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問2 全てを注ぎ込む方法を示せ
問2-1
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「結局押し切られてしまった……」
俺は半壊した高いビルの屋上で、足元を見下ろしながらため息を吐いた。
眼下に広がるのは、崩れ落ちたビルの残骸や、乗り捨てられた自動車たち。それはいつからそこにあるのか、大半は原型をかろうじてとどめている程度だ。それらは青々と生い茂る野草の群れや、コンクリートを押しのけめくれあがった太い木の根に侵食されていた。
今回のフィールドは「忘却都市」。かつては大きく栄えていたのだろう都市が風化したような姿で、非常にフォトジェニックで人気のある戦場だ。
天候は晴れ、しかし時刻は夕方。太陽は半身を地平に隠し、試合中に夜へと移り変わる特殊なロケーションだ。
日が落ちた後の夜の景色は、人の暮らしを感じない都市になぜかちらほらと儚い明かりが灯るので、これまた神秘的な情景になる。そこでドンパチやるのだから、まあ派手な技が映える映える。彼女がこのマップを指定したのもそのためかも知れない。
「さぁ、どうしようかねぇ」
彼女の提案は、「私に勝ったら一緒に一ヶ月間だけランクマッチに本気で取り組んでみる。私に負けるようならそれを諦める」ということだった。普通逆では? と思うが、ゲーマーたるもの、自ら負けるような無様な真似は出来ない。そう考えるとこの提案がしっくり来るような気もするから不思議だ。
俺は未だ夕闇に溶け切らぬ薄暗い道路を眺めながら、デッキリストを脳内で並べなおす。
今回持ってきたデッキは「負けたら負けたで言い訳できるけど、実はそんなに負ける気もない」という理由で選んだ秘蔵っ子だ。
我ながらひねくれているのは自覚している。
俺が組むデッキはだいたい一見しても分からないギミックが入っているが、今回のはデッキリストを見れば誰でも何がしたいかは分かるだろう。それは派手なロマン砲コンボが見えるというより、そのデッキに採用されたカードたちの異常さゆえに、だが。
もちろんそんなデッキなのでちょっと目をつむるには大きすぎる欠点があるが、そこさえカバーできれば面白いはず、といういつものスタンスはバッチリ反映されている。
一応初めてこのデッキを使った試合でデッキテスターは手も足も出なかった覚えがあるし、特定のデッキに対しては(こちらがきちんと使いこなせればという条件はつくが)鬼のように強いはずだ。
よし、心は決まった。まずは準備、対策、観察だ。
俺は画面にマップを呼び出す。このフィールドは立体的な構造物が多いため上から見下ろす横の広さこそ狭いが、屋内の敷地も加算すると実際の戦場となりうる場所はかなり多い。
そのためマップも構造物ごとに用意されていて非常に全体の把握がしづらくなっている。
このゲームはフィールド内に置かれるオブジェクトの数や配置パターンはある程度決まっているが、ほぼランダムな組み合わせで戦場全体が自動生成されるので、毎回ゲーム開始直後は地形を読んで優位なポジションを取るために思考するのが定石だ。
みずちみたいなタイプはこういう敵を見つけづらいようなフィールドでは、とりあえず突っ込んで暴れまわり、反撃があった方向へと攻撃を撃っていく「お嬢様ご乱心スタイル」が鉄板らしい。理解に苦しむ。
今相対しているミューミューのスタイルやデッキは不明だ。だが先程の会話の雰囲気や物腰から、やや強引なキャラクターだが精神性は俺に近いタイプだと予測する。こういう高所が多いマップでは上を取ったプレイヤーが基本的には有利だ。つまり彼女も俺と同じくまずは上を目指しているはず――
どごん、どごん。
近くにいれば爆音と言っても差し支えないだろうその音は、まだ遠くから響いているためここには僅かな振動と反響する残滓となって届く。
おそるおそるその方向を見ると、低いビルの屋上が爆発したのが見えた。そこから飛び立つ爆炎をまとったその「砲弾」は隣のビルに着弾すると、またその中段を破壊しながら更に隣のビルに飛び移っていた。
あれは、砲弾ではない。彼女だ。
向きを変え、また射出。少しずつこちらのビルに近づいてくると、爆音に埋もれていた彼女の声が耳に届いた。
「シトラスさーん、どーこでーすかー?」
