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第114話 新メニューの試食
しおりを挟むエルドさんに言われてテーブルに戻ると、エルドさんもドーナさんもお酒をコップに注ぎ終えており、酒盛りの準備が整っていたようだった。
シキに食べてもらえないのが残念だけれど、その分は帰って来たときに多めに食べてもらうことにしよう。
私が席に着くと、エルドさんもドーナさんも目の前に置かれている『アジザカナの南蛮漬け』と『サーモンザカナのマリネ風』を見て心躍らせているようだった。
当然、それを作った私も目の前に置かれている新メニューを前にして何も思わないはずがなく、お腹の虫を鳴らしていた。
「それじゃあ、いただきましょうか」
私がそう言うと、待ってましたとでも言うかのように、エルドさんは『アジザカナの南蛮漬け』に手を伸ばしてそれを口に運んだ。
白米が盛られた皿を手に持っている私も、そこにかけられている南蛮ダレに興味を惹かれて、自然とそちらに手が伸びていった。
「おおっ、美味い! この甘酸っぱいソースはなんだ?! アジザカナの身に絡んだソースが、アジザカナの旨味を底上げしているみたいだ」
「んんっ、美味しいですね。からっと揚げられたアジザカナの身に染みこんだ南蛮ダレが、食欲を刺激してきます」
アジザカナの身を噛む度に、片栗粉のようなもので閉じ込められていた旨味がじゅわっと溢れ出てきて、そこに南蛮ダレが絡んでいたずらにその旨味を跳ね上げてくる。
そこにアクセントのように触感の違う野菜類がやって来て、南蛮ダレが絡んだ野菜が口の中を少しスッキリとさせてくれる。
そして、その後に口に残った甘酸っぱいソースのもとに、白米をかき込んでもお酒を流し込んでもいいぞという選択肢を与えてくれる、そんな一品だ。
白米をかき込むと、余韻のように残っているアジザカナ旨味と南蛮ダレが白米に絡んで、口の中には至福の一時が訪れていた。
……これは、中々罪深い。
「このサーモンザカナにかけられているのは、マヨネーズという調味料か。どれ」
私が『アジザカナの南蛮漬け』を堪能していると、ドーナさんが『サーモンザカナのマリネ風』に手を伸ばしていた。
私の手が自然と今度はそちらに伸びていったのは、きっと人を惹きつけるマヨネーズの魔力にやられてしまったからだろう。
私はフォークで器用に玉ねぎのような野菜を落さないようにしながら、マヨネーズがかけられているサーモンザカナを口に運んだ。
「おっ、これは美味い。マヨネーズという調味料とサーモンザカナの相性が絶妙だな。……まさか、調味料一つでここまで変わるとは」
「んんっ、これは中々美味しいですね。お酢の効いた野菜とマヨネーズがサーモンザカナの旨味を引き立ててます」
脂の乗ったサーモンザカナの身をお酢の酸味を吸った玉ねぎのような野菜がさっぱりとしたものに変えている。
そして、そこにかけられているマヨネーズによって、そのお酢の酸味もマイルドな物になっており、そこに柑橘系の香りが効いていてどこか高級感すらある。
そもそも、マヨネーズの原料としてお酢が使われている訳だし、お酢とマヨネーズが合わないはずがないのだ。
シャキシャキした玉ねぎのような野菜の触感も心地良いし、サーモンザカナの身との相性も良い。
……これあれだ、白ワインとか絶対に合うやつだ。
ドーナさんが飲んでいるお酒がどんなものか分からないが、子供の私には縁がないのでその代わりに白米をかき込んでいた。
うん、白米でも十分に美味しい。これ、普通にご飯の上に乗せて、上から醤油をかけて丼ものにすれば売れる気がする。
「ドーナさん、この二品は新メニューとしていけますかね?」
「ああ、もちろんだ。出さない理由がないな」
ドーナさんはそんな言葉を漏らすと、からっとした笑みと共にお酒を流し込んだ。
どうやら、新メニューの方も気に入ってもらえたようだった。
私はエルドさんと顔を見合わせて、その喜びを嚙みしめるように表情を緩めていた。
もしかしたら、私以上にエルドさんの方が喜んでいるかもしれない。
前回は切り身を出したときにドーナさんに指摘を受けていたが、今回は何も言われていない。
ドーナさんなりの評価基準を無事に突破しているということなのだろう。
それだけ、エルドさんが成長しているということなのだ。
言葉には出さないけど表情に喜びが溢れているようなエルドさんの姿を見て、私はもう少しだけ笑みを深めるのだった。
こうして、私たちの出張店には新メニューが二品追加されることになったのだった。
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