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第16話 兄妹の過去

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「ルーク。今日から君はアルベルト家の一員だ。よろしくな」

「はい、ロイド様。よろしくお願いいたします」

「そんな堅苦しくしなくていい。あと、慣れてきたらでいいから、父と呼んでもらえると嬉しいな」

 ちょうど十歳の誕生日を迎えた日、俺は没落しそうだった下級貴族の家からアルベルト家に養子になった。

 アルベルト家の当主であるロイド様は、幼いことから魔力があった俺によくしてくれていて、経済的に魔法学園に入ることが困難だった俺を養子として迎えてくれたのだった。

 それに加えて、没落気味だった家に補助金まで出してくれると言ってくれた。当然、そんな好待遇を断るわけがなく、俺は喜んでアルベルト家の養子になることを受け入れた。

 もちろん、両親だってこの好待遇を良く思ってくれた。

 ただ没落寸前まで追い込まれた両親は、その条件を受け入れるだけでは足りないみたいだった。

ロイド様からの好意を受け入れるだけでは留まらず、アルベルト家との繋がりをもっと強固にしたかった実家は、俺にある使命を裏で言い渡してきた。

 それは、アルベルト家の一人娘であるエリーと婚約を結べというものだった。

 血の繋がりがない俺たちは結婚をすることは可能だ。しかし、立場上俺からエリーに婚約を迫るようなことはできなかった。

 だから、あくまで俺はエリーを恋に落とすだけ。あとは、エリーが強く婚約を望めば、ロイド様も娘の気持ちをないがしろにはできないだろうというものだった。

 それが、救いの手を差し伸べてくれたロイド様やアルベルト家への裏切りの行為だと知りながら、大人からの暴力に逆らうことができず、俺はエリーに惚れられるように努力した。

 幸いなことに顔が良かったこともあって、昔から女の子からモテていたし、何も知らない純粋な貴族のお嬢さんを落すのは簡単だった。

 兄という他の異性よりも近い距離で、恋をしたいお年頃だったエリーはすぐに俺に恋をしていた。

 それから数年が経過して俺が魔法学園に入ると、エリーも俺を追うようにして学園に入学することが決まった。

 エリーは家の者に俺と一緒にいる時間を邪魔されたくないという思いから、公爵令嬢でありながら御付の人を付けずに登校すると言い、俺と学園で一緒に過ごせることを楽しみにしてくれていた。

 実家から届いた手紙を、エリーが間違って読んでしまう日までは。

 エリ―が寮に入る日、誤ってエリ―の荷物に紛れてしまった手紙には、エリ―との婚約は順調にいっているのかを確認するメッセージが書かれていた。

 それも、実家から命令のように書かれた文章だっただけに、すぐに俺が実家の利益のためにエリーと婚約をしようとしていたことがバレてしまった。

『……私達の思い出は全部嘘だったんですね、ルーク様』

 涙をいっぱいに溜めた目で睨まれたあの顔を、俺は一生忘れることがないだろう。

 もちろん、全部が全部嘘ではなかった。

 温かい家庭で仲の良い妹と過ごす日々は、エリ―にかけた言葉の全てが、実家のためではなかった。

 それでも、その根幹にある物は確かに嘘で、俺はエリーの言葉に何も言い返すことができなかった。

 俺の沈黙を肯定だと捉えたのだろう。エリーは必死に堪えていた涙を零しながら、俺の部屋を後にした。

 すぐに追いかけることもできず、俺はただ遠くなっていくエリーの背中を見つめることしかできなかった。

それから少しして学園に戻っても、あのときにどんな言葉をかければよかったのか分からないままだった。

 結局、入寮したエリーと話すこともない日々が続く中、学園の人からエリーが魔物に襲われたことを知らされた。

 かける言葉も分からなかったが、それでも体はすぐに動いて、俺はエリ―の部屋に向かった。

『……えっと、どちら様ですか? な、なーんて言ってみたり?』

 エリーのそんな言葉を受けて、俺は一瞬固まってしまった。

 まるで、本気で俺のことを知らないような目を向けられて、俺はエリーと関係を断たれたのだと悟った。

「どちら様か。妹にそんな対応をされると、少し傷つく、かな」

「妹? ……え?」

 その反応を見て確信した。

 どうやら、兄妹としての関係も断たれてしまったのだと。

 確かに、数年もの間騙し続けてきた奴を兄とは認めてはくれないだろう。俺は関係を断たれるようなことをしたのだ。

 今さらになって、関係を断たれて初めて自分がしでかしたことの重さに気づいた俺は、そんな権利がないと知りながら顔を俯かせてしまっていた。

「じょ、冗談だよ~、えっと、お兄ちゃん!」

 そんな裏切り者である俺に対して、エリーは突然テンションを上げたような口調でそんな言葉を口にした。

「お兄ちゃん?」

 言われたことのない言葉を前に戸惑っていると、そんな俺以上にエリーが目に見えて戸惑っていた。

なんで、エリーが焦っているのだろうか?

「いや、兄さん? 兄者? にー? ルーク君、とか?」

「……」

「し、心境の変化がありまして、なんて呼べばいいでしょうか?」

 関係を断たれたのではない、のか?

 まるで初めて俺と会ったかのような態度だったから、完全に嫌われたのだと思っていた。

 しかし、呼び方から変えようというエリーの言葉を前にして、俺は全てを悟った。

 もしかしたら、エリーは俺との関係をゼロの状態からまたやり直そうとしてくれているのではないかと。

 エリーは俺との思い出が全部嘘だったのかと言っていた。全部嘘なら、今度は兄としてゼロの状態から関係を繋ぎたいというのがエリーの意思なのかもしれない。

「……そっか。それじゃあ、お兄様と呼んでもらおうかな」

「え、あ、わかりました」

 きっと、俺がしたことを許してくれることはないだろう。

それでも、俺をまだ兄としてなら見てくれるのなら、今度こそ嘘のない兄妹としての関係を築けるかもしれない。

そう思った俺は、エリーに対しての申し訳なさを感じつつも、エリ―の申し出を受け入れることにしたのだった。

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