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問7 溢れ出す限界までの容量を計算せよ
問7-1
しおりを挟む「たのもー!!」
そいつは、無駄に大きな音を立てて部屋に入ってきた。
「あぁ?」
作業中だった俺は、手を止めて入り口に目を向ける。
そこに立っていたのは、小学生と見間違うような小柄な少女だった。
地面まで届く……というか、地面まで引き摺る妙に長いワンピースのような服装は、よく見れば海外のXLサイズ基準くらいのTシャツだ。
真ん中には太い楷書で「お相撲さん」と書いてある。どこで買うんだそんなもん。
「なんだ、ヒメサマか。どうしたんだこんな掃き溜めに」
俺は一応の礼儀として、客を迎えるべく立ち上がる。
「もう! 司書長ぉ! ここは掃き溜めじゃないですよ!」
姿の見えぬ百田が、どこからかくぐもった抗議の声を上げた。
狭い室内でなぜ姿が見えないのかと見回すと、戸棚の下部からデカいケツだけが出ているのを発見した。
何やっとんだ。
「『鬼ヶ島』さん! 昨日の番組見ましたよ! あれ、良きでした!」
ヒメサマはずんずん部屋に入ってくると、空いたデスクチェアに飛び乗り、くるくる回りながら顔を輝かせた。
そうか、この娘の目にも止まったか。
「あぁ、例の『citrus』の特集か? あれは、番組を通して広めた例の件も合わせて大反響だったな」
つい笑みが溢れるのが抑えきれなかった。
まさか、こうもトントン拍子に物語が転がるとは思わなかった。
シトラスは、俺が思った以上の成果を勝手に出してくれた。しかも意図はしていないだろうが、番組のスケジュールにも滑り込みで合わせてくれるなんて、本当に素晴らしい献身だった。
おかげで今日も大忙しだが、嬉しい悲鳴というやつだ。
ヒメサマも俺の言葉に楽しそうに笑う。
「くふふふふ。ついに、見つかっちゃいましたね。【光弾:小】の隠された能力が」
「見つけてくれた、が正しいだろ。ようやく俺の描いた次のステージに進めるってとこだな」
「えー、いいんですか? 勝手にそんなことして。あの人、怒りませんでした?」
「知らんなぁ。あいつはもうディレクターじゃないからな。俺に意見する立場じゃねぇよ」
「そうですか、そうですか。じゃあ鬼ヶ島さんはまだ諦めてないんですね?」
ギラリ、と野心的な目を光らせる。この娘は、「俺の側」だ。
「もちろん。ま、あまりにも馬鹿ばっかりでちょっと心は折れかけてたけどな」
「ぷはっ! やっと見つけた!! あ、ヒメサマ、こんちわー」
百田が戸棚から頭を引っこ抜いていた。髪の毛にはほこりの塊がもりもり絡んで具だくさんのラーメンのようになっていた。
「アハハハハハ!! 『モモノヒ』さん、ホコリマシマシ~!!」
「ぷふっ、くくく……おい、モモタロー、休憩取っていいからさっさと頭洗ってこい……」
「えっ? えっ!? なんですか? どうなってるんですかぁ!?」
ぎゃーぎゃー騒ぎながら百田は部屋を飛び出して行った。
「やっぱモモノヒさんは面白いなぁ」
「あれでもうちょっと頭が良ければ愛嬌になるんだが、残念なことにただの馬鹿だからな。関わってる時間が勿体無いことが多くて困る」
俺はため息を吐く。後ろからぎぃ、と椅子のきしむ音がした。
「言うて、なんだかんだ構ってあげるのがボスの良いとこですよねぇ」
痩せ型で細目の男が俺の方を見てにやにやしている。
「うるせぇなぁ、久慈。お前はさっさと手を動かせ」
「ほいほーい。ま、もうすぐ俺の分は片付きますよ~?」
「終わったら勝手に休憩行って来い」
「了解っす。じゃ、ヒメサマはゆっくりしてってね」
「久慈さん、お仕事邪魔してごめんなさい」
久慈は手をひらひら振って返す。
こいつは地頭も良いし効率厨だから使いやすいんだが、あとの2人がお荷物なのは日陰部署のせいだろうか。
「で、ヒメサマ。それが言いたいだけじゃないんだろ? 今日は何のご用で?」
「んふ? 私、あの番組でちょっとテンション上がっちゃいまして」
コキコキとクビの音を鳴らし、手足をプラプラさせる。なんだそのポーズ、まさか――
「プレイヤー、復帰しようかと思ってるんです」
――そのまさかだった。
瞬時に、俺は頭を回す。
