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第117話 ハッピーエンド?
しおりを挟むドーナさんのお店で一ヶ月間働いたのだが、結局ドーナさんの友人に連帯保証人にされてできた借金の額を稼ぐことはできなかった。
それでも、ドーナさんはお店を売ることなく、料理人としてさらなる高みを目指すために修行に出ることにしたらしい。
おそらく、修行を終えたドーナさんなら、このお店も借金をすぐに返せるくらいの繁盛店になるだろう。
何も根拠はないけれど、何となくそんな気がしていた。
こうして、私とエルドさんの一ヶ月間の料理人としての日々が終わ――
「ひぃぃ、た、助けてくれっ!」
終わろうとしていたところで、急に店の扉が勢いよく開かれた。
そして、そこにいたのは久しぶりに姿を見せたシキだった。その少し後ろには、服を引きずられてボロボロになった見知らぬお爺さんの姿。
え? 何この展開。
「カイル? カイルじゃないか?!」
薄汚れているようなお爺さんの顔を覗き込んだドーナさんはそう言うと、驚くような大きな声を出していた。
見たこともない顔のお爺さんに、聞いたこともないような名前。
シキはそのお爺さんをぐいっと引っ張って、雑に床に投げつけた。シキにとっては軽くであっても、お爺さんからしたらその衝撃は相当の物だったらしく、そのお爺さんは私たちの前でぺちゃんと倒れ込んでしまった。
「えっと、シキおかえり。ずっとどこに行っていたのとか、聞きたいことはあるんだけど……まず初めに、その人は何?」
誰と聞いても帰ってくるのはカイルという名前だろうと思った私は、シキに小首を傾げながらそんなことを聞いていた。
すると、シキは当たり前のことを言うかのように言葉を続けた。
「そこのドーナという男を騙したクズだ。」
「「え?!」」
思いもしなかった返答を前に、私もエルドさんも驚いて声をハモらせていた。そして、それと同時にすぐに疑問が湧いて出た。
「な、なんでシキがそんな人を?」
「アンとエルドが世話になった人間が困っていたからな。娘が世話になった恩というのと……あとは、話を聞く限り中々のクズだったからな、種族問わずクズは好かんから捕まえてきた」
シキがしばらく帰ってこなかったから、どこに行ったのかと心配していたが、まさかドーナさんを連帯保証人にして逃げた友人を捕まえてくるなんて思いもしなかった。
シキが言っていた用事って、これのことだったんだ。
「でも、どうやって……」
「ドーナからこいつの匂いや魔力のついた物を借りてな。少し苦労はしたが、こいつが間抜けなおかげで見つけることができた」
シキは何でもないようなことを言うかのようにそう言った後、カイルというお爺さんを強く睨みつけた。
フェンリルに凄まれて平然としていられるはずがなく、カイルさんはただ睨まれただけなのに殺されるんじゃないかってくらいに体をぶるぶると震わせていた。
「ど、ドーナ! すまなかった! 謝るからこのバケモノをどうにかしてくれ!!」
「おい、カイル。謝るだけか?」
「あ、いや、それはだな……」
静かに怒るようなドーナさんは声を震わせながらカイルさんに近づくと、カイルさんの胸ぐらを掴んで、大きく右手を振りかぶった。
ごちんという鈍い音が聞こえる直前に、さっとエルドさんに目隠しをされてしまったが、目の前で何が起こっているのかは安易に想像できた。
いや、ごちんなんて可愛らしい音じゃないみたい。
あっ、今の音マズい音じゃない?
鈍い音と悲鳴のような音があまりにも長く続きそうだったので、私はエルドさんに目を隠されたまま、お店の外に連れられて行かれてしまった。
多分、教育に良くないと思ったのだろう。
でも、カイルというドーナさんの友人が見つかったのなら、連帯保証人の件も解決ではないだろうか?
「弟子の前で格好つけたのに、恰好つかなくなっちまったじゃねーかよ!!」
そんなちょっと違うベクトルの怒りの声を聞きながら、私はそんな声が聞こえない所までエルドさんに連れていかれたのだった。
なんというか少し締まらないような気もするけど、借金もお店もどうにかなったのなら、これはハッピーエンドってことでいいんだよね?
目を隠されていた私は、今度はエルドさんに耳を抑えられながら、ハッピーエンドには程遠いような悲鳴が収まるのをそっと待つのだった。
……収まらないなぁ、悲鳴。
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