16 / 17
第16話 兄妹の過去
しおりを挟む「ルーク。今日から君はアルベルト家の一員だ。よろしくな」
「はい、ロイド様。よろしくお願いいたします」
「そんな堅苦しくしなくていい。あと、慣れてきたらでいいから、父と呼んでもらえると嬉しいな」
ちょうど十歳の誕生日を迎えた日、俺は没落しそうだった下級貴族の家からアルベルト家に養子になった。
アルベルト家の当主であるロイド様は、幼いことから魔力があった俺によくしてくれていて、経済的に魔法学園に入ることが困難だった俺を養子として迎えてくれたのだった。
それに加えて、没落気味だった家に補助金まで出してくれると言ってくれた。当然、そんな好待遇を断るわけがなく、俺は喜んでアルベルト家の養子になることを受け入れた。
もちろん、両親だってこの好待遇を良く思ってくれた。
ただ没落寸前まで追い込まれた両親は、その条件を受け入れるだけでは足りないみたいだった。
ロイド様からの好意を受け入れるだけでは留まらず、アルベルト家との繋がりをもっと強固にしたかった実家は、俺にある使命を裏で言い渡してきた。
それは、アルベルト家の一人娘であるエリーと婚約を結べというものだった。
血の繋がりがない俺たちは結婚をすることは可能だ。しかし、立場上俺からエリーに婚約を迫るようなことはできなかった。
だから、あくまで俺はエリーを恋に落とすだけ。あとは、エリーが強く婚約を望めば、ロイド様も娘の気持ちをないがしろにはできないだろうというものだった。
それが、救いの手を差し伸べてくれたロイド様やアルベルト家への裏切りの行為だと知りながら、大人からの暴力に逆らうことができず、俺はエリーに惚れられるように努力した。
幸いなことに顔が良かったこともあって、昔から女の子からモテていたし、何も知らない純粋な貴族のお嬢さんを落すのは簡単だった。
兄という他の異性よりも近い距離で、恋をしたいお年頃だったエリーはすぐに俺に恋をしていた。
それから数年が経過して俺が魔法学園に入ると、エリーも俺を追うようにして学園に入学することが決まった。
エリーは家の者に俺と一緒にいる時間を邪魔されたくないという思いから、公爵令嬢でありながら御付の人を付けずに登校すると言い、俺と学園で一緒に過ごせることを楽しみにしてくれていた。
実家から届いた手紙を、エリーが間違って読んでしまう日までは。
エリ―が寮に入る日、誤ってエリ―の荷物に紛れてしまった手紙には、エリ―との婚約は順調にいっているのかを確認するメッセージが書かれていた。
それも、実家から命令のように書かれた文章だっただけに、すぐに俺が実家の利益のためにエリーと婚約をしようとしていたことがバレてしまった。
『……私達の思い出は全部嘘だったんですね、ルーク様』
涙をいっぱいに溜めた目で睨まれたあの顔を、俺は一生忘れることがないだろう。
もちろん、全部が全部嘘ではなかった。
温かい家庭で仲の良い妹と過ごす日々は、エリ―にかけた言葉の全てが、実家のためではなかった。
それでも、その根幹にある物は確かに嘘で、俺はエリーの言葉に何も言い返すことができなかった。
俺の沈黙を肯定だと捉えたのだろう。エリーは必死に堪えていた涙を零しながら、俺の部屋を後にした。
すぐに追いかけることもできず、俺はただ遠くなっていくエリーの背中を見つめることしかできなかった。
それから少しして学園に戻っても、あのときにどんな言葉をかければよかったのか分からないままだった。
結局、入寮したエリーと話すこともない日々が続く中、学園の人からエリーが魔物に襲われたことを知らされた。
かける言葉も分からなかったが、それでも体はすぐに動いて、俺はエリ―の部屋に向かった。
『……えっと、どちら様ですか? な、なーんて言ってみたり?』
エリーのそんな言葉を受けて、俺は一瞬固まってしまった。
まるで、本気で俺のことを知らないような目を向けられて、俺はエリーと関係を断たれたのだと悟った。
「どちら様か。妹にそんな対応をされると、少し傷つく、かな」
「妹? ……え?」
その反応を見て確信した。
どうやら、兄妹としての関係も断たれてしまったのだと。
確かに、数年もの間騙し続けてきた奴を兄とは認めてはくれないだろう。俺は関係を断たれるようなことをしたのだ。
今さらになって、関係を断たれて初めて自分がしでかしたことの重さに気づいた俺は、そんな権利がないと知りながら顔を俯かせてしまっていた。
「じょ、冗談だよ~、えっと、お兄ちゃん!」
そんな裏切り者である俺に対して、エリーは突然テンションを上げたような口調でそんな言葉を口にした。
「お兄ちゃん?」
言われたことのない言葉を前に戸惑っていると、そんな俺以上にエリーが目に見えて戸惑っていた。
なんで、エリーが焦っているのだろうか?
