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問6 等速で進む線と線の交点をさぐれ
答6-6
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「あぁ、【口止め料】ですね。ステータスカードでしたっけ? トレードの申し込みならそう言って下さい」
「え、そんなカードあるの?」
「知らないですけど」
「だからなんだよ試合中からっ! 面倒な奴だなぁ!」
いや、わかるでしょ、と口の中で俺はもごもごとつぶやく。
この人の考えている事が良く分からない。伝わる意思は、やけにストレートな「欲」だけだ。
これだけ欲望に正直な人も珍しい。普通は隠そうとするもんだ。
そして交渉にしては下手すぎる。
まずはこの人の中身をもう少し見せてもらおう。
俺は極力表情を消して、じい、と彼女の顔を見つめてみた。
彼女はまっすぐ俺の目を見返す。口元はゆるく笑い、やはり欲だけが漏れ出ている。
だめだ。やっぱりそれ以外は読み取れない。
俺はわざとらしくならないように笑顔を作ると、彼女に提案した。
「その話は一旦置いといて、まずは挨拶しませんか? いきなり交渉なんてマナー違反ですよ」
「んん? ま、そうだな。悪かった。じゃ、あたしから」
案外素直だな、と思ったのもつかの間。
レミングスは、近くの石に片足を乗せ、手を腰に置いて朗々と名乗りを上げた。
「私はレミングス! 平々凡々たる生まれは覇道を成さぬ理由にはならない。神は私に三物を与えた。力、頭脳、そしてパワー! 私はレミングス! 塞ぐ障壁はぶち壊し、隔たる壁は粉砕する。閉じた扉をこじ開け、行き止まりをも通路に変える。私はレミングス! 闇を切り裂く一条の光にして、天から降り注ぐいかづちの主。夜明けの王、運命を司る魂の器。我がここに顕現せし太陽の化身! 覚えておくように!」
名乗りの最後に彼女はぶわっと両手を天に掲げ、空を仰ぎ見た。ぱたぱたぱた、と彼女の服についた無数の人形達が揺れて音を鳴らした。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………ポッ」
「恥ずかしいならやるなよ!!」
「へへっ」
ああ、ついツッコんでしまった。口でポッって言っただけなのに。
力とパワーがかぶってるとか、なんで壁壊してばっかなんだよとか、光だか王だか太陽の化身だかが何で田舎娘の格好してんだよとか……ああ、駄目だ。ツッコミたい! ……けど、がまん!
深呼吸する。乱されないように、乱されないように。
「あー……、もう。ツッコミませんからね」
「あは。ごめんよ。ほら、私が名乗ったんだから、あんたも」
もう戦闘は終わって俺のテンションも平常運転だ。
シラフでアレは無理だろう。
「すいません、citrusと申します。以後お見知りおきを……」
「……そんだけ?」
「はい、すいません。長いやつないです。すいません」
「ふーん、私ばっかか。……まぁいいや。じゃ、シトラスくん、改めて――」
彼女はずい、と手の平を上に向けて右手を俺に差し出した。
「――お金ちょーだい?」
スットレートなカッツアゲェー!
