上 下
1 / 3

第1話 無自覚の眠り姫

しおりを挟む
「ここに、『眠り姫』がいると聞いてきたんですけど」

李の小さな商店を訪れた呂修(ロシュウ)は、店に並んでいる商品をちらっと見た後にそんな言葉を口にした。

 呂修は後宮からとある命を受けて、李の街にやってきた宦官だった。

 浅黒い色をした袍を着ており、宦官でありながら体つきはがっしりとしていた。

それでありながら、野蛮さを微塵も感じさせないのは物腰の柔らかな口調のせいだろう。

 呂修は常日頃からある方に仕えているため、日常的にも敬語で話すことが自然となり、身分問わず敬語で話す低姿勢な男だった。

 呂修に言葉を向けられた店主の桟高利(サンコウリ)は、その言葉に小首を傾げていた。

「姫、ですか? いえ、高貴な女子はおりませんが」

「確かにここにいると聞いたのですが、何か知りませんか?」

「そうは言われましても……この街にそんな高貴な方がいるとは思いませんが」

 高利は思い当たる節はないかと一瞬考えてはみたが、すぐに考えることをやめた。

 李の街は都から少し離れた所にあり、名家と呼ばれるような家もない。

 よって、質が良い袍に袖を通している男が姫と呼ぶほどの人間がこの街にいるはずがないと断言できた。

 そんな高利の言葉を聞いて、呂修は微かに眉間に皺を寄せていた。

 高利が嘘を言っているようには思えない。ということは、あの噂が嘘だったということだ。

 せっかく数日かけてきたのに、例の姫に会うこともできないまま帰ることになるのか。

 あの噂の真相を試すためにも、あえて約束を取らずに会いに来たのが失敗だったらしい。

まさか、噂の真相以前にその姫自体がいないとは。

 呂修が諦めて短いため息を吐いた時、店の奥から足音が聞こえてきた。

 店主の妻か、この店の店員だろうか。

 そんなことを考えている呂修の目の前に現れたのは、高利の娘の桟春鈴だった。

 春鈴は寝間着姿のまま現れると、寝落ちでもするかのようにかくんと首を動かしていた。

 ……異性を惹きつけるような相貌でなければ、蠱惑的なオーラもない。

 後宮で美女たちの容姿に見慣れてしまった呂修は、春鈴は華やかさや品では他の嬪に比べると劣る部分があると感じた。

 しかし、素朴で整った顔立ちは少し磨けば光るのではないかとも思わせるものがあった。

 日の光をあまり浴びていないのか肌は透けるように白く、すっとした鼻梁をしている。

 おそらく、欠伸混じりに伸びをしたりせず、しゃんと立っていれば美女なのではないか? 

 春鈴はそんな分析をされているなどと気づくことなく、呂修の存在にも気づいていない様子だった。

「お父さんー。もしかしたら、後宮から使いの人が来るかもーーえ、使いの、ひと?」

 春鈴は呂修を視界の端で捉えると、突然そんな言葉を呟いた。

「使いの人?」

 突然この娘は何を言っているのだと小首を傾げる高利に対して、呂修は目を見開いていた。

 まだ自分がどこから来たのか、何をしに来たのかはこの店主にも言っていない。

当然、初めて会ったはずの春鈴が呂修のことをしているはずがない。

 まさか、あの噂がここまでだったとは。

呂修は小さく息を吐いてから、顔を引き締めるようにしながら呟いた。

「……眠り姫の名は伊達ではないみたいですね」

「「眠り姫?」」

 そんな呂修の言葉を前に、高利と春鈴は首をこてんと傾げていた。

 このときまで本人は気づいていなかった。
 
惰眠を貪って、街の人に見た夢の内容を話し続けた結果、多くの人を救っていたことに。

そして、いつしか自分が人の未来を夢見る『眠り姫』と噂されていたことに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

皇帝の寵妃は謎解きよりも料理がしたい〜小料理屋を営んでいたら妃に命じられて溺愛されています〜

空岡
キャラ文芸
後宮×契約結婚×溺愛×料理×ミステリー 町の外れには、絶品のカリーを出す小料理屋がある。 小料理屋を営む月花は、世界各国を回って料理を学び、さらに絶対味覚がある。しかも、月花の味覚は無味無臭の毒すらわかるという特別なものだった。 月花はひょんなことから皇帝に出会い、それを理由に美人の位をさずけられる。 後宮にあがった月花だが、 「なに、そう構えるな。形だけの皇后だ。ソナタが毒の謎を解いた暁には、廃妃にして、そっと逃がす」 皇帝はどうやら、皇帝の生誕の宴で起きた、毒の事件を月花に解き明かして欲しいらしく―― 飾りの妃からやがて皇后へ。しかし、飾りのはずが、どうも皇帝は月花を溺愛しているようで――? これは、月花と皇帝の、食をめぐる謎解きの物語だ。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

処理中です...