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第106話 出張店開店
しおりを挟むそして、迎えた開店時間。
お店を開ける前まであった微かな不安はすぐに吹き飛ぶくらい、お店には人がなだれ込んできた。
お店が開く前からお客さんたちが並んでいた理由は、開店前にドーナさんがこの街の人たちに声掛けをしてくらたからという理由もあると思う。
でも、多分それ以上に効果的だったのは……。
「のぼりを見てきたんだが、魅惑のソースの料理人が作ったっていう料理はどれだい?」「すんすんっ、やけにいい匂いがするな。この匂いがする料理を頼むよ」「とりあえず、魅惑のソースの料理人が作った料理をすべて持ってきてくれ」
『魅惑のソースの料理人の出張店』と書かれたのぼりが、かなり効果的だったみたいだ。
私とエルドさんは注文を取りながら、そのメニューの大半が私たちの料理であることに喜びを隠せずに表情を緩めていた。
どうやら、ドーナさんが言っていた通り、私たちの料理が注文されないかもしれないなんてことはないみたいだ。
むしろ、その逆で想像以上に注文が入ってる。
これは、作り置きしていなかったら大変だったかもしれない。
急いで注文の入った料理をお皿に盛ってお客さんの元に届けていると、私たちの料理を口にしたお客さんたちの声が聞こえてきた。
「うまっ! 甘辛いソースがブリザカナと野菜に絡んで……食べる手が止まらなくなるぞ」
「これは美味いな! きりっとした調味料によって、マグロザカナの身が引き締められている。なんだこの、生魚に合いすぎる調味料は」
「おおっ、このスープは旨味が凄いな。魚のあらと一緒に、奥深い味がする調味料が使われているのか……これは、ずっと飲んでいたくなる」
漏れ出たような感動の声がお店に響いて、先に届いたお客さんの机から香ってくる匂いが他のお客さんの食欲を刺激して、さらにお客さんの期待を高めていた。
それだけ期待が高まってもなお、私たちの料理を食べるお客さんたちは感動している様子だった。
やっぱり、海魚には醤油も味噌も欠かせないよね。
そんなことを思いながら、本気で私たちの料理を食べて感動してくれているお客さんを前に、私は嬉しさを隠せずにいた。
ご飯をかき込むお客さんや、まだ日が高いのにお酒を飲んでいるお客さん。各々の形で料理を楽しむお客さんたちが一堂に返したような空間は、心地よい空間になっていたと思う。
「……ドーナさん?」
そんな空間の中で、料理を運びながらふとドーナさんの顔を見てみると、ドーナさんはそんなお客さんたちを見て、少しだけ複雑そうな顔をして笑っているようだった。
楽しくて笑っている訳ではなく、少し脱力したような笑み。
とりあえず、お客さんがたくさん来たことを喜んでいてくれているのだろうか?
私からの視線に気づいてすぐにいつもの表情に戻ったドーナさんが何を考えていたのか、それを深く考えるよりも先にお客さんに呼ばれてしまい、私はひたすら注文と料理の提供に勤しんだのだった。
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