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第101話 店を閉める理由
しおりを挟む「なんでこの店閉めるんですか?」
ただの興味本位だけではないようなエルドさんの言葉を受けて、一瞬ドーナさんの表情が固まった。
そして、少しだけ空気がひりっとしたような気がした。
そんな空気を感じ取ったのか、エルドさんは向けられているドーナさんからの視線を真っ直ぐ受け止めながら、言葉を続けた。
「この店の調理器具の手入れ、食材の種類の多さと質の高さから閉めなくちゃいけないような店には思えません。とても、店を閉めるほど人が入っていない店の状態ではない」
「……若造が案外鋭いな」
確かに食材が多いこととかは驚いたけど、まさかそんなことまでエルドさんが確認しているとは思わなかった。
私が作った料理も食材の質があってのこそ。そう考えると、それだけ良い質の物を揃えられる目利きがありながら、店を閉めるようになった背景を知りたいと思うのも当然なのかもしれない。
エルドさんの言葉を受けたドーナさんは、一瞬含みのあるような笑みでそんな言葉を口にした後、短くため息を吐いた。
「単純な理由だ。友人の連帯保証人になったのだが、友人が逃げてしまってな。手元に残った借金を返すためには、この店を売るしかないんだよ」
ドーナさんはそう言うと、ぽつぽつと自身の身に起きたことを話してくれた。
ドーナさんには、昔から仲の良かった友人がいたらしい。幼い頃はこの街で同じ料理人の下で修行をしたほどの仲だったらしい。
そんな友人がもっと都会で修行をしてくると言ってこの街を出ていって、それからしばらく街には帰ってこなかったらしい。
しかし、それが最近になってこの街に帰って来たらしく、歳を考えて最後はこの街で店を持って人生を終えたいとドーナさんのもとに来て、その開業資金のために連帯保証人になって欲しいと頼まれて、その友人の頼みを聞いた瞬間にその友人は逃亡。
後に残ったのはすぐには返せないような借金だったという。
「もう料理人としてやれることはある程度したつもりだ。だから、引き際にはちょうどいいと思ってな」
危ない所からお金を借りたということはなく、すぐにお金を返せと脅されている訳ではないらしい。
ただ、額を考えるとお店を続けても返せるのか分からないらしく、それならいっそのこと店を売ってしまおうと考えたとのこと。
「……でも、それってあんまりじゃないですか?」
ドーナさんの話を聞いた私は、思わずそんな言葉を漏らしてしまっていた。
ドーナさんの友人に何があったのかは分からないし、二人の関係がどんなものだったのかも分からない。
それでも、ただこの街で長い間この店を守ってきたドーナさんが、追い込まれるのは間違っている気がした。
「しょうがないんだよ。どっちみち、あそこでダチを信じないなんて選択をすることができないくらい、俺は馬鹿だからな」
ドーナさんはそう言うと、からっとした笑みと共にそんな言葉を口にしていた。
その口ぶりから察するに、もしかしたらドーナさんは友人が自分を騙そうとしていた可能性に気づいていたのかもしれない。
それでも、そんな可能性よりもただ純粋に友人のことを信じたいと思ったのだろう。
そんなドーナさんの過去を聞いて、余計に今のドーナさんの置かれている状況が不遇過ぎた気がした。
初対面のはずの私たちに良くしてくれて、そんな身の上話を聞かされたら、なんとか助けになってあげたいと思うのはおかしくないことなのかもしれない。
「……私たちがこの料理を全面的に売り出せば、その借金は返せそうですか?」
そんなことを考えてしまった私は、思わずそんな言葉を口にしていた。
そんな私の言葉をどう捉えたのか、ドーナさんは私に視線を合わせないまま言葉を続けた。
「どうだろうな。ただ、そんなことをアンたちにしてもらう義理はないぞ」
確かに、そこに関してはドーナさんの言っている意見が正しい。下手に同情するようにお金を貸すのは絶対に違う。
それだけは私にも分かった。
それでも、不思議と口は勝手に動いていた。
「それなら、私たちの売り上げをドーナさんに渡す代わりに、私たちを弟子として商人ギルドに申請してください。将来お店を持つときに、お金以上にその資格が必要らしいので」
前世で幾度も経験してきた正直者が馬鹿を見るような世界。そんな世界が日常で常識だと言われても、ただ愚直に料理をしてきた人の居場所が不条理に奪われるのは間違っている。
そう思った私は、義理がないならその義理を作ってしまえばいいと思って、少しだけ感情を熱くさせながらそんな言葉を口にしていた。
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