上 下
75 / 92
問6 等速で進む線と線の交点をさぐれ

答6-4

しおりを挟む
 空白の時間は長くは続かなかった。
 未だ体に刺さる【朽梛】がパキン、と音を立てて消滅した。

 っしゃあ! 動ける!

 レミングスもその音に戦闘中だということを思い出したようだったが、俺は【スタンバトン】を装備し跳ね起きると彼女に近づき、左手を大きく振り上げた。
 彼女の意識がの武器に集中する。俺は右手を彼女と重なるように置いた【空画整理】にかける。
 振り上げた【スタンバトン】は、彼女の蹴りに弾かれた。それは問題ない。
 右手で体を地面と水平になるように引っ張り上げ、架空の足場に飛び乗るように両膝蹴りを彼女に叩き込む。

 システムによるダメージは無い。が、意表は突けた。その隙に移動だ。
 俺はもう数回の使用回数を残した【空画整理】を使い切って上へ。ところどころ抜けた穴から上階に手をかける。
 後ろから攻撃が飛んできたが、なんとか避けて彼女から距離を取った。
 安心は出来ない。ゲーム開始からぐるぐる移動していたので、このあたりはおそらく相手もマッピング済だろう。

 「崩落した療養所」は砂漠化した地域の真ん中にぽつんと立った病院だ。
 地上3階と地下2階の合わせて5階層。さらに南館、北館、それを繋ぐ中央館と3つのブロックに分かれている広い施設だが、ゲーム開始早々に中央館と北館を繋ぐ通路を軒並み封鎖され、俺とレミングスは南館と中央館だけで戦ってきた。
 そうなると普段のマップより大分狭い。範囲型のサーチ系ユーティリティカードも効果は出やすくなるし、大技の影響も相対的に大きい。
 【濁流の垂下】一発で南館1階の広い範囲を水浸しに出来たのだ。デッキを回してもう数発打てれば、通電トラップはどんどん使いやすくなる。

 だが、俺はそんな長期戦もじわじわ締め付ける戦略も御免だ。
 相手は間違いなくサーチ系カードを持っているし、さっきのコンボ以外にも長期戦を見据えたカード選択をしている可能性は高い。
 一度手痛い反撃を食らったくらいで、短期決戦の目標を変えるべきではないだろう。

 手札の補充を待ちつつ、【鳴神:玖】を溜める。
 ドローは調整し2枚に増やした【濁流の垂下】だ。よっしゃ、今度はコンボが吸い付いてきたぞ。
 あと2枚。来いよ? いや、来るはずだ。
 あの【光弾】一発で「流れ」が変わったのを確信する。

 こっそり下を覗くと、レミングスは俺がどの位置から下りてきても対処出来る場所に陣取っていた。
 俺が堅実なら自分がトリッキーに、俺がトリッキーだと気付いてからは自分が堅実に。なるほどいい戦法だ。
 正面からのガチのやりとりに自信があるんだろう。確かに、近接戦闘では猫騙しのような一発技しか決まりそうに無い。

 「フライングエクスプレス」は、近接してからの立体機動で相手を範囲内に押し込めて、足止め攻撃を駆使しながら一方的な攻撃を連打するデッキだ。
 つまり、相手の認知を上回ることで有利を取る構造をしている。
 それは逆に、相手に認知されてしまえばさほど有利ではないということになる。
 彼女のように、アバターアクションが上手く、対応センスがあるプレイヤーには刺さりにくい。

 でもそれが覆せるのが、ゲームの良いところだよな。

 ……手札は全て揃った。
 デッキに搭載された初期のロマン砲は、超天空高速【脚火】だった。
 しかし、研究によってデッキ内の「最大火力」は更新された。
 まだ試合じゃ初披露だ。

 俺は軽くなる心と共に軽快に駆け、ひょい、と下の階に飛び降りた。

「お疲れさまです。次回もよろしく」

 俺は両腕を大きく振り下ろす。
 最大まで溜まった雷雲がふよふよと飛び、同時に天井近くから土気色の水流が下で待つレミングスを飲み込むべくうねる。
 さらに連続し、その濁流に向かって【降り注ぐ願いの短冊】を撃った。
 現れた虹色と同じ七色の光は濁流に吸い込まれ、その輝きを維持しながら水流と共に目標へと向かう。

「おい馬鹿やめっ――」

 レミングスは、まずいことにもう片方の手に【朽梛】を握っていた。
 ダメダメ、電撃を使う相手にそんなもん持ってちゃあ。

 濁流が彼女を襲い、【短冊】のエフェクトが無防備なアバターにするすると刺さる。
 最後は【鳴神:玖】の雷撃だ。俺はその落雷に合わせ、手を水流に当て【激痛電】を放った。

 2発の感電ダメージは、【降り注ぐ願いの短冊】の効果で増幅される。
 幾度かの研究によって判明した【短冊】の隠された能力は、ヒット後数秒間の別の攻撃によるダメージに数%の追加補正を与える事。
 そして【激痛電】の威力は、別の電撃ダメージエフェクト中に追加で当てる事で大きく上がる。
 勝手に金属装備による弱点ダメージも入り、電撃2倍盛り大サービスを受けたレミングスのライフはゲージの末端にたどり着き、消失した。

「あわわわわわわわわ」

 ただし、既に壊れた【もちもちシューズ】は濡れた足元からの電撃ダメージを防がず、俺も同時に【激痛電】によるダメージを受ける。
 計算してあったとは言え、俺のライフは残り数ミリでなんとか耐えきった。