想像してみた。全盛期、百戦無敗を誇った彼女がネクロに戻る姿を。
今は、あの時に居なかった面白いプレイヤーが増えてきた。
時の人、シトラス。現行で最強の女性プレイヤーと言われてる玻璃猫。
最近ひと回り強くなった火香もいるし、あの「渡り鳥」もランク戦に本格参戦してくるなんて噂もある。
しかもそいつらが全員つるんでるってんだから妙な話だ。
そして、今のシングルランク1位は「あいつ」だ。引きずり下ろせるプレイヤーが増えるなら、それに越したことはない。
ヒメサマがまた戻れば、ランク戦は更に面白くなるだろう。
つまり、最高だ。
「シークレット、解禁セールってことですよね? あの番組を流したってことは」
「おいおい、仕様を知ってるプレイヤーがまだ見つかってないシークレットをバンバン使うのは勘弁してくれよ」
「冗談ですよ。私達がそれをやったらお終いですからね~」
「シトラスの動きに注目しとけば良いさ。あいつはまたどんどん発見してそうだしな。今はプライベートエリアだから分からんが」
「流石に、あれだけ派手にやれば、そろそろ気づきますよね? 他のプレイヤーも」
「だと良いんだけどな」
そこはあまり期待しないようにはしている。
今まで腐るほどあったシークレットも、ほとんど気づかれていなかったのだ。
まったく、攻略掲示板とかWikiってのは厄介だ。弱い、と一度書かれてしまえば試すプレイヤーはガクッと減る。これからはそれが覆ってくれれば良いのだが。
まぁ、もう少し俺達から発信する必要性は感じる。
とにかく、彼女が復帰するなら、それこそ大々的に盛り上げてやらんとな。
「ひゃー、すごいことになってました……」
頭をさっぱりさせた百田が部屋に戻ってきた。
昔ならすぐには乾かなかった長髪も、今の技術なら数秒だ。さらさらとなびかせた髪を無駄に手でかきあげている。
「おかえり、私の美しい髪……あいたっ!!」
「何遊んでんだ。さっさと仕事に戻れ」
「休憩取って良いって言ったじゃないですかぁ! まだ休んでていいですよね!?」
「髪を洗う分だけの時間だ。飯は後で食え」
「ふえぇ……はいはい。分かりましたよ、もう……」
「更に忙しくなるから、気を引き締めろよ? ついに『亜神』のご帰還だ」
俺のその一言に、百田はバッとヒメサマの顔を見た。
「も、も、も、もしかして……」
ヒメサマは、百田に向かって両手で∨サインを突きつけた。
「はいっ! 私、ネクロに復帰しまぁす!」
「…………い、やったあああぁぁぁぁ!!」
百田は大げさに飛び上がると、がしっとヒメサマの手を両手で握りしめた。
おい、涙目だぞ。マジかこいつ。
「う、う、うれしいです……私、ヒメサマの動画見てネクロ始めたんです……。もう、二度と戻らないって聞いてたから……」
「私、こっち側に来ちゃいましたからねぇ。でも、もう最近は関わってなかったし、またプレイヤーに戻っちゃってもいいかなって」
「あ、そうだ! それで思い出しました!」
バタバタと倒れ込むように戸棚に戻ると、百田は何かを引っ張り出してきた。
「これ! アルバム! あ、でもまだこの時はヒメサマ居ないのかな?」
その、装丁は豪華だが煤けたアルバムは、ネクロのリリースを記念して、感傷的な気持ちをふんだんに詰め込んだ俺たちの記録だ。
今どき、データペーパーではない本当の「紙」と「写真」なんてわざわざ使っている。デジタルに住まう俺らは、思い出くらいはアナログにしようという意見からだった。
その意見は、誰のものだったろうか。もう思い出せない。
ぱらぱらとアルバムをめくる百田は、あっ、と声を上げた。
「今よりもう少ーし若い司書長、ばっちり写ってますね。やっぱ元開発組っていうのは本当だったんですねぇ」
そういって百田が広げたページに大きく載っていたのは、よりによって俺とあいつが肩を組んで笑う写真だった。
写真の二人は、まだキラキラとした形のない何かを信じているようで、今見ると……胸糞が悪くなる。
俺は、自分が出そうと思ったもの以上に冷たくなった声で言い放つ。
「片付けろ」
まだ、奴を許す気は無い。
世界が変わるまで、意見を違えた俺たちは交わらない。
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