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第64話 小さなライバル

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「私と勝負しなさい」

「……はい?」

 そして翌日。ケミス伯爵の屋敷の客間から出たときに視線を感じたのでそちらを見てみると、廊下の曲がり角にシータさんがいた。

 私と目が合うとあわあわとした後、作ったような顔で私のことを睨むと、廊下の曲がり角から腕を組んで私の元に近づいてきた。

「勝負、ですか?」

「そうよ。お互いにお菓子を作って、どっちがお父様に美味しいって褒めてもらえるかを決めるの!」

 少し舌足らずな話し方なのに、怒っていることをポーズするように私を睨んでいるのがどこか微笑ましい。

 というか、判定はどっちが美味しいかじゃなくて、褒めてもらうかなのか。

 ……この子、なんか可愛いな。

「お菓子作りって、昨日丸焦げにしてませんでした?」

「あれは、あなたの料理を食べたお父様が香ばしい? とか言ってた美味しそうに食べたから、私も焦がしてみたのよ!」

「香ばしい? あ、そう言えばお昼に『ボアポークの味噌漬け』も出したんだっけ?」

 ケミス伯爵が他の味噌料理も食べたいと言っていたから、『ボアポークの味噌漬け』も出してみたんだった。

 確かに、あのときにケミス伯爵がそんなことを言っていた気がする。

「いや、香ばしいと焦げ臭いは別物ですよ?」

「だから、あの時は失敗したの! 今度はちゃんと香ばしいクッキーを焼くんだから!」

「こ、香ばしいクッキー……」

 もしかして、あの黒い物体は香ばしさを追求した形だったのか。というか、クッキーだったんだあれ。

 色々と間違えている今の状況で、とてもお料理勝負なんかになる気がしない。というよりも、勝負云々以前にダークマターを食べさせられるケミス伯爵が可哀想だ。

「シータ様、よろしければ私がクッキーの作り方教えて差し上げましょうか?」

「本当?!」

 シータさんは一瞬目を輝かせるように喜んだようだったが、すぐに何かに気づいたように私から顔を背けた。

「はっ! ら、ライバルからの施しなんか受けないわ!」

 シータさんはそんなことを言いながら、私の方をちらちらと見ていた。

 なるほど、これが意地になっているという状態か。

 多分、昨日一緒にいた使用人さんだってクッキーの作り方くらいは知っているはず。

それなのに、あんな失敗をしたということは……この子、香ばしさの追求をするばかりに、使用人さんの言葉を聞かなかったな。

 そうだとすると、私に対抗心を燃やしているなら、私が教えるって言っても素直に教わる気はないか。

 ……それなら、少しアプローチの方法を変えてみるかな。

「ライバルとして、シータ様がどんなものを作るのか知りたいと思うのは当然のことです! お互いにお菓子作りがどのくらいできるのか、今の時点で把握しておくのは重要なことではないですか?」

 私がそう言うと、シータさんは私にライバル認定されたことが嬉しかったのか口元を緩めて、満足げな顔でそっぽを向いた顔をこちらに向けてくれた。

「あ、あなたがどうしてもって言うのなら、私の実力見せてあげてもいいわ!」

 この子、案外ちょろい子かもしれない。

 とにもかくにも、こうして一緒にお菓子を作る口実を作った私たちは一緒に厨房に向かたのだった。

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