「いや、兄さん? 兄者? にー? ルーク君、とか?」
「……」
「し、心境の変化がありまして、なんて呼べばいいでしょうか?」
関係を断たれたのではない、のか?
まるで初めて俺と会ったかのような態度だったから、完全に嫌われたのだと思っていた。
しかし、呼び方から変えようというエリーの言葉を前にして、俺は全てを悟った。
もしかしたら、エリーは俺との関係をゼロの状態からまたやり直そうとしてくれているのではないかと。
エリーは俺との思い出が全部嘘だったのかと言っていた。全部嘘なら、今度は兄としてゼロの状態から関係を繋ぎたいというのがエリーの意思なのかもしれない。
「……そっか。それじゃあ、お兄様と呼んでもらおうかな」
「え、あ、わかりました」
きっと、俺がしたことを許してくれることはないだろう。
それでも、俺をまだ兄としてなら見てくれるのなら、今度こそ嘘のない兄妹としての関係を築けるかもしれない。
そう思った俺は、エリーに対しての申し訳なさを感じつつも、エリ―の申し出を受け入れることにしたのだった。
0
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説
目指せ、婚約破棄!〜庭師モブ子は推しの悪役令嬢のためハーブで援護します〜
森 湖春
恋愛
島国ヴィヴァルディには存在しないはずのサクラを見た瞬間、ペリーウィンクルは気付いてしまった。
この世界は、前世の自分がどハマりしていた箱庭系乙女ゲームで、自分がただのモブ子だということに。
しかし、前世は社畜、今世は望み通りのまったりライフをエンジョイしていた彼女は、ただ神に感謝しただけだった。
ところが、ひょんなことから同じく前世社畜の転生者である悪役令嬢と知り合ってしまう。
転生して尚、まったりできないでいる彼女がかわいそうで、つい手を貸すことにしたけれど──。
保護者みたいな妖精に甘やかされつつ、庭師モブ子はハーブを駆使してお嬢様の婚約破棄を目指します!
※感想を頂けるとすごく喜びます。執筆の励みになりますので、気楽にどうぞ。
※『小説家になろう』様にて先行して公開しています。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。
あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!?
ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど
ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。
※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。
乙女ゲームに転生した世界でメイドやってます!毎日大変ですが、瓶底メガネ片手に邁進します!
美月一乃
恋愛
前世で大好きなゲームの世界?に転生した自分の立ち位置はモブ!
でも、自分の人生満喫をと仕事を初めたら
偶然にも大好きなライバルキャラに仕えていますが、毎日がちょっと、いえすっごい大変です!
瓶底メガネと縄を片手に、メイド服で邁進してます。
「ちがいますよ、これは邁進してちゃダメな奴なのにー」
と思いながら
悪役令嬢を拾ったら、可愛すぎたので妹として溺愛します!
平山和人
恋愛
転生者のクロエは諸国を巡りながら冒険者として自由気ままな一人旅を楽しんでいた。 そんなある日、クエストの途中で、トラブルに巻き込まれた一行を発見。助けに入ったクロエが目にしたのは――驚くほど美しい少女だった。
「わたくし、婚約破棄された上に、身に覚えのない罪で王都を追放されたのです」
その言葉に驚くクロエ。しかし、さらに驚いたのは、その少女が前世の記憶に見覚えのある存在だったこと。しかも、話してみるととても良い子で……?
「そういえば、私……前世でこんな妹が欲しかったって思ってたっけ」
美少女との出会いが、クロエの旅と人生を大きく変えることに!?
異世界転生したら悪役令嬢じゃなくイケメン達に囲まれちゃいましたっ!!
杏仁豆腐
恋愛
17歳の女子高生が交通事故で即死。その後女神に天国か地獄か、それとも異世界に転生するかの選択肢を与えられたので、異世界を選択したら……イケメンだらけの世界に来ちゃいました。それも私って悪役令嬢!? いやそれはバッドエンドになるから勘弁してほしいわっ! 逆ハーレム生活をエンジョイしたいのっ!!
※不定期更新で申し訳ないです。順調に進めばアップしていく予定です。設定めちゃめちゃかもしれません……本当に御免なさい。とにかく考え付いたお話を書いていくつもりです。宜しくお願い致します。
※タイトル変更しました。3/31
悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています
平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。
自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる