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第57話 遅くなった夕食
しおりを挟む「ご飯できましたよー、今日は新しいメニューに挑戦しました!」
私が厨房からボアポークの味噌漬けを食堂に持っていくと、期待に満ちたような顔をしていたエルドさんはボアポークの味噌漬けに釘付けになっていた。
どうやら、漬けこむ時間も合わせて空腹を促したらしく、食堂まで漏れていた香りが食欲を駆り立てていたらしい。
時間帯が少しずれたということもあって、食堂に御者の方を含めた私たちしかいなかったのだが、それは好都合だったかもしれない。
少しずれた時間にこんな香りに当てられたら、飯テロも飯テロだと思う。
「おおっ、相変わらず匂いだけでもう美味しそうだな」
「私の分まで用意していただき、ありがとうございます。まさか、またアン様の料理を食べられる日が来るとは」
「いえいえ、ここまで運んでもらいましたから当然ですよ」
エルドさんと御者の方の反応は良好らしく、目の前に置かれた味噌漬けを前に生唾を呑みこんでいた。
あれ? 今、私のこと様付けで呼んでなかった?
エリーザ伯爵を衰弱状態から助けはしたけど、様付けされるほどのことはしていないんだけど……私たちって、エリーザ伯爵の屋敷ではどんな存在なんだろうか。
少しだけそんなことが気になったが、味噌漬けの香りを嗅いで待てなくなっているのは、この二人だけではないだろう。
そう思った私は、手短に用件を済ませようとして辺りを見渡した。
「あとは……」
「すごい美味しそうな匂いの食べ物だね。なんだいそれは」
私があたりを見渡していると、食堂の奥から匂いに釣られてやってきたように、女将さんがひょっこりと顔を覗かせた。
「あっ、これ、良かったら食べてください。厨房を使わせてもらったお礼です」
「え? いいのかい? ……香ばしさもあって、食欲が湧いてくるね。じゃあ、ありがたくいただこうかね」
私が女将さんに厨房を使わせてくれたお礼を言ってからエルドさんの方に顔を向けると、エルドさんはすでに両手で一枚ずつ味噌漬けが載せられている皿を持っていた。
「シキの所で食べるだろ? アンは自分の分を持ってきてくれ」
「あっ、分かりました」
私は流れるようにシキの元に行こうとするエルドさんに置いていかれないように、自分の分を持ってエルドさんの後を追いかけた。
器用にドアを開けたエルドさんと並んで歩いて行くと、馬車を止めさせてもらって場所にいたはずのシキが私たちのすぐ近くまで小走りでやってきた。
上機嫌に尻尾を振っている様子は、餌を貰えると思って喜んで近づいてくる大型犬のそれだった。
「今日はまた違った匂いがするではないか。新しい料理か?」
「うん。今日は味噌っていう新しい調味料を使って、『ボアポークの味噌漬け』を作ってみました」
「味噌? それがこの香りの正体か……実にうまそうだ」
エルドさんが腰を下ろしてシキの分を渡すと、シキは涎でも垂れるんじゃないかってくらいに目を輝かせていた。
「それじゃあ、冷める前に食べてみてください」
私の声がそう言うと、二人は待ってましたとでもいうかのように表情を緩めてから、味噌漬けを口に運んだ。
「おおっ、うまっ! なんだこの癖になる味は!」
「うまいっ、うまいぞっ! 濃縮された旨味がガツンとくる味噌というソースが素晴らしい!」
エルドさんとシキは一口味噌漬けを食べると、そのまま食べる手を止めることなく夢中になってしまっていた。
どうやら、味噌もこの世界の人に受け入れられる調味料らしい。
……いや、受け入れるどころかハマるくらいの勢いだな、エルドさんとシキ。
エルドさんとシキが美味しそうに食べるのを横目で見ながら、私も目の前にある味噌漬けを口に運んだ。
「んんっ! お、美味しいっ」
口の中には優しいダシと味噌の風味がぶわっつと一気に広がってきて、それが鼻から抜けていく。焦がした味噌の旨味とボアポークの油が口の中で溶け合って、そこに味噌の甘みと塩味が絡んでくる。
「これは、少し美味しすぎる気がする」
エルドさんとシキががっつく姿を横目で見ながら、気づいた時には私もその味に魅了されてしまったようで、がっつくように食べていた。
前世ぶりに食べた味噌の味を存分に楽しみながら、料理の幅がまた少しだけ広がった気がした私は表情を緩めながら味噌漬けの味を堪能したのだった。
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