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第104話 修行の後の開店準備
しおりを挟むそして、迎えた私たちの料理をお店で提供する当日。
「……エルドさん、大丈夫ですか?」
「あの爺さん、本当に朝まで修業をみっちりやりやがった」
提供するメニューが決まってから、ずっと包丁の使い方を教わっていたエルドさんは、眠そうに目を擦りながらそんな言葉を呟いていた。
朝私が目を覚ました時に宿に帰って来たエルドさんは、そのままベッドに倒れ込んだまま一時間だけ寝て、私と一緒にお店の下準備をしていた。
寝ていてもいいと言ったのだが、それでは朝まで修行に付き合ってくれたドーナさんに悪いからと言って、寝不足な顔で私と一緒に厨房に入っていたのだった。
どうやら、朝まで修行をすると言ったのは比喩表現ではなかったようだ。
そして、基礎を叩き込むと言った言葉も本当だったらしい。
「なんか昨日よりも切り身の切り口が綺麗ですね」
「だろ? 夕方以降翌日の朝までみっちりだったからな」
お刺身を切っているエルドさんの手つきは、素人が見ても分かるくらい、一日で見違えるほどの物になっていた。
すっと入れた包丁を一度軽く引いただけで、魚の身が切られていく。無駄な力を加えない分、魚の身に負担がまるでかかっていない切り口になっている。
元々手慣れた感じだったけど、今のエルドさんの包丁捌きは少しプロっぽく感じる。
……まさか、一日でここまで変わるとは。
その代償として、眠そうな少し悪い目つきになってしまったみたいだけど。
私は他の料理の味付けをしながら、眠そうなエルドさんを元気づけようと口を開いた。
「でも、今日の営業が終われば寝れるんですよね?」
「……いや、今日営業の後は飯米炊き偏が待ってる」
「こ、米炊き偏、ですか。えーと、明日の営業が終わればちゃんと寝れるんですよね?」
「いや、その次は味付け偏もあるらしい。味付けはアンに任せてるんだが、弟子になった以上はそこも修行するんだとさ」
エルドさんは少しだけ遠くを見るような目をして、そんな言葉を口にしていた。
もしかして、ドーナさんは本来数年がかりで弟子に教えることを、エルドさんに一ヵ月のうちに叩き込もうといているのではないだろうか?
もしかしなくても、絶対そうな気がする。
……せめて夜食だけでも作ってあげよう。
でも、その前にエルドさんが頑張ってくれている以上、私も頑張らなくてはならない。
とりあえずは、今日お客さんが満足してくれる料理を作らないと。
そんなエルドさんの思いも抱いて、私は作り置きをしておく分の料理を着々と完成させていったのだった。
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