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問5 面の表裏を同時に照らせ
問5-1
しおりを挟む「司書長、司書長、ししょちょーー!!」
騒がしい声が二日酔いの頭にガンガン響く。
「あ゛ぁ゛? ちょっと静かにしてくれ……」
「しませんよ! 今まさに試合中なんですから! チェックチェック!」
どん、こいつは遠慮なく俺の腹の上に覆いかぶさる。
無駄にデカイ脂肪袋がのしかかって重い。
「どけモモタロー」
椅子を3脚使ってベッドにしていた俺の横、デスクに置かれたPCを操作していた百田ひなの頭をぐいと押しのける。
「ももたろーじゃなくて百田です! いいから早く起きて下さいってば!」
「あー頭いてぇ……。ちょっと先に水くれ」
「どうぞっ!」
百田が近くのウォーターサーバーから水を出すと、何を思ったか指で蛇口を押さえて俺の方に圧縮されて飛び散る水をかけてきやがった。
「ぷわっ! お前! 馬鹿、やめろ!」
「目ぇー! 早く覚まして下さいー!!」
「おい! 分かったから! うわっぷ水止めろ!」
俺は慌てて立ち上がると、百田の頭にげんこつを落とす。
「あいたっ!!」
「止めろっつってんだろクソタロー!」
「だからってそんなに本気でぶたないでくださいよぉ……」
「機械も置いてあるのに水浸しにしやがって……。げんこつで済んで良かったと思え」
いつものことながら、こいつはなかなか常軌を逸している。
だからこんなところに配属されているのかも知れない。いや、キャラクター採用か?
頭をすりすりこする百田と一緒に、飛び散った水を雑巾とタオルで黙々と拭き取る。
幸い機械類には影響が無かったようでようやく安堵の息を吐く。
一昔前のように書類が散乱する机が並んでいたら、確かめるまでもなく大惨事だったことだろう。
「で、なんだったんだよ慌てて」
ひときわデカいマイチェアに深く腰掛けながら、俺は百田に要件を聞いた。
「あーっ! そうだった! こんな事してる場合じゃなかったんですよ、司書長のあほちん! 試合ですよ、試合!」
百田は急にスイッチが入ったかのように自らのデスクに向かうと、したたたたと高速で指を動かし始めた。
「100対0でお前のせいだろ……で、誰の試合だ?」
「昨日の『citrus』がランク戦に乗り込んで来たんですよ!」
「シトラス……? ああ、玻璃猫に勝ったっていう……」
正直あまり興味は無かった。
昨日はこいつともう一人のアホがキャイキャイ騒いでいたのが聞こえてはいたが、未だ断片的な情報でしかそいつの事は知らない。
玻璃猫が負けたとは言え、ランク戦ではなく野良戦での事だし、実質ノーダメ撃破っていうのも嘘くさい。どうせ出来レースだったんだろうというのがまとめサイトを見た俺の所見だ。
「司書長の事だから、どうせまだシロートの書いたまとめサイトしか見てないんですよね?」
「いーんだよ、俺らがやってる事だってどうせシロートのまとめ記事に毛が生えたようなもんなんだから」
「またそんな言い方して……ちょっとは真面目に仕事して下さい!」
こいつには言われたくないとは思うが、同時に言われても仕方がないとも思ったので、俺はその件についてはスルーして話題を変える。
「で、その柑橘類くんが何だって?」
「へ? 柑橘類……?」
「あー……ったくそんなのも通じねぇのかよ。そのシトラスの事だよ、シートーラース。日本語にすりゃ柑橘類の事だろ?」
「なるほど、合点承知の助!」
手をぽんっ、とアホがアホくさく叩いた。いつの時代の表現だ。使い所もおかしい。
「中学生レベルの英語で関心されたところでなぁ……。それよりとっとと話を進めてくれよモモタロー」
俺の催促に、カチカチっと何かをクリックして百田は抑えきれない笑みを手で隠すようにしながら椅子ごと俺の方を向いた。
「むふふ、これはさすがの司書長でもびっくりするかもですよ?」
百田がもう一度カチっとクリック。
俺のデスクに置かれた4面ディスプレイの一つに、転送されたゲーム内映像が再生され始めた。
ライブ映像だ。
「今ちょうどやってんのか」
「そうです。これが今季のソロランキングに初参加で5戦目。過去戦歴もさらってみましたが、今まで一度たりともランクが付いたことの無いプレイヤーデータでした。つまり……」
「今季どころか、今のアカウントで今日が初のランクマッチってことか」
「そうです。その状態で、今のところ4戦全勝です」
「ふーん……」
別にめずらしくもない。ゲーム内レベルが高いプレイヤーなら、ランク戦に行ってなくても実力はある。
例え対人戦経験が少なくとも下位ランク相手だったらマッチ運次第ではそういう結果になってもおかしくは無い。
しかも例のシトラスは上位ランカーの火香の師匠っていう話もある。ランク戦は出て無いが身内戦はやっていたようなエンジョイ勢だろう。その相手が「燃える鬼神」っていうのならまぁ強いっていう話も分からんでもない。が、どうせそれだけだ。
火香の事も一時期は注目していたが、あいつは片手ランクになる器じゃない。馬鹿そうだからな。
俺はまたすぐシトラスへの興味を失い、電子タバコに手を伸ばす。しかし最近喫煙本数を減らそうとしているため、いつも置いてある場所に望みのブツは無く、俺の右手は悲しく虚空をさまよった。
「おい、タバコどっかに――」
「今の所の全試合通しての被弾率は3%。4戦でポイントは300を超え、既にランクは4万位台です」
「――……は?」
百田の言葉が一瞬頭をすっと通り抜け、戻ってきた。
4戦で3%? ポイント300? そんな馬鹿な。
「ポイント内訳は、『完璧な試合』『相手は死ぬ』『見敵必殺』『駈歩』に『轢殺』……『神回避』なんか一試合に何度もあったり……」
「おいおい待て待て。なんだそれ……上から順に名誉点項目を挙げてるだけだろ?」
「いえ、だから彼のポイント内訳ですってば」
「……嘘だろ?」
俺は画面を注視する。
ちょうどその瞬間、落ちる【質量の暴威】の下で横にすっ飛びながら回避するシトラスの姿が映し出された。
画面右上の名誉項目にまた「神回避」がぽこん、と追加される。
……なるほど。百田のくだらない冗談ではなさそうだ。
「外」から見た試合で鳥肌が立ったのは、それこそあのクソボケ野郎と玻璃猫のお嬢ちゃんが戦っているの見た時以来だ。
「おいモモタロー」
「はい?」
「こいつの野良戦データ、保存分ありったけ持ってこい」
「……はい!」
百田が嬉しそうに立ち上がる。その拍子にゆさっと揺れる乳には目もくれず、俺は食い入るように映像に向かった。
「よーしよし、いいぜシトラス。その調子でクソくだらねぇランク戦を混ぜっかえしてくれよぉ……?」
俺はくすぶっていた心に小さく何かが灯るのを感じた。
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