古屋城下

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 朝のうちに、鶴丸と志免は、無事に名古屋の城下近くの丘の上まで辿り着いていた。

「こんな外れからでも城が拝めるとはなぁ」
「流石は天下の尾張様だね」
「しっかし、あんなに堂々と城を晒しやがったら、敵に攻めてくれって言ってるようなもんじゃねぇか」
「其処が凄いのさ。町並みだって碁盤の目のようで、遠目にも入り組んだ感じはしない。来るなら来てみろ、徳川を倒せるものならやってみろ……揺るぎない御権勢の勇姿なんだ、きっと」
「そいつぁ、壱ちゃんか仁ちゃんか燦ちゃんの受け売りだろ。燦ちゃん、は、ないか」
「言いつけるぞ。だけど、なんて荘厳なんだろう。こんな町が世の中にあるなんて」
 これまで甲賀の里を一歩も出た事の無い二人にとって、間近に迫って来た名古屋城の勇姿と、その城がまるで瓦の波の中に浮かんでいるかのように果てしなく連なる巨大な町並みは、まるで夢の世界のようであった。

 とはいえ、尾張家は藩祖・義直公以来質素倹約を旨としている。現藩主にして二代目・光友は、諸候の中でも並ぶ者のない武芸者として知られ、柳生兵庫介利厳ひょうごのすけとしよしより尾張柳生新影流の印可を授かった程の剣豪でもある。

 江戸で育った仁介には、治世が行き届き始めた新興城下町でしか無いであろうが、水目の城下しか知らぬ二人には、見るもの全てが新しく眩しい、心躍る様な町であった。

「おい、女いねぇか、女」
 里を出てからまだ三日と重ねた訳でもないのに、鶴丸は早くも欲情の捌け口に不自由し始めていた。
 このままではまた里での時のように身近にいる自分が捌け口にされる……志免は女漁りを始める鶴丸を諌める事が出来ず、多少の間合いを空けて後を付いて回るしかできなかった。

 知らぬ町だというのに、鶴丸は恐るべき勘で女郎屋を探し当てた。というよりは、どこの町にもどんな村にも、人が通る所には必ず、旅の間に募った欲情を処理させる為の施設があるのだ。
 大抵がもぐりの女郎屋であり、働いているのは売られた女達であり、足を止めるのは、情も交えずに金で生理的処理を求める男達であった。

 壱蔵の妻・綾乃より遥かに年上と思しき女が、破れかかった暖簾の奥から鶴丸を呼んだ。
「遊んでお行きよ。ここはまだ御城下といっても外れさ、役人の目だって届きやしない。向かいの女郎屋なんてね、高い金でババァを抱かせるんだよ。ここにおしよ」
「おめぇも十分ババァじゃねぇかよ」
 憎まれ口を叩きつつ、鶴丸の目は獲物を定めたかのように女の胸元に貼り付いていた。

 女に続いて、如何にもヤクザ風の男にしなだれかかった女や、病気持ちの様な青い顔をした痩せぎすの女が、鶴丸達と入れ替わるように暖簾から出て来た。彼らには、それこそ男にも女にも、気怠い澱みがあった。尾張家の大層な大義名分からあぶれ、日の当たる世間からもあぶれた、正に人間の果て無き欲求だけが凝縮した場所だと、志免は遠巻きに眺めていた。
「あ、鶴丸」
 そうこうする内に、鶴丸はさっさと暖簾を潜って階上へ上がっていってしまった。
 追いかけようとするが、其処に漂う澱みに気圧され、志免はまんまと弾かれてしまったのだった。
 女達は、鶴丸の連れだと解っていながらも、ほんの子供の様なあどけない容姿の志免など、誘いをかけるどころか眼中にも無い様子であった。
「御免よ」
 後を追おうかここで待とうか、束の間その場で戸惑う志免の脇を、笠で顔を隠した道中合羽姿の大男が擦り抜けていった。
「おやぁ、なんて男振りの良い三度笠だぇ」
 途端に女達が群がり、男は鶴丸が入っていった女郎屋の暖簾を難なく潜っていった。

 
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