「……ヤ、です」
「矢?」
「イヤ、です」
「射矢?」
「……お金無いです」
「お鐘ないです?」
「それは無理があるでしょ」
「あは。ごめんて」
彼女はまだ手を引く気は無いようだ。
はぁ。ノリでお断りは無理か。じゃあ、一所懸命自己弁護しようかね。
「しっかり言いましょう。俺がランク戦をスタートしたのはつい昨日の事です。まだランク報酬のウィークリーボーナスはもらっていません。だから金……ゲーム内マネーは全然有りません!」
「ほんとかなぁ?」
「じゃあこの際、俺の懐事情も置いておきましょう。そもそも、レミングスさん、あなたまるで俺が『例の件』を隠したがっていると思っているようですが、それは何故です?」
「うん? 何故もなにも、あんたがあんなカードわざわざ使って何かを試してたんだろ? あたしと一緒に驚いてたし、多分あの時が初。つまり、『世紀の大発見』を知っているのは、今のところあたしとあんただけ」
にやり、と彼女は笑う。私はするどいだろ、というどや顔がうざったい。
それは大間違いではないけど、根本が間違ってる。
「だからあんたに「世紀の大発見の権利をやるよ、ですか」
後半は勝手に俺が引き継いだ。
先に言いたいことを言われてしまったレミングスは右眉だけ釣り上げて俺を睨む。
「残念ですが、それは俺にはいらない称号です。それに発見の証拠を出そうと思ったら、俺との戦闘記録を見せる必要があるのでは? それであなたが発見するために使った訳ではないことはバレますし」
「いらない?」
「ま、別に他の映像データをでっち上げてあなたの手柄にしてくれてもいいですよ。あなたがどうしようと僕は身近な人にはすぐに伝えるつもりなので、いずれはゆっくり広がるでしょうし」
彼女の勘違いは、俺が「発見」そのものを求めていると思っていること。
俺は研究に没頭しがちだが、それは研究して新しい発見をしたいんじゃない。発見することによって、広がる世界を楽しみたいだけだ。
あくまで過程でしかないものに執着なんてしない。
「ふーん? まだ私たちだけしか知らないでっかいアドバンテージ、私にタダでくれるっていうの? 勿体無いなぁ、本当に勿体無い」
と、うんうん頷きながらレミングスはちらちらと俺の方を見ている。
なんだ、何が言いたいんだ。
「これ、でっかいお金、動くよ?」
「勝手に使って、どうぞ。その情報で稼ぎたいなら好きなだけ稼いで下さい。後からとやかく言いませんから」
あくまでそっけない俺の態度に、レミングスの空気が変わった。
「……あんた、何がしたいんだ? 私は名乗りの通り、ココで、この作られた世界で大きな存在になりたい。だから金はいくらでも欲しいし、くれるっていうならもらう。それで強いデッキを作ってバンバン勝ちたい、強くなりたい。普通はそうだろう? ゲームなんだ。強くて尊敬される自分になりたくてやってんじゃないのか?」
少し苛立ったように俺に言葉をぶつける。
俺は彼女を見据えた。やはり、欲望にまみれた瞳だ。でも改めて見ればそれは暗いものではなく、あくまで純粋な、誰にでもある欲望という名の「望み」だった。
レミングスは普通のゲーマーだ。他者へ実現の姿を見せるプレイヤー。そういう人が多いんだっていうことは知っている。
「強くなりたい、目立ちたい、好きな物が欲しい。それを目的にネクロを遊ぶ方も沢山いるでしょう。でも、俺は違うってだけです。ただ『楽しみたい』から遊んでる。ゲームですから」
「だからその『楽しみ』って、そういうことだろ? 金、力、地位。なんだって欲しいじゃん」
「無いよりはある方が良いですけど、身の丈ってものがあります。俺の楽しみ方は、自分の描く未来を『実現させる』ことだけです。描いたものが沢山あるから、この世界は楽しい」
「へえ。ご高尚なことで」
