上 下
3 / 5

第3話 お迎え

しおりを挟む
「あ、あの、天様。お母さまとお姉さまは大丈夫なのでしょうか?」

「一時的に気を失っているだけですよ。それよりも、準備はできましたか?」

 突然起きた突風によって体を打ち付けたお母さまとお姉さまが気を失っているうちに、私は簡単な身支度を終えて、部屋の外で待っていてくれた天様と合流した。

 幸いなことに、いつかこの家から逃げ出そうと思っていたときに荷物整理をしていたことがあって、すぐに身支度を終えることができた。

 私は天様から一緒に暮らすことを提案されて、その誘いに乗ることにした。

例え、あやかしの使用人として生きることになっても、この家にいる以上の苦しみはないだろうと思ったからだ。

 この世界にはあやかしと言われる者たちが存在すると言われている。確かに、存在すると言われてはいるのだが、実際にあやかしにあったことのある人というのは極めて少ない。

 それこそ、あやかしにもよるけれど、天狗などの高位なあやかしは神に近いような扱いを受けることが普通である。

 それだけに、大天狗と呼ばれるあやかしを前に、緊張を隠せるはずがなかった。

 おそらく、お母さまもお姉さまもあやかしに関する知識がないがゆえに、あんなに気軽く大天狗様に触れようとしたのだろう。

 お父様からあやかしに関することを色々と教えてもらった私からすれば、気軽く大天狗様に触れるなんてことできるはずがなかった。

「天様。この度は私に救いの手を差し伸べて頂き、誠に感謝いたします。この日和、生涯をかけてこの恩を返させていただきます」

 私は身支度を終えた荷物を横に置いて、その場に三つ指をついて深く頭を下げた。

 何があって、大天狗様に助けてもらったのか分からないが、それでもこの家から出れるのなら何でもする。

 そんな思いから、私は頭を床に着けて深く頭を下げていた。

「日和様、私に頭を下げるのはおやめください。……その様子ですと、本当にご自分のことを聞かされていないのですね」

「私のこと、ですか?」

 私が深く頭を下げていると、天様は私のすぐ近くで片膝をついて私の頭を上げさせようとしてきた。

 私が天様の言葉に小首を傾げていると、天様はそのまま言葉を続けた。

「ええ。日和様のお父様に何か言われたりはしませんでしたか? それこそ、何か書置きを残されたりは?」

「どうでしょうか。お父様が亡くなるなり、私に関する書類などは全てお母さまが燃やしたことだけは覚えているのですが」

「燃やした。……はぁ、まさか三郎(さぶろう)の奥様がそこまでの人だったとは思いませんでした」

 天様は大きなため息まじりにそんな言葉を口にしていた。三郎というのは私を拾ってくれたお父様の名前で、その名を呼ぶときの表情から父と何かしらの関係があるのは明確だった。

「天様はお父様のことをご存じなのですね」

「ええ。三郎は私のことを命の恩人と言っていましたよ」

「命の恩人?」

 ますます分からなくなるお父様と天様の関係を前に、私は首の角度をさらに大きくさせていた。

 そんな私の顔を見て優しい笑みを浮かべていた天様は、私の体に優しく触れるとゆっくりと私の体を起こした。

「それよりも、私のことは天とお呼びください。日和様に様付けで呼ばれるなど、申し訳ないです」

「いえ、そんな恐れ多いことはできませんっ」

「では、せめて顔をお上げください。可愛らしいお顔を伏せたままなんて、もったいないですよ」

 ただのお世辞だと分かっていながら、至近距離で見つめながら言われてしまった言葉を前に、私は顔を熱くさせ得てしまった。

 そんなことはないと分かっているのに、優しい笑みに見つめられてしまった私は唇をきゅっと閉じることしかできずにいた。

「それでは、いったん参りましょうか」

 天様は私がまとめておいた荷物を手に持つと、私にそっと手を差し出してきた。

 天様に荷物を持たせるわけにはいかないと思って、その荷物を持とうとしたが軽くかわされてしまって、代わりに優しそうな笑みと共に手を差し伸べられた。

 自分が持つと言っているような表情を前に、何も言えなくなった私は、代わりに差し出された手の上に自分の手を少しだけ重ねた。

 私はそのまま天様に手を引かれるようにして、部屋を後にして玄関先まで歩いていった。そして、玄関を出てすぐにあった物を目にした私は、一瞬言葉を失ってしまった。

 そこには一部の富裕層しか持っていないと言われている、四輪の車があった。

 それも、初めて見るようなデザインの高級感漂う四輪車だった。

 家の前に停められている車に羨望の眼差しを向けていたこの街の住民は、その視線の先をこれからその車に乗り来む私達の方に向けてきた。

「日和様、足元にお気を付けてください」

 天様に手を引かれて、私はエスコートされるようにして、その車に乗ることになったのだった。

 車に乗り込んでも向けられ続ける視線を前に、私は少しだけ照れ臭くなってその視線に気づかないフリをするのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

処理中です...