ロマン砲主義者のオーバーキル

TEN KEY

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問5 面の表裏を同時に照らせ

問5-6

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「……もしもし?」

 出ろ出ろと4人から言われてしまっては、俺も無視出来なかった。
 意を決して繋げた通話口の向こうから聞こえて来たのは、予想に反して明るい女性の声だった。

「あ! もしもーし! シトラス様ですよね? こんにちは! もうこんばんは、でしょうか!?」
「こんばんは、ですかね」
「ですね! じゃあ改めまして、こんばんは!!」

 そこで声は止まった。
 ……え、何? 俺も元気にこんばんは! って返すターンなの? これ強制イベント?

「こ、こんばんは……」
「はい! ありがとうございまーす! モモノヒでーす!」

 うっわこのテンション、完全に面倒なみずちタイプだ。

「急にボイチャでごめんなさい! ログインされているのは把握していたので、メッセの返信が無かったから勢い余ってこっちにしちゃいました!」
「あぁー……返信遅れたのはすいません。試合に夢中で忘れてました」
「試合! そう! 試合されていましたよね!?」
「え、それも分かるんですか?」
「一応運営側ですので、実はこっそり把握してまーす! でですね! ばっちり見させて頂きましたよ!」

 勝手に見れるの? っていうか、運営側の人ってそんな見てるもんなの? うわ、やば……くもないか、別に。チート使ってるわけでもなし。

「ですか」
「反応が薄いですよ!? いやーすごかった! 私達、手を叩いて飛び上がっちゃいましたから!」
「はぁ。ありがとうございます。……私達?」
「……あ。いえ、なんでも無いでーす!」

 なんでもあるやつじゃん。誰だ他に見てた奴は。隠す必要があるのか?

 俺は興味津々と言った様子で見守る面々に、散れ散れと手を振る。
 チョッキとミューミューは空気を読んで少し離れてベンチに腰掛けたが、みずちと孤狼丸は近寄って来やがった。
 俺は会話を続けながら「やいやい有名人めー」と横腹を無駄につんつん突付くみずちを押しのけ、ポップアップされた文字ウィンドウに「もっと有名になる前に一番弟子として認めて下さい!」と謎の要求を表示させている孤狼丸から顔を背けた。

「ま、そんな事はいいんです! 本題に入らせて下さい!」

 そっちが振ってきた話題だが、俺はそのことには触れずに「どうぞ」と大人の対応で返した。

「とりあえず、来週の土曜に公開予定の『新たな一ページアップアンドカミング』への出演依頼……の予定でした……がっ!」
「が?」
「予定は変わるもの! 時代も移り変わるもの! シトラスさんの為の拡大特別番組、『新たな一冊パスファインダー』への出演依頼をさせて頂きたく、今晩馳せ参じた次第でございます! 通話ですが!」
「すいません。辞退させて頂きます」
「秒で!?」

 俺の言葉を聞いて面相を変えたみずちが俺の肩を掴んでゆさゆさと強烈なパワーで前後に揺する。
 ははははは。ゲームで鍛えた三半規管はそれくらいじゃ小揺るぎもしないぞー。

「な、なぜですか……?」
「既に悪目立ちしているので、これ以上はちょっと……」
「あー……なるほど……確かに今の状況じゃあ目立ちすぎちゃいますかね……分かります。困りますよね、有名なのも。私も――え? なんですか? あいたっ! ご、ごめんなさい……じゃ、『じゃあ尚更それを払拭しましょう! サポートしますよ!』」

 後半は誰かに言わされてる感ありありのセリフに切り替わっていた。後ろに控えている「私達」さんの入れ知恵か?

「いえ、ここから先は動画とか放送とか……そういう『なにかのフィルターを通したモノ』ではなく、俺が成す結果そのもので払拭していくつもりですので、お力は借りません。申し出はありがたいですが、今回はまだ早いと思っています。いずれまた機会があれば、その時はよろしくお願いします」

 この結論はとっくに決めていた。
 誰かに飾られた花道を用意してもらい、誰かが作った豪勢な王冠をうやうやしく掲げ、自分の頭にちょこんと載せて、何者でも無い俺がただ歩く。想像しただけでダサすぎる。

 駄目だそんなもん。

 かの天才アインシュタインは言った。「何も考えずに権威を敬うことは、真実に対する最大の敵である」と。
 誰かに頼ったハリボテの真実に力なんて無い。その権威が失われた時、その真実もまた失われてしまう。ならばこそ、俺は自らの力で己の「強さ」を証明しなければならない。
 俺がミューミューに求められたものは、きっとそれだ。
 その証拠に、彼女もこの選択を支持……してくれ…………あれ?

 ミューミューは頭の上にポップアップで「出ちゃえばいいんじゃないですか? 減るものでも無いですし」と表示させてニコニコ笑いながら座ってこっちを見ていた。
 そんなお気楽な。

「あー、いえ、あのー……ちょ、ちょっと待ってくださいね?」

 俺の隙の無い完全なる拒否に、モモノヒさんは焦って通話を一旦止める。いや、一時停止じゃない、ただ声が離れただけだ。
 彼女は、ゲーム内でのみ通じるボイスチャット機能を使ったプレイヤー同士の通話とは違って、「外」から普通の電話のように繋げているのだろう。その証拠に、普通は聞こえないかすかな環境音や、モモノヒさんがぼそぼそと誰かと相談する声が聞こえてくる。

 俺は「出ればいいじゃん! いや、出るんだリョー!」と知らないキャラクターのモノマネをしながら揺さぶり続けるみずちの声に耳を塞ぎ、「俺もモモノヒちゃんに会わせてくれ!」とアホなテキストメッセージを掲げるチョッキが見えないように目を瞑った。
 そして十数秒待っただろうか、塞いだ耳とは無関係に声が届いた。

「あー、あー、聞こえるか? シトラスくん、突然すまない。モモノヒの上司だ」

 通話の声ががらっと変わった。別人であろう、低い男の声だ。ゆったりとしゃべるその口調は声の質から感じる若さより、もっと歳を感じる深みがある。
 
 単なる学生の俺に、どこかの上司が出張ってくるような案件なんぞ初体験だ。緊張するなぁ。

「こんばんは。先程のお話はありがたいですが、今回はお断りさせて……」
「まぁ待ってくれ。俺の話は
「はい?」
「まだ名乗って無かったな。俺は……えーっと何だっけ? ああそうそう、『鬼ヶ島』だ。すまない、ゲームにログインは久しくしていないのでね、プレイヤー名を忘れてしまっていた」
「いえ、いいですよ。お仕事が忙しいんですね」
「ははは、ありがとう。でも逆だ、退屈すぎたんだ。俺がインするのを飽きてしまうくらいには」
「……そうですか」

 自らが関わるゲームに「退屈」なんて言葉を使うなんて、この人何者だ?
 ネクロは業界でも一流と言われてきた人材が集まって出来た新興会社の一大プロジェクトだ。
 俺も発売前から期待が膨らみすぎて毎日制作ブログの更新を読んでいたくらいだし、当然発売日に買った。そして実際期待を全く裏切らない出来に最高に満足している。
 細部に至るまで「プロの本気」というものを味わわせてもらっているし、ゲームに対する愛情とプライドをひしひしと感じるゲームだと思う。

 ――だからこそ、それに対して冷水ひやみずをかけるような彼の気持ちが分からない。

 俺は鬼ヶ島さんに対する警戒のレベルを一つ上げた。
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