「はて、あなたも言っていたじゃないですか。『行き止まりをも通路に変える』んですよね?」
その言葉に、レミングスは固まった。
うん? と考える表情に変わる。俺の言葉を自分に混ぜようとでもするかのように頭をぐるぐる回している。
そして数度頷くと、パァッと表情を明るくした。
「なるほど!! 分かった!! そういうことな!!」
レミングスはぴょん、と跳ねて俺に抱きついた。
「!?」
「それなら良いよ! 気に入った!」
ハグだ。
いやらしいものじゃない。人としての好意のハグ。日本人には慣れてないやつだ。
「あんたが何を『実現』するのか、楽しみにしてるよ!」
パッと俺から離れると、彼女はあっという間に部屋から退室していった。
嵐のような人だった。
結局、彼女が何に納得したのか、俺と何を話したかったのか、ほとんどわからずじまいだ。
でも――。
俺は、彼女のぬくもりまでは残らない自らのアバターに触れる。
――また、どこかで会いそうな気がした。
「え、そんなカードあるの?」
「知らないですけど」
「だからなんだよ試合中からっ! 面倒な奴だなぁ!」
いや、わかるでしょ、と口の中で俺はもごもごとつぶやく。
この人の考えている事が良く分からない。伝わる意思は、やけにストレートな「欲」だけだ。
これだけ欲望に正直な人も珍しい。普通は隠そうとするもんだ。
そして交渉にしては下手すぎる。
まずはこの人の中身をもう少し見せてもらおう。
俺は極力表情を消して、じい、と彼女の顔を見つめてみた。
彼女はまっすぐ俺の目を見返す。口元はゆるく笑い、やはり欲だけが漏れ出ている。
だめだ。やっぱりそれ以外は読み取れない。
俺はわざとらしくならないように笑顔を作ると、彼女に提案した。
「その話は一旦置いといて、まずは挨拶しませんか? いきなり交渉なんてマナー違反ですよ」
「んん? ま、そうだな。悪かった。じゃ、あたしから」
案外素直だな、と思ったのもつかの間。
レミングスは、近くの石に片足を乗せ、手を腰に置いて朗々と名乗りを上げた。
「私はレミングス! 平々凡々たる生まれは覇道を成さぬ理由にはならない。神は私に三物を与えた。力、頭脳、そしてパワー! 私はレミングス! 塞ぐ障壁はぶち壊し、隔たる壁は粉砕する。閉じた扉をこじ開け、行き止まりをも通路に変える。私はレミングス! 闇を切り裂く一条の光にして、天から降り注ぐいかづちの主。夜明けの王、運命を司る魂の器。我がここに顕現せし太陽の化身! 覚えておくように!」
名乗りの最後に彼女はぶわっと両手を天に掲げ、空を仰ぎ見た。ぱたぱたぱた、と彼女の服についた無数の人形達が揺れて音を鳴らした。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………ポッ」
「恥ずかしいならやるなよ!!」
「へへっ」
ああ、ついツッコんでしまった。口でポッって言っただけなのに。
力とパワーがかぶってるとか、なんで壁壊してばっかなんだよとか、光だか王だか太陽の化身だかが何で田舎娘の格好してんだよとか……ああ、駄目だ。ツッコミたい! ……けど、がまん!
深呼吸する。乱されないように、乱されないように。
「あー……、もう。ツッコミませんからね」
「あは。ごめんよ。ほら、私が名乗ったんだから、あんたも」
もう戦闘は終わって俺のテンションも平常運転だ。
シラフでアレは無理だろう。
「すいません、citrusと申します。以後お見知りおきを……」
「……そんだけ?」
「はい、すいません。長いやつないです。すいません」
「ふーん、私ばっかか。……まぁいいや。じゃ、シトラスくん、改めて――」
彼女はずい、と手の平を上に向けて右手を俺に差し出した。
「――お金ちょーだい?」
スットレートなカッツアゲェー!
