49 / 92
問4 異なる2点間の距離を求めよ
答4-6
しおりを挟む準備は万全だった。
探索系カードでいち早く発見し、裏を突いて海岸側から忍び寄る。
予め砂浜から逃げられないように岩場に足の早い【忍犬衆】を左右に配置し退路を断った。
攻撃から予測される回避に対応出来る手札を整え、せこせこと作業をしているこちらを尻目に堂々と姿を晒しながら空中に立つシトラスには怒りを覚えた。
やっぱり、あんな奴が玻璃猫様のペアで良いわけがない。
そう思った僕は怒りのままに攻撃に転じた。
虚を突いた初撃も二撃目もタイミングは悪くはなかった。
だが、攻撃の方向を見てもいないのにかわされた。少し焦るが、その後の動きは予測の範囲内だった。
【忍犬衆】はレアリティが高く、それに見合った性能のカードだ。3匹の黒い忍犬が相手の隙を突きながら攻撃を繰り返し、ダメージ効率こそ悪いが足止めには最適なミニオンのはずだ。
それを5匹に増やし、さらに2枚デッキに投入してあるのでかなりコストもかかっている。
なのに、けしかけてからまさか1分も保たないとは誰が予想出来る?
あいつの動きもおかしかった。サーチカードを使ってもいないのに【忍犬衆】を発見し、まるでどう動くか分かっているかのように徒手空拳でさばいて最低限のカードで対処しきるなんて意味が分からない。
それでも【忍犬衆】が作り出したわずかな時間を使って、このデッキ唯一のスペルカードを間に合わせた自分を褒めたい。
しかしそれをあざ笑うかのように、憎きシトラスのライフは全く変動する様子が無かった。
このデッキの構成には自信がある。
コンクエストデッキの【奇襲忍者】をベースに、相手の行動をコントロールしつつ【忍犬衆】から大技も狙えるビッグなデッキだ。
最近の僕のデッキの中では最も使いやすく、しかもこのランク帯ならば適当にやっても勝てるくらいには強いカードで埋まっている。
デッキの最強パターンに嵌めて、上振れすればライフを半分は持っていける計画だった。
だからもう一度言おう。準備は万全だった。
完璧な計画は、全くの無意味だったことを除けば無事遂行されたのだ。
「クソッ! クソッ! クソッ!」
身の回りにもう一分隊残った【忍犬衆】を呼び寄せ、守りを固める。
岩場より島の中央側、山の麓には小さな森が点在している。
木々にあまり健康的な色味は無いが、逆にこんな火山島で大きくなるまで生き残っているのだ。1本1本は立派な太い幹を持ち、岩のようなごわごわとした樹皮で覆われている。
僕はその木陰で身を縮こまらせていた。
――奴の姿を見失った。
ダメージが無くとも、逃げ場がなくハマった場合は【質量の暴威】の上に出るはずだがその様子も無く、僕は有利な状況から頭が真っ白になり逃走を選んでしまった。
こちらは見つかっているのか? 既に近くにいるのか?
逃げてきたはずなのに、今まさに自分が攻撃の隙を窺われているのではないかと疑心暗鬼になっていく。
「チートだ。チートに決まってる。でなきゃおかしい。壁透視? 自動補正? ダメージ無効? やっぱり玻璃猫様があんな奴に負ける訳が無いんだ」
人間の人体――それも脳に直接作用させるBRのシステムは国家機密並の暗号化技術で守られ、今まで一度もチート行為があったという報告はないそうだ。
だがそれがどうした。
そんな事、今戦っているこいつが初のチーターだったら何の意味も無いふざけた歴史に過ぎない。
通報しなければ。視界ディスプレイでオプションを開き、通報メニューを呼び出す。
チート、チート……あった。「チート行為の報告」、これだ。
僕はふと何かの違和感を感じ、視界ディスプレイから意識を外して辺りを見る。
「え……?」
【忍犬衆】が一匹もいなくなっている。
なぜ?