駄目だ。彼女も「あっち側の人間」だ。
俺はすばやく意識のスイッチを「戦略戦闘」からなりふり構わぬ「逃げ」に切り替えた。
準備をしなければならない。
隣のガラス張りのビルの屋上へ飛び移ると、さらにその先のビルへ。彼女の予想進行経路の大きく先までぴょんぴょんと【空中跳躍】も使いながら移動すると、ひときわ高いビルの屋上へと立つ。そこにぽっかりと空いた穴からまだ割と原型を残した建物の内部に逃げ込んだ。
彼女の使っていたカードはショットカードの【猪突爆進】だ。
爆発によって急加速した自らの体を砲弾代わりに相手に突っ込む大振りな攻撃で、対戦相手のアバターに触れたときだけ大きく追加の爆発を起こす。射出や着弾の爆発では使用者にダメージは入らないが、障害物に当たることによって減速し、その際にそれなりの衝撃ダメージが自分へと返ってくる仕様だ。
的に当たれば大ダメージ。外れて壁に突っ込めば自らにダメージ。
そんな諸刃の剣のような性能なため、あんな風に移動に使用するなんてことができるようなカードでは無いはずだが、彼女のライフを画面上で確認すると1ミリも減っていない。
考えられる理由は1つ。なんらかのステータスカードで自らにバフをかけてダメージを無効化しているのだ。
■□ ステータスカード □■
主にバフ、デバフで対象に影響を与えるカード種だ。対象とはプレイヤーに限らず、物体に「透明化」という影響を与える【インビジブルツール】などもこのステータスカードに含まれる。
自らへの強化は単純なダメージの上乗せから、次に使うカードの強化やデメリットの帳消しなどもあり、デッキ構築時点でうまく相乗効果があるカードだけを選ぶことによりいつ手札に来ても良いようにするのが定番だ。
他者への弱体化効果は、強力なものもあるが準備が必要だったり対象に当てるのが難しくなっており、簡単に使えるようなものは効果の影響範囲が小さいものになるようにとバランスが取られている。もちろん良く使われるデバフカードは、敵にそこそこ当てやすく、なおかつどのデッキ相手にもそれなりに有用なものが人気だ。
俺は【猪突爆進】とバフによるノーリスクアタックをいつか自分でも使ってみようと記憶に刻みながら、ビル内を静かに走り回る。
ここを彼女の到着点として計算して。そして終着点となるよう策謀を巡らせて。
俺は半壊した高いビルの屋上で、足元を見下ろしながらため息を吐いた。
眼下に広がるのは、崩れ落ちたビルの残骸や、乗り捨てられた自動車たち。それはいつからそこにあるのか、大半は原型をかろうじてとどめている程度だ。それらは青々と生い茂る野草の群れや、コンクリートを押しのけめくれあがった太い木の根に侵食されていた。
今回のフィールドは「忘却都市」。かつては大きく栄えていたのだろう都市が風化したような姿で、非常にフォトジェニックで人気のある戦場だ。
天候は晴れ、しかし時刻は夕方。太陽は半身を地平に隠し、試合中に夜へと移り変わる特殊なロケーションだ。
日が落ちた後の夜の景色は、人の暮らしを感じない都市になぜかちらほらと儚い明かりが灯るので、これまた神秘的な情景になる。そこでドンパチやるのだから、まあ派手な技が映える映える。彼女がこのマップを指定したのもそのためかも知れない。
「さぁ、どうしようかねぇ」
彼女の提案は、「私に勝ったら一緒に一ヶ月間だけランクマッチに本気で取り組んでみる。私に負けるようならそれを諦める」ということだった。普通逆では? と思うが、ゲーマーたるもの、自ら負けるような無様な真似は出来ない。そう考えるとこの提案がしっくり来るような気もするから不思議だ。
俺は未だ夕闇に溶け切らぬ薄暗い道路を眺めながら、デッキリストを脳内で並べなおす。
今回持ってきたデッキは「負けたら負けたで言い訳できるけど、実はそんなに負ける気もない」という理由で選んだ秘蔵っ子だ。
我ながらひねくれているのは自覚している。
俺が組むデッキはだいたい一見しても分からないギミックが入っているが、今回のはデッキリストを見れば誰でも何がしたいかは分かるだろう。それは派手なロマン砲コンボが見えるというより、そのデッキに採用されたカードたちの異常さゆえに、だが。
もちろんそんなデッキなのでちょっと目をつむるには大きすぎる欠点があるが、そこさえカバーできれば面白いはず、といういつものスタンスはバッチリ反映されている。
