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第1章

引退してるけれど

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大きなイビキだけが部屋中に広がり、なんなら酒の瓶もその辺りに転がっていた。
「じいさん、起きてくれ」とサラナはおじいさんの上半身を起こした。
おじいさんはうっすら目を開けたかと思ったらまたすぐに眠りについた。

『あの人が強人?』
部屋の片付けをしながら私は驚きの声をあげた。
「強人なんてそんなに珍しくないだろ」
『そうは見えないけど………』
「あのじいさんも若い頃は強人としてバリバリの軍人だったらしい」

強人。
おそらく軍としては1番欲しい異端者だろうと、私は思っていた。
普通の人間より身体能力は優れているとされている稀な異端者。戦場ではどんな不利な状況でも1人強人がいると戦況は覆る事が多く、とても重宝される、と聞いたことがあったから。

おじいさんがうっすら目を開けた頃、あたりは夕方になっていた。
「寝過ぎた………」が第一声だったおじいさんはサラナと目が合うと、よおと声をかけた。
「じいさん、また酒飲んでたの?」
「まぁ一杯だけ」とおじいさんの視線が部屋を一周したあと、私に向けられた。
『こ、こんにちは!助手のルルです』
おじいさんは私を見ると、一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに優しく微笑んだ。
「こんにちは。ジジと呼んでくれ」と言った後に
「サラナの嫁じゃないのか」とジジはサラナを見てため息をついた。

数時間、部屋中にカレーの匂いが立ち込めていた。
食糧庫を覗いて引っ張ってきたカレーの食材を私は鍋にぶち込んで煮込んだ。
なぜ私は知らない異端者にカレーを作っているのだろうか。サラナと話していたが、家の前に知り合いが来たらしくて挨拶に出向いてしまった。
私とジジだけの静かな部屋となってしまった。

ジジの身体は普通の人間と変わらない。
ただ、顔や身体には傷が残っていた。
私の視線に気がついたのだろうか、ジジは腕を捲ると私に見せつけてきた。
無数の傷跡が腕に広がる。
『ごめんなさい、気になってしまって………』
「いいや、初めて管理村に来たんだよな」と同時にジジは私に手招きをした。
カレー鍋の火を止めて、私はジジの側にいった。ジジは小声で呟いた。
「アンタは、なんの異端なんだ?」
『……何の話ですか?』と私はニッコリと微笑むと、ゆっくり距離をとった。
これはヤバい、強人が目が覚めてしまうかもしれない。
「アンタ、異端だろ。しかも稀。」

まだ軍や密猟者から逃げ回っていたころ、1番遭遇した異端者が強人だった。
力を操れる強人は、けして人前では見せない。優しい人が多かった。
実は、1度爆発した強人を見た事がある。
歩く爆弾かと思うくらい、近くの物を破壊して止めに来た人間を殴り、力の限り暴れていた。
今、このジジからは、その雰囲気がした。
サラナ、早く帰ってきて。



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