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第109話 二日目の朝

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「おはようございます、ドーナさん」

「おう、おはようアン」

 身支度をしてお店に向かうと、そこにはすでにドーナさんの姿があった。

 エルドさんと朝まで修行をしていたはずなのに、むしろ元気な風に見えるのは気のせいだろうか?

「エルドはどうした?」

「ギリギリまで寝かしてあげようかと思いまして、置いてきました」

 私が少しおどけるようにそう言うと、ドーナさんは仕方ないなとでも言うかのように小さく笑みを浮かべていた。

 少しだけ嬉しそうに見える笑みから、エルドさんとの修行の時間がどんなものなのか、少しだけ垣間見えた気がした。

「あれ? 随分荷物届いてるんですね?」

 エルドさんのすぐ近くには多くの木箱が積まれており、近づいてその箱に触れてみると随分とその箱が冷たいようだった。

 ……冷蔵ということは、魚か何かだろうか?

 結構な量だから、一週間分くらいまとめて発注をかけたのかな?

「ああ、数日もてばいいんだけどな。もしかしたら、また明日もこの量が届くかもしれん」

「数日? え、この量がですか?」

 何かの聞き間違いかと思って聞き直してみたのだが、ドーナさんは特に言葉を言い直すことなく頷いていた。

 一体どういうことだろうか?

 そんなことを考えながら小首を傾げていると、ドーナさんは含みのあるような笑みと共に口を開いた。

「人が人を呼ぶってもんなんだよ。多分、今日は昨日の比じゃなくくらいの客が来るぞ」

「昨日の比じゃないくらいって……」

 昨日も常に満席の状態だったのに、これ以上人が増えるっていったいどれほどの人が来ることを想定しているのだろうか。

 冗談のように聞こえる言葉なのに、ドーナさんの表情が真剣なので冗談には聞こえない。

「そうだ、それと昨日作ってくれた夜食があったろ? ワシの分まで作ってくれてありがとうな。あれの中身なんだが、作り置きしておくのは可能か?」

「中身ですか? もちろんできますけど」

 ツナマヨおにぎりの中身のことを言っているのだろう。もちろん、作り置きをすることに関しては何も問題はない。

 問題はないのだが、このタイミングでそれを聞いてくるってことは……

「え、あれを料理として出すんですか?」

「ああ。あんな美味い物出さない方がおかしいだろ。マヨネーズ? とか言ったか? あれは癖になる味だ。マグロザカナのほぐし身にあれほど合うものがあるとは」

 真剣な表情で昨日の味を思い出す表情を見て、冗談で言っているのではないことは明確だった。

 確かに、マヨネーズがないこの世界ではマヨネーズの味を堪能できるツナマヨは需要があるのかもしれない。

 それも、海魚の味も生かした一品だけに、余計にそうなるのだろう。

「分かりました。あのくらいでいいのなら、全然作れますか問題ないですよ」

「あれくらい、か。……心強いな」

 ドーナさんは私の言葉を受けて驚いたように目を見開いた後、いつものからっとした笑みよりも、少しだけ悲しそうな笑みを浮かべていた。

 なんで今のタイミングでそんな表情を浮かべるのだろうと思っていると、突然店の扉が開かれた。

「アン、やっぱり先に来てたのか。あれ? 随分と多くの荷物が届いてるんだな」

 少しだけ残った寝癖をそのままにして、エルドさんは寝足りないような少し細めた目で店に入ってきた。

 多少は寝ることができたのか、昨日よりも目の開き具合が大きい気がする。

「エルド、気合を入れておけ。昨日の比じゃないくらいの客が来ることになるぞ。とりあえず……これを全部食品庫の中に運んでおいてくれ」

 ドーナさんは曲がっていない背中をさすりながら、おどけたような口調でそんな言葉を口にした。

 店にやって来て早々に重労働をさせられることになったエルドさんは、その言葉を受けて苦笑を浮かべていたが、渋々荷物を厨房に運んで行くのだった。

 多分、元気なんだから少しくらいは手伝えるだろうとか言いたのだろう。

 それを言わずにいるのは、老体を労う優しさなのか、師弟の関係が深まっているからなのかは分からないが、エルドさんも心の底から嫌がっているような感じはしなかった。

 師弟関係というのは、少し不思議な関係なのかもしれない。

 そんなことを考えていた私は荷物を運び終えたエルドさんと共に、出張店の二日目に備えて準備を進めていくのだった。

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