「締まらんなぁ……」

 ダメージエフェクトが消えた俺はロマン砲の余韻にひたる気分にもなれず、穴だらけの白い天井を見上げた。







 目覚めた私の目に飛び込んできた、無機質な白い天井。
 BRブレインリーダーを頭から外す。

「あは、あははは、あははははははは」

 つい、笑いだしてしまった。

 なるほどねぇ。
 そんなこと、あるんだ。
 まさか、彼が「ココ」に居たなんて。

 全然、変わってない。

 昔と同じ。
 みんながびっくりすることを平気でやってみせて、いつも中心で誰よりも楽しそうに笑ってた。

 今でもあの風景を思い出す。

『大丈夫、やってみれば案外簡単だよ。ほら、見てて。――俺に! 出来ない! 事は! 無ああぁぁ……』

 満面の笑みで、崖に飛び込んで行くその後ろ姿。
 途中で引っかからなければ、危なかったんじゃないかな。

 あの時はとにかく楽しかった。
 何でもチャレンジした。揺れる吊橋ダッシュ、すごく高い木上り、川の向こうまでの石渡り。

 駄目だったときもあるし、上手くいったときもある。
 彼は楽しい事を見つけるのがとにかく好きだった。
 今でもきっとそうなんだろう。表情を見れば分かる。
 だから、私も嬉しい。

 やった。
 やった、やったやった。
 楽しみが増えた。
 また「あの頃」みたいにわくわく出来るかな?

 小さな明かりが点滅する部屋の中、私は一人で飽きるまで笑った。


 ――私はいつか、彼の敵になる。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ちょいダン? ~仕事帰り、ちょいとダンジョンに寄っていかない?~

テツみン
SF
東京、大手町の地下に突如現れたダンジョン。通称、『ちょいダン』。そこは、仕事帰りに『ちょい』と冒険を楽しむ場所。 大手町周辺の企業で働く若手サラリーマンたちが『ダンジョン』という娯楽を手に入れ、新たなライフスタイルを生み出していく―― これは、そんな日々を綴った物語。

テンプレを無視する異世界生活

ss
ファンタジー
主人公の如月 翔(きさらぎ しょう)は1度見聞きしたものを完璧に覚えるIQ200を超える大天才。 そんな彼が勇者召喚により異世界へ。 だが、翔には何のスキルもなかった。 翔は異世界で過ごしていくうちに異世界の真実を解き明かしていく。 これは、そんなスキルなしの大天才が行く異世界生活である.......... hotランキング2位にランクイン 人気ランキング3位にランクイン ファンタジーで2位にランクイン ※しばらくは0時、6時、12時、6時の4本投稿にしようと思います。 ※コメントが多すぎて処理しきれなくなった時は一時的に閉鎖する場合があります。

【なろう430万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ

海凪ととかる
SF
離島に向かうフェリーでたまたま一緒になった一人旅のオッサン、岳人《がくと》と帰省途中の女子高生、美岬《みさき》。 二人は船を降りればそれっきりになるはずだった。しかし、運命はそれを許さなかった。  衝突事故により沈没するフェリー。乗員乗客が救命ボートで船から逃げ出す中、衝突の衝撃で海に転落した美岬と、そんな美岬を助けようと海に飛び込んでいた岳人は救命ボートに気づいてもらえず、サメの徘徊する大海原に取り残されてしまう。  絶体絶命のピンチ! しかし岳人はアウトドア業界ではサバイバルマスターの通り名で有名なサバイバルの専門家だった。  ありあわせの材料で筏を作り、漂流物で筏を補強し、雨水を集め、太陽熱で真水を蒸留し、プランクトンでビタミンを補給し、捕まえた魚を保存食に加工し……なんとか生き延びようと創意工夫する岳人と美岬。  大海原の筏というある意味密室空間で共に過ごし、語り合い、力を合わせて極限状態に立ち向かううちに二人の間に特別な感情が芽生え始め……。 はたして二人は絶体絶命のピンチを生き延びて社会復帰することができるのか?  小説家になろうSF(パニック)部門にて400万pv達成、日間/週間/月間1位、四半期2位、年間/累計3位の実績あり。 カクヨムのSF部門においても高評価いただき80万pv達成、最高週間2位、月間3位の実績あり。  

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

神樹のアンバーニオン (3) 絢爛! 思いの丈!

芋多可 石行
SF
 主人公 須舞 宇留は、琥珀の巨神アンバーニオンと琥珀の中の小人、ヒメナと共にアルオスゴロノ帝国の野望を食い止めるべく、日々奮闘していた。  最凶の敵、ガルンシュタエンとの死闘の最中、皇帝エグジガンの軍団に敗れたアンバーニオンは、ガルンシュタエンと共に太陽へと向かい消息を絶った。  一方、帝国の戦士として覚醒した椎山と宇留達の行方を探す藍罠は、訪ねた恩師の居る村で奇妙な兄弟、そして琥珀の闘神ゼレクトロンの化身、ヴァエトに出会う。  度重なる戦いの中で交錯する縁。そして心という琥珀の中に閉じ込めた真実が明らかになる時、宇留の旅は、一つの終着駅に辿り着く。  神樹のアンバーニオン 3  絢爛!思いの丈    今、少年の非日常が、琥珀色に輝き始める。

処理中です...