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夜中の住宅街で
しおりを挟む私は地方都市から電車で1時間ほどの駅が最寄りで、社務所もなくそれはそれは小さな神社で神様をしていた。
参拝者の願い事に耳を傾けて、時には参拝者の後を追いかけていき様子を見守っている。
参拝したとしても、最終的には自分の判断で物事はどうにでもなる。その手助けをしている事、運命を変えることを仕事としていた。
だが、最近は参拝者は滅多に現れず神社は忘れられたかのようにひっそりとしていた。
毎日が暇だった。
暇なことはとてもいいことで、棲家にしているネコの相手をしたり、飛んでくるカラスと世間話をしたり、ほぼたまに掃除にくる人間以外はこの神社に寄り付かなかった。
私はこの生活をとても気に入っていて、できたらこの生活を永遠に続けたいと思っていたし、人からしたらこの神社は忘れられていると思っていた。
だから、参拝者が来た時は驚いた。
しかも深夜の3時、帽子にジャージにマスク、フラフラと境内に入ってきて今にも倒れそうな女性1人。一言でいうと怪しい。なにかよからぬ願い事をしに来たのかと思ったが、久くなかった参拝者のため仕事をしようと聞き耳を立てていた。
女性は、頭を下げて賽銭箱に5円玉を投げ入れ【彼氏と結婚がしたい】とだけ呟くと、もう一度深々と頭を下げた。
そして、早歩きで神社を後にした。
その女性の後ろ姿に何を惹かれたのか、私はその女性の後を追いかけていった。
それが、私の運命を変えてしまった。
その女性の願い事が叶ったのはそれから1ヶ月後だった。
女性はあまりの嬉しさに、フォロワー数が何万人といる自身のSNSにこんな投稿をした。
インフルエンサーと言われているようで、少しだけ有名だったそうだ。
【福留神社にお願いに行ったら、願い事が叶いました!恋愛の神様なのかな?恋愛で悩んでる方は是非一度!】
たった3行の文章に私の運命は変わってしまった。
後を追いかけて分かったのが、相手の男性はプロポーズの機会を伺っており、女性は待つという状態だったため私が何かをした訳でもない。
女性の投稿をみた参拝者が1人、またひとりと神社に現れるようになった。
私は、SNSはおろかインターネットもろくに知らなかったので、参拝者の願いを聞き続け運命を変える仕事をし続けた。
願い事が叶った!とSNSに書き込まれることで小さな神社は知名度も上がっていった。まさか見えないところでそんな宣伝をされていたとは知らなかったのである。
実際には参拝者が努力した結果であり、私としては少し背中を押しただけに留めたが、神社のおかげだと言われると鼻が高くなっていたかもしれない。
そんな活動が実ったのか、SNSだけでなく、テレビや雑誌でも話題の場所として取り上げられ連日女性の参拝者が雪崩れ込んできた。
社務所も建てられ、遠方からも多くの参拝者が訪れたため警備員が配置され神社はおろか付近の商店街までもが活気に満ち溢れた。
当初はその光景に戸惑いつつ、仕事をしようと参拝者の声に耳を傾け続けたが全てが安心して聞けるような願い事ではなかった。
縁結び神社として名を挙げたので、参拝者は殆ど縁結び関係だったが【不倫】等の人の不幸を願って自分の幸せを優先する参拝者も多く、耳を塞ぎたくなる内容も多かった。
これは後で分かったのだが、最初のインフルエンサーの女性と結婚した男性は離婚協議中の妻がいたようで、女性が離婚する要因だったのではないかと囁かれていた。
だからだろうか、不倫に関する願い事がとても多かった。
もちろん、このような願い事には一切聞く耳を持たなかったが、参拝者も多く気が休まることはなくなっていった。
話し相手となってくれていたネコやカラスは人が増えると姿を見せなくなっていった。
私は自分でも分かるくらい、本当に分かりやすく心が疲弊しきっていった。
半世紀以上も人の声なんて聞いてないのだ。今思えば無理もない。
そんな真夜中のある日。
私はタヌキに姿を変えて鳥居の下に立っていた。
抜け出すならこの格好が、夜の暗闇に紛れて走りやすいと考えたからだ。
後のことは考えていなかった。ともかくここから逃げ出したかった。
神様が神社を出る時は、参拝者の後をついていく時か、年に一度の出雲に呼ばれる時しか許されていない。
神様が職場放棄など今まで何百年と神様をしてきたが聞いたことない。
こんなことが許されるはずがない。頭では分かっていたが、それよりも身体が動いた。
タヌキの身体は軽かった。石畳の地面を蹴り上げながら鳥居を抜け住宅街に飛び込んだ。
やった、と口に出そうとしたその瞬間、身体が宙に浮いた。
「楓さま、こんばんは」
私を抱き上げたのは、人間の姿をしていたが、人間ではないモノは一目瞭然だった。
『離せ!指を噛み切るぞ!』
「福留 楓さまですね」と怪しく笑うそのモノは名刺を私の前にちらつかせてきた。
【全国神様管理団体 水口】と記してあり、私は眉間に皺寄せてモノを睨んだが、内心は心臓が飛び出そうだった。
まさか本当に神様管理団体なんぞ存在していたのか。
噂に聞いた話であるが数多い全国の神々を取りまとめる団体であり、神様の行動を監視し、神様の仕事を支える団体と聞いた。
「あなたは先ほど、用もないのに鳥居の下を潜り抜けました。これは職場放棄となります」
『はい』反論はできなかった。神様として大罪を犯しているのは分かっていたからだ。
敵意がなくなったことを確認できたのか、水口はタヌキとなった私を地面に降ろした。そしてそのまましゃがみ込みタヌキの私に語りかけた。
「このまま神社に戻れば報告はしませんが、脱走を続ける場合は懲罰の対象となります。どうしますか」
どうしますか、と言われても……。と私が回答に迷っていると、水口は大きなため息をついた。
「福留神社は、最近若い女性に人気がありますね……まぁ察しますとあまり良くない願い事が多くて心身共に弱ってしまったのでしょう。そんなところですか?」
私はまるで心でも覗かれたのかと感じ恥ずかしいと思いつつ頷く。
「いるんですよね、そんな身勝手な神様」水口の言うことはごもっともだった。
戻ります、と私が口に出そうとしたその瞬間、水口は続けた。
「なので我々は、引退したいと考えている神様に課題を与えることにしました」
タヌキの身体を愛おしそうに撫でながら水口が少し微笑んだ気がした。
『課題?』
「その課題をクリア出来れば神様を引退することが出来ます、どうします?受けてみます?」
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