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第105話 少しの不安

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「よっし、下準備はこんなもんですかね」

 着々とお店の開店準備を始めていって全ての作り置きの分の準備が完成した。ちゃんと味が染み込むだけの時間もあったし、一日でこれだけ作っておけば問題ないだろう。

 厨房が落ち着いたので、少しだけエルドさんと一息ついていると、そこにしばらく席を外していたドーナさんが店に戻ってきたみたいだった。

「準備は問題なさそうか?」

「はい、なんとかなりました」

「……なんとか」

 一通りの準備が終わって張り切り気味の私と、少しから元気気味のエルドさん。そんな私たちのことを見て、ドーナさんはエルドさんの眠気に気づいたのか、微かに口元を緩めていた。

「おう、なんとかなりそうだな」

 準備も無事に終えたので、確かに何とかなりそうな雰囲気はあった。それでも、全く不安がないかというと、そんなこともないわけで。

「あの、一つ心配なことがあるんですけど……私たちの料理って、まず頼んでもらえるでしょうか?」

 このお店はあくまでドーナさんのお店であり、この店に来るお客さんたちはドーナさんの料理を食べにくる人たちだ。

 そんな中で、知らない私たちの料理を頼んでくれるのだろうか?

 食べてもらえれば美味しいことは分かってもらえるんだろうけど、注文してもらえないという可能性だって十分にある。

 以前エルランドで屋台をやったときは、試食として初めに味を知ってもらったが、今回はそういうことをしていない。

 そんな道の料理をそもそも注文してもらえるのか。そこが結構不安ではあった。

「ああ、そのことなら心配しないでいいさ。ワシもこの街で店を無駄に長くやっていたわけではない。今知り合いには声掛けをしてきたし、他にも少し手は打ってある」

 ドーナさんが少しの間店を出ていったから、どうしたんだろうかと思っていたんだけど、まさかそんなことをしてくれていたとは。

「手を打ってある?」

 声掛け以外にも何かして切れくれたということなのだろうか? 少し引っかかる言葉に反応すると、ドーナさんは含みのありそうな笑みと共に言葉を続けた。

「外を見てきてごらん」

 一体どういう意味だろうか?

 そう思った私はエルドさんと見つめあった後、二人揃ってお店の外に出てみた。そして、そこにあった物を見つけて、私とエルドさんは小さく声を漏らしていた。

「あっ、のぼりですか」

 店の外に出てみると、店の入り口付近にのぼりが二つだけ立っていた。一見そこまで興味を惹かれそうには思えないシンプルな物。

 しかし、そこに書かれてあった文字は注目を免れないものだった。

『魅惑のソースの料理人の出張店』。

 商人ギルドの人が言っていたように、私たちの噂はこの街にも流れているようだった。

そして、黒い文字で書かれただけのその文字が、逆に興味を惹かせるような気がした。

「あの噂を聞いて、料理人の多いこの街の住人が来ないはずがない」

 いつの間にか私たちの後ろにいたドーナさんはそんな言葉を漏らした後、顎でくいくいっと街の人たちを指した。

 そののぼりを見て足を止まる人や、開店前だというのにこちらに向かってくる人たち。その人たちはただお腹が減っているというだけではなく、何か真剣な目をしていたような気がした。

「……料理人の貪欲さっていうのは、恐ろしいぞ」

 そんな言葉と共に店の奥に引っ込んでいったドーナさんの背中を見て、私たちの料理が注文されないのではないかという疑問は一気に吹っ飛んだのだった。

 そして、私たちは顔を見合わせた後、急いで数十分後の開店に向けて最後の準備をすることにしたのだった。

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