指示した動作は「フォロー」だ。僕と一緒に行動し、接近されない限りは自立思考での攻撃は行わない。勝手に居なくなるわけがない。
慌てて首を左右に振る。
これもチートだ。惑わされるな。
報告すれば、すぐにでもシトラスはBANされる。
ここの運営の対応スピードの速さは折り紙付きだ。
僕はチートが疑われるプレイヤーに「対戦相手」を選択し、「明らかなチート行為です。プレイ状況の確認をお願いします」とメッセージを添えて運営に送信した。
「どうしたんだよ、ボーッとして」
「うわっ!!」
眼の前に、奴が頭を下にして立っていた。
手を使わず、足が木の幹から生えているかのようにぶら下がり、逆さまの状態なのにまったくそれを意に介していない様子だ。
ロビーで会ったときと同じ。飄々としていて掴みどころのないような雰囲気に、力の抜けた自然体で、薄ら寒くなるような笑みを浮かべている。
今の僕にはその汚らしい浪人のような姿も、重力で地につくほど垂れたポニーテールも癪に障る。
「何しに来たんだよ、チート野郎」
「……チート野郎? 俺はせっかく盛り上がって来たのに、急にどっかに逃げた君を追いかけただけなんだけど。一応罠かと思って慎重に追ってたのに、別の事してる様子だったから声をかけてみたんだけど、もう終わり――じゃあないよな?」
しらばっくれる気か。ならそれもいいさ。
「強がっても遅いぞ。もう通報はした。あと数分もすればお前も終わりだ。戦うだけ無駄さ」
「へぇ……通報か。俺がチート使っているように見えた?」
「うるせえゴミ野郎。これで玻璃猫様とのペアも終わり。三日天下ならぬ一日天下だったな」
精一杯虚勢を張った声を出す。
奴はこっちの反応に、珍しいものでも見るかのような視線を向けてくると、静かに口を開いた。
「さっきのは偶然もあったからチートに見えたかも知れないけど……。ま、言い訳しても無駄か。運営からの連絡を待てば、チートじゃないって分かってくれる?」
なんだこいつは。
何故そんなに余裕ぶる。悪事は露呈したんだぞ。
「……何言ってんだよ、お前。クソチート野郎の言い訳は聞く気がないが、素直なふりしても気持ちが悪いだけだぞ」
「だから、チートじゃないから。折角いいデッキと久しぶりに対戦出来たのに、こんな終わり方つまらんし」
頭にカーッと血が上るのを感じる。
反論しようと口を開きかけたところで、システム音と共に重要なメッセージが届いたお知らせが視界ディスプレイに表示された。
「さすがネクロ運営、もう返事が来たぞ」
「読んで、どうぞ」
眼の前で姿が消えることになるだろう。
僕は期待してメッセージを開封する。
「 送信主:Another:Necronomicon運営事務局
本文 :
該当のプレイヤーからチートと思われるシステム介入や接続異常は検出されませんでした。
試合は動画データとしてアーカイブされますのでご確認下さい。
本日はご報告ありがとうございました。
引き続きネクロの世界での冒険生活をお楽しみ下さい。 」
「はぁ?」
目を疑う、という現象を僕は生まれて初めて実感した。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~
海野 入鹿
SF
高校2年生の相場源太は暴走した車によって突如として人生に終止符を打たれた、はずだった。
再び目覚めた時、源太はあの桶狭間の戦いで有名な今川義元に転生していた―
これは現代っ子の高校生が突き進む戦国物語。
史実に沿って進みますが、作者の創作なので架空の人物や設定が入っております。
不定期更新です。
SFとなっていますが、歴史物です。
小説家になろうでも掲載しています。
無職で何が悪い!
アタラクシア
ファンタジー
今いるこの世界の隣に『ネリオミア』という世界がある。魔法が一般的に使え、魔物と呼ばれる人間に仇をなす生物がそこら辺を歩いているような世界。これはそんな世界でのお話――。
消えた父親を追って世界を旅している少女「ヘキオン」は、いつものように魔物の素材を売ってお金を貯めていた。
ある日普通ならいないはずのウルフロードにヘキオンは襲われてしまう。そこに現れたのは木の棒を持った謎の男。熟練の冒険者でも倒すのに一苦労するほど強いウルフロードを一撃で倒したその男の名は「カエデ」という。
ひょんなことから一緒に冒険することになったヘキオンとカエデは、様々な所を冒険することになる。そしてヘキオンの父親への真相も徐々に明らかになってゆく――。
毎日8時半更新中!

メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~
アンジェロ岩井
SF
「えっ、クビですか?」
中企業アナハイニム社の事務課に勤める大津修也(おおつしゅうや)は会社の都合によってクビを切られてしまう。
ろくなスキルも身に付けていない修也にとって再転職は絶望的だと思われたが、大企業『メトロポリス』からの使者が現れた。
『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。
宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。
大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。
『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。
修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました
グミ食べたい
ファンタジー
疲れ切った現実から逃れるため、VRMMORPG「アナザーワールド・オンライン」に没頭する俺。自由度の高いこのゲームで憧れの料理人を選んだものの、気づけばゲーム内でも完全に負け組。戦闘職ではないこの料理人は、ゲームの中で目立つこともなく、ただ地味に日々を過ごしていた。
そんなある日、フレンドの誘いで参加したレベル上げ中に、運悪く出現したネームドモンスター「猛き猪」に遭遇。通常、戦うには3パーティ18人が必要な強敵で、俺たちのパーティはわずか6人。絶望的な状況で、肝心のアタッカーたちは早々に強制ログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク役クマサンとヒーラーのミコトさん、そして料理人の俺だけ。
逃げるよう促されるも、フレンドを見捨てられず、死を覚悟で猛き猪に包丁を振るうことに。すると、驚くべきことに料理スキルが猛き猪に通用し、しかも与えるダメージは並のアタッカーを遥かに超えていた。これを機に、負け組だった俺の新たな冒険が始まる。
猛き猪との戦いを経て、俺はクマサンとミコトさんと共にギルドを結成。さらに、ある出来事をきっかけにクマサンの正体を知り、その秘密に触れる。そして、クマサンとミコトさんと共にVチューバー活動を始めることになり、ゲーム内外で奇跡の連続が繰り広げられる。
リアルでは無職、ゲームでは負け組職業だった俺が、リアルでもゲームでも自らの力で奇跡を起こす――そんな物語がここに始まる。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる