ロマン砲主義者のオーバーキル

TEN KEY

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問5 面の表裏を同時に照らせ

問5-7

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「おっと、君のネクロを貶めてしまってご機嫌斜めかな? そりゃハマるプレイヤーがいれば、飽きるプレイヤーもいるさ」
「…………」

 俺は特に相槌を打たない。彼の思想が見えないうちは生半可な返事をするべきではない。

「だが、俺はゲームそのものに飽きてしまった訳じゃない。おそらく君と同じ、好きで好きで、いつでも暇さえあればこいつネクロの事を考えている。まるで思春期のガキだ」
「…………」
「でも、それだけ好きなゲームの中で、俺はずっと退屈だったんだ。思い描いていた『可能性と等価の希望』『絶望と等価の運命』『果てなき探求の旅』……それを求める人間は少なかったからな」
「それって――」
「そう、ネクロの謳い文句だ。かっこよく言えばキャッチコピーか? 発売前のCMじゃ散々押し出されていた言葉だな」

 覚えがある。CM、公式サイト、事前イベント、雑誌にネットの掲示板。何度も見たし、俺は今でもその言葉の通りの世界だと思っている。

「リリース直後は俺も期待に胸を膨らませたさ。この世界で、どういう物語が紡がれるのか。俺は年甲斐もなくはしゃいで、様々なプレイヤー達を見て回った。毎日ログインして、肌で彼らの熱狂を感じたよ」

 彼が語る最初期のネクロは、光り輝く希望の世界そのものだとでも言うかのように神聖化されていた。

「まだ情報が少ない時、プレイヤー達は皆手探りだった。多くの至宝と、多くの暗愚が混ざり合ったカオスだった。俺はそれが堪らなく好きだったんだ」

 だがね、と彼は続けた。

「今のプレイヤー達は、皆で情報を共有されるのが当たり前だと思ってる。どれほどの嘘が真実として認識されていると思う? 俺は途中で数えるのが馬鹿らしくなってしまってやめてしまったよ。奴ら、何が正しいかではなく、誰が発信したかに重きを置いていやがる」

 鬼ヶ島さんの言葉の端に蔑みと侮蔑の色が浮かぶ。
 なるほど、彼の立場が少し見えてきた。おそらくこの人は只の宣伝部長なんかじゃない。
 自らが発信する側だというプロ意識があれば、こんな言葉は出てこない。

「どれだけ素晴らしい世界が用意されていても、そこに住む住民が糞になってしまえば、そこから生み出される物は糞でしかない。今のネクロは……汚らしい、泥にまみれた、特大のゴミだらけだ。目も当てられない」
「……そこまで言いますか?」
「ああ、言うね。俺には言う権利がある」

 権利、ねぇ……。

 間違いない、この人は「制作」の人間だ。
 不愉快感を隠さない俺の言葉もどこ吹く風で、彼は声のトーンを変えた。

「だから、君には期待してるんだ、シトラスくん」
「期待ですか? 僕もあなたの言う『糞』の一人ですよ、きっと」

 俺は挑発するように言い放った。
 どんな立場の人間だって、楽しんでいるプレイヤーを貶める権利なんてない。言葉の一つ一つが癪に障る。多分、この人とは相容れない。

「まぁそう結論を急ぐなよ。俺は君を見た。過去の試合をさらい、現在のデータを読み取り、未来の能力を予測した。君はこの世界で『救世主』になり得る。それは糞だらけのプレイヤーへの意識改革であり、俺の求める正しい世界の幕開けを告げるヒーローさ」

 救世主とは、また俺をえらく大きく見積もったもんだ。笑わせないでくれ。

「面白い冗談ですね。僕はまだ何者でもありませんよ。数百万分の一、吹けば飛ぶような存在です」
「そう、『まだ』……ね。だが、君は誰よりも『ヒーロー』にあこがれている。違うか?」
「…………」