「……ヤ、です」
「矢?」
「イヤ、です」
「射矢?」
「……お金無いです」
「お鐘ないです?」
「それは無理があるでしょ」
「あは。ごめんて」
彼女はまだ手を引く気は無いようだ。
はぁ。ノリでお断りは無理か。じゃあ、一所懸命自己弁護しようかね。
「しっかり言いましょう。俺がランク戦をスタートしたのはつい昨日の事です。まだランク報酬のウィークリーボーナスはもらっていません。だから金……ゲーム内マネーは全然有りません!」
「ほんとかなぁ?」
「じゃあこの際、俺の懐事情も置いておきましょう。そもそも、レミングスさん、あなたまるで俺が『例の件』を隠したがっていると思っているようですが、それは何故です?」
「うん? 何故もなにも、あんたがあんなカードわざわざ使って何かを試してたんだろ? あたしと一緒に驚いてたし、多分あの時が初。つまり、『世紀の大発見』を知っているのは、今のところあたしとあんただけ」
にやり、と彼女は笑う。私はするどいだろ、というどや顔がうざったい。
それは大間違いではないけど、根本が間違ってる。
「だからあんたに「世紀の大発見の権利をやるよ、ですか」
後半は勝手に俺が引き継いだ。
先に言いたいことを言われてしまったレミングスは右眉だけ釣り上げて俺を睨む。
「残念ですが、それは俺にはいらない称号です。それに発見の証拠を出そうと思ったら、俺との戦闘記録を見せる必要があるのでは? それであなたが発見するために使った訳ではないことはバレますし」
「いらない?」
「ま、別に他の映像データをでっち上げてあなたの手柄にしてくれてもいいですよ。あなたがどうしようと僕は身近な人にはすぐに伝えるつもりなので、いずれはゆっくり広がるでしょうし」
彼女の勘違いは、俺が「発見」そのものを求めていると思っていること。
俺は研究に没頭しがちだが、それは研究して新しい発見をしたいんじゃない。発見することによって、広がる世界を楽しみたいだけだ。
あくまで過程でしかないものに執着なんてしない。
「ふーん? まだ私たちだけしか知らないでっかいアドバンテージ、私にタダでくれるっていうの? 勿体無いなぁ、本当に勿体無い」
と、うんうん頷きながらレミングスはちらちらと俺の方を見ている。
なんだ、何が言いたいんだ。
「これ、でっかいお金、動くよ?」
「勝手に使って、どうぞ。その情報で稼ぎたいなら好きなだけ稼いで下さい。後からとやかく言いませんから」
あくまでそっけない俺の態度に、レミングスの空気が変わった。
「……あんた、何がしたいんだ? 私は名乗りの通り、ココで、この作られた世界で大きな存在になりたい。だから金はいくらでも欲しいし、くれるっていうならもらう。それで強いデッキを作ってバンバン勝ちたい、強くなりたい。普通はそうだろう? ゲームなんだ。強くて尊敬される自分になりたくてやってんじゃないのか?」
少し苛立ったように俺に言葉をぶつける。
俺は彼女を見据えた。やはり、欲望にまみれた瞳だ。でも改めて見ればそれは暗いものではなく、あくまで純粋な、誰にでもある欲望という名の「望み」だった。
レミングスは普通のゲーマーだ。他者へ実現の姿を見せるプレイヤー。そういう人が多いんだっていうことは知っている。
「強くなりたい、目立ちたい、好きな物が欲しい。それを目的にネクロを遊ぶ方も沢山いるでしょう。でも、俺は違うってだけです。ただ『楽しみたい』から遊んでる。ゲームですから」
「だからその『楽しみ』って、そういうことだろ? 金、力、地位。なんだって欲しいじゃん」
「無いよりはある方が良いですけど、身の丈ってものがあります。俺の楽しみ方は、自分の描く未来を『実現させる』ことだけです。描いたものが沢山あるから、この世界は楽しい」
「へえ。ご高尚なことで」
「はて、あなたも言っていたじゃないですか。『行き止まりをも通路に変える』んですよね?」
その言葉に、レミングスは固まった。
うん? と考える表情に変わる。俺の言葉を自分に混ぜようとでもするかのように頭をぐるぐる回している。
そして数度頷くと、パァッと表情を明るくした。
「なるほど!! 分かった!! そういうことな!!」
レミングスはぴょん、と跳ねて俺に抱きついた。
「!?」
「それなら良いよ! 気に入った!」
ハグだ。
いやらしいものじゃない。人としての好意のハグ。日本人には慣れてないやつだ。
「あんたが何を『実現』するのか、楽しみにしてるよ!」
パッと俺から離れると、彼女はあっという間に部屋から退室していった。
嵐のような人だった。
結局、彼女が何に納得したのか、俺と何を話したかったのか、ほとんどわからずじまいだ。
でも――。
俺は、彼女のぬくもりまでは残らない自らのアバターに触れる。
――また、どこかで会いそうな気がした。
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