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第1話 無自覚の眠り姫
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「ここに、『眠り姫』がいると聞いてきたんですけど」
李の小さな商店を訪れた呂修(ロシュウ)は、店に並んでいる商品をちらっと見た後にそんな言葉を口にした。
呂修は後宮からとある命を受けて、李の街にやってきた宦官だった。
浅黒い色をした袍を着ており、宦官でありながら体つきはがっしりとしていた。
それでありながら、野蛮さを微塵も感じさせないのは物腰の柔らかな口調のせいだろう。
呂修は常日頃からある方に仕えているため、日常的にも敬語で話すことが自然となり、身分問わず敬語で話す低姿勢な男だった。
呂修に言葉を向けられた店主の桟高利(サンコウリ)は、その言葉に小首を傾げていた。
「姫、ですか? いえ、高貴な女子はおりませんが」
「確かにここにいると聞いたのですが、何か知りませんか?」
「そうは言われましても……この街にそんな高貴な方がいるとは思いませんが」
高利は思い当たる節はないかと一瞬考えてはみたが、すぐに考えることをやめた。
李の街は都から少し離れた所にあり、名家と呼ばれるような家もない。
よって、質が良い袍に袖を通している男が姫と呼ぶほどの人間がこの街にいるはずがないと断言できた。
そんな高利の言葉を聞いて、呂修は微かに眉間に皺を寄せていた。
高利が嘘を言っているようには思えない。ということは、あの噂が嘘だったということだ。
せっかく数日かけてきたのに、例の姫に会うこともできないまま帰ることになるのか。
あの噂の真相を試すためにも、あえて約束を取らずに会いに来たのが失敗だったらしい。
まさか、噂の真相以前にその姫自体がいないとは。
呂修が諦めて短いため息を吐いた時、店の奥から足音が聞こえてきた。
店主の妻か、この店の店員だろうか。
そんなことを考えている呂修の目の前に現れたのは、高利の娘の桟春鈴だった。
春鈴は寝間着姿のまま現れると、寝落ちでもするかのようにかくんと首を動かしていた。
……異性を惹きつけるような相貌でなければ、蠱惑的なオーラもない。
後宮で美女たちの容姿に見慣れてしまった呂修は、春鈴は華やかさや品では他の嬪に比べると劣る部分があると感じた。
しかし、素朴で整った顔立ちは少し磨けば光るのではないかとも思わせるものがあった。
日の光をあまり浴びていないのか肌は透けるように白く、すっとした鼻梁をしている。
おそらく、欠伸混じりに伸びをしたりせず、しゃんと立っていれば美女なのではないか?
春鈴はそんな分析をされているなどと気づくことなく、呂修の存在にも気づいていない様子だった。
「お父さんー。もしかしたら、後宮から使いの人が来るかもーーえ、使いの、ひと?」
春鈴は呂修を視界の端で捉えると、突然そんな言葉を呟いた。
「使いの人?」
突然この娘は何を言っているのだと小首を傾げる高利に対して、呂修は目を見開いていた。
まだ自分がどこから来たのか、何をしに来たのかはこの店主にも言っていない。
当然、初めて会ったはずの春鈴が呂修のことをしているはずがない。
まさか、あの噂がここまでだったとは。
呂修は小さく息を吐いてから、顔を引き締めるようにしながら呟いた。
「……眠り姫の名は伊達ではないみたいですね」
「「眠り姫?」」
そんな呂修の言葉を前に、高利と春鈴は首をこてんと傾げていた。
このときまで本人は気づいていなかった。
惰眠を貪って、街の人に見た夢の内容を話し続けた結果、多くの人を救っていたことに。
そして、いつしか自分が人の未来を夢見る『眠り姫』と噂されていたことに。
李の小さな商店を訪れた呂修(ロシュウ)は、店に並んでいる商品をちらっと見た後にそんな言葉を口にした。
呂修は後宮からとある命を受けて、李の街にやってきた宦官だった。
浅黒い色をした袍を着ており、宦官でありながら体つきはがっしりとしていた。
それでありながら、野蛮さを微塵も感じさせないのは物腰の柔らかな口調のせいだろう。
呂修は常日頃からある方に仕えているため、日常的にも敬語で話すことが自然となり、身分問わず敬語で話す低姿勢な男だった。
呂修に言葉を向けられた店主の桟高利(サンコウリ)は、その言葉に小首を傾げていた。
「姫、ですか? いえ、高貴な女子はおりませんが」
「確かにここにいると聞いたのですが、何か知りませんか?」
「そうは言われましても……この街にそんな高貴な方がいるとは思いませんが」
高利は思い当たる節はないかと一瞬考えてはみたが、すぐに考えることをやめた。
李の街は都から少し離れた所にあり、名家と呼ばれるような家もない。
よって、質が良い袍に袖を通している男が姫と呼ぶほどの人間がこの街にいるはずがないと断言できた。
そんな高利の言葉を聞いて、呂修は微かに眉間に皺を寄せていた。
高利が嘘を言っているようには思えない。ということは、あの噂が嘘だったということだ。
せっかく数日かけてきたのに、例の姫に会うこともできないまま帰ることになるのか。
あの噂の真相を試すためにも、あえて約束を取らずに会いに来たのが失敗だったらしい。
まさか、噂の真相以前にその姫自体がいないとは。
呂修が諦めて短いため息を吐いた時、店の奥から足音が聞こえてきた。
店主の妻か、この店の店員だろうか。
そんなことを考えている呂修の目の前に現れたのは、高利の娘の桟春鈴だった。
春鈴は寝間着姿のまま現れると、寝落ちでもするかのようにかくんと首を動かしていた。
……異性を惹きつけるような相貌でなければ、蠱惑的なオーラもない。
後宮で美女たちの容姿に見慣れてしまった呂修は、春鈴は華やかさや品では他の嬪に比べると劣る部分があると感じた。
しかし、素朴で整った顔立ちは少し磨けば光るのではないかとも思わせるものがあった。
日の光をあまり浴びていないのか肌は透けるように白く、すっとした鼻梁をしている。
おそらく、欠伸混じりに伸びをしたりせず、しゃんと立っていれば美女なのではないか?
春鈴はそんな分析をされているなどと気づくことなく、呂修の存在にも気づいていない様子だった。
「お父さんー。もしかしたら、後宮から使いの人が来るかもーーえ、使いの、ひと?」
春鈴は呂修を視界の端で捉えると、突然そんな言葉を呟いた。
「使いの人?」
突然この娘は何を言っているのだと小首を傾げる高利に対して、呂修は目を見開いていた。
まだ自分がどこから来たのか、何をしに来たのかはこの店主にも言っていない。
当然、初めて会ったはずの春鈴が呂修のことをしているはずがない。
まさか、あの噂がここまでだったとは。
呂修は小さく息を吐いてから、顔を引き締めるようにしながら呟いた。
「……眠り姫の名は伊達ではないみたいですね」
「「眠り姫?」」
そんな呂修の言葉を前に、高利と春鈴は首をこてんと傾げていた。
このときまで本人は気づいていなかった。
惰眠を貪って、街の人に見た夢の内容を話し続けた結果、多くの人を救っていたことに。
そして、いつしか自分が人の未来を夢見る『眠り姫』と噂されていたことに。
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