一応初めてこのデッキを使った試合でデッキテスターは手も足も出なかった覚えがあるし、特定のデッキに対しては(こちらがきちんと使いこなせればという条件はつくが)鬼のように強いはずだ。
よし、心は決まった。まずは準備、対策、観察だ。
俺は画面にマップを呼び出す。このフィールドは立体的な構造物が多いため上から見下ろす横の広さこそ狭いが、屋内の敷地も加算すると実際の戦場となりうる場所はかなり多い。
そのためマップも構造物ごとに用意されていて非常に全体の把握がしづらくなっている。
このゲームはフィールド内に置かれるオブジェクトの数や配置パターンはある程度決まっているが、ほぼランダムな組み合わせで戦場全体が自動生成されるので、毎回ゲーム開始直後は地形を読んで優位なポジションを取るために思考するのが定石だ。
みずちみたいなタイプはこういう敵を見つけづらいようなフィールドでは、とりあえず突っ込んで暴れまわり、反撃があった方向へと攻撃を撃っていく「お嬢様ご乱心スタイル」が鉄板らしい。理解に苦しむ。
今相対しているミューミューのスタイルやデッキは不明だ。だが先程の会話の雰囲気や物腰から、やや強引なキャラクターだが精神性は俺に近いタイプだと予測する。こういう高所が多いマップでは上を取ったプレイヤーが基本的には有利だ。つまり彼女も俺と同じくまずは上を目指しているはず――
どごん、どごん。
近くにいれば爆音と言っても差し支えないだろうその音は、まだ遠くから響いているためここには僅かな振動と反響する残滓となって届く。
おそるおそるその方向を見ると、低いビルの屋上が爆発したのが見えた。そこから飛び立つ爆炎をまとったその「砲弾」は隣のビルに着弾すると、またその中段を破壊しながら更に隣のビルに飛び移っていた。
あれは、砲弾ではない。彼女だ。
向きを変え、また射出。少しずつこちらのビルに近づいてくると、爆音に埋もれていた彼女の声が耳に届いた。
「シトラスさーん、どーこでーすかー?」
駄目だ。彼女も「あっち側の人間」だ。
俺はすばやく意識のスイッチを「戦略戦闘」からなりふり構わぬ「逃げ」に切り替えた。
準備をしなければならない。
隣のガラス張りのビルの屋上へ飛び移ると、さらにその先のビルへ。彼女の予想進行経路の大きく先までぴょんぴょんと【空中跳躍】も使いながら移動すると、ひときわ高いビルの屋上へと立つ。そこにぽっかりと空いた穴からまだ割と原型を残した建物の内部に逃げ込んだ。
彼女の使っていたカードはショットカードの【猪突爆進】だ。
爆発によって急加速した自らの体を砲弾代わりに相手に突っ込む大振りな攻撃で、対戦相手のアバターに触れたときだけ大きく追加の爆発を起こす。射出や着弾の爆発では使用者にダメージは入らないが、障害物に当たることによって減速し、その際にそれなりの衝撃ダメージが自分へと返ってくる仕様だ。
的に当たれば大ダメージ。外れて壁に突っ込めば自らにダメージ。
そんな諸刃の剣のような性能なため、あんな風に移動に使用するなんてことができるようなカードでは無いはずだが、彼女のライフを画面上で確認すると1ミリも減っていない。
考えられる理由は1つ。なんらかのステータスカードで自らにバフをかけてダメージを無効化しているのだ。
■□ ステータスカード □■
主にバフ、デバフで対象に影響を与えるカード種だ。対象とはプレイヤーに限らず、物体に「透明化」という影響を与える【インビジブルツール】などもこのステータスカードに含まれる。
自らへの強化は単純なダメージの上乗せから、次に使うカードの強化やデメリットの帳消しなどもあり、デッキ構築時点でうまく相乗効果があるカードだけを選ぶことによりいつ手札に来ても良いようにするのが定番だ。
他者への弱体化効果は、強力なものもあるが準備が必要だったり対象に当てるのが難しくなっており、簡単に使えるようなものは効果の影響範囲が小さいものになるようにとバランスが取られている。もちろん良く使われるデバフカードは、敵にそこそこ当てやすく、なおかつどのデッキ相手にもそれなりに有用なものが人気だ。
俺は【猪突爆進】とバフによるノーリスクアタックをいつか自分でも使ってみようと記憶に刻みながら、ビル内を静かに走り回る。
ここを彼女の到着点として計算して。そして終着点となるよう策謀を巡らせて。
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