 俺は口をつぐんだ。図星だからではない。――これは誘導だ。

「……ふむ。沈黙っていうのは便利だな。返事をしないという選択肢が許される子供の特権だ。大人は例え答えづらい問題でも、必ず答えを用意する事が強制される。だがな、愚かな判断でもある。君の沈黙は、俺には肯定に映るんだ。否定しないならば、肯定。俺の受け取り方次第さ。君は俺に判断の方向性を委ねたんだから、文句は言えないはずだろう」
「文句は言いませんよ。どう受け取ってもらってもかまいません」
「ふーん、余裕だねぇ。ま、こんなくだらない問いかけで鬼の首を取ったかのように言うほどの事では無かったな。……君はヒーローに憧れている。故に、強い力を誇示をする場所を探している」
「それは違う、と言っておきます」
「そうかそうか。じゃあそれは俺の勘違いだったな。ならば話を変えよう。……君は強いよ。まだはっきりとした自覚はないか? いや、君ほどに聡明な子なら、今日の10試合で分かっただろう。君の勝利を阻めるプレイヤーは少ない。相当ふざけたデッキでも組まなければ、このままランクマッチを駆け上がる事が出来るのは明白だ」
「……どうも」

 いかん。返事を絞ろうとしても、鬼ヶ島さんの話に乗せられてしまう。完全に彼のペースだ。

「だからこそ、君はヒーロー足り得る。強さだけじゃない。偶然とは言え、高ランクプレイヤーによって洗練されたそのデッキは君が思っている以上に特別だ。まだ使い続けるつもりだろうが、そのデッキをあと数試合もランク戦で使ってみろ。あっという間にレシピは拡散され、そのデッキを回すプレイヤーが一気に増えるだろう」
「それは、予測ですよね?」
「ああ。只の予測だよ。気象衛星で雲と気流の動きを読んで、明日の関東地方は雨です、というくらいの精度の予測さ。外れる事もあるが、今どきのシステムなら殆ど当たる」

 つまりは自信満々。ほぼ100%に近い。

「その新しいデッキと比類なき戦績を足がかりに、あっという間に君はトッププレイヤーの仲間入り。誰もが君を認め、μMeowミューミューと君のペアは大きな結果を残すはずだ」

 鬼ヶ島さんの思想は分かった。俺にコンタクトを取る理由も分かった。だが、彼の

「何が言いたいんですか?」
「それは約束された未来だ。そして誰もがハッピーな結末への明確な道筋でもある。……だからこそ俺はそれを最大限サポートするし、援助を惜しまないと言いたいんだ」

 それが目的? まさか。

「そうする事が、あなたとネクロにとって何の得が?」
「簡単な話だよ。――変化さ。ネクロはもう凝り固まった黒い汚物だ。その中から、活性化された一つの力で持って、塊を砕いて欲しい。それは今の所、君にしか出来ない」

 なるほど。と納得出来るような気もするし、違うような気もする。
 駄目だ。どうしても気持ちが悪い。

「……ご高説ありがとうございました。今は可能性の話だけですから、あなたの申し出? はお受け出来かねます」
「そうか。それはそれで良いさ。君はひねくれて俺の言う道筋をわざわざ避けるような天の邪鬼じゃ無いだろうからな」

 案外あっさりと引いてくれた。だからこそ彼の思惑が読めず、底知れない怖気おぞけを感じる。

「お話はもう?」
「ああ。終わりだ。最後まで聞いてくれてありがとう」
「いえ」
「じゃあ、また。……あぁ、いつでも君から俺に連絡出来るようにフレンド申請を送っておいた。許可しておいてくれ」
「わかりました」

 長いようで短い通話に終わりを告げる。
 今のは何だったんだ? 彼は一体何を求めていたんだ?
 俺の問いかけに答える者はいない。

 未だに俺を揺さぶり続けていたみずちの頭をはたいてやめさせると、俺は視界ディスプレイの端で点滅していたフレンド申請の画面を呼び出す。

 ◆【鬼ヶ島】さんからフレンド申請が届いています!

 俺は笑顔で「拒否」を選択した。
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