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第一章 僕は僕ですが

第十話 進んで止まってそして巻き戻る―5

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「これより行うは、この村の差別主義者どもの虐殺―――」

 そこで、彼の言葉は止まった。心の内からか、頭の内からか、どこかからの何かが彼の言葉をそこで留まらせた。
 行軍に加わっていたオーニはそれを不審に思ったが、座り込んだ赤髪の少女と、彼の言葉、それらを照らし合わせ、ユウトのあの言葉の影響が出たのだと予測した。そして、その予測はこの後、最悪なタイミングで証明されることになる。

「いや、やはり…うん、虐殺はだめだ。そんなのは、未来の王である僕には似合わない。」

 ルークは少しの間黙りこみ、兵士らの顔を眺めた。全員が彼の命令を待っている。全員が彼を信じ、見つめている。

「…悩む時点で、僕は優秀な司令官コマンダーではないようだね…」

 呟き、オーニの方を見た。彼女はこの後にすることを把握しているように、大きな杖を構えた。

「オーニ。いや、時使いよ、劣化を放ってくれ。」

「分かりましたわ。」

 オーニは詠唱を始めた。いつも通り、神に理を破ることへの謝罪の言葉を述べている。
 詠唱が終わり、彼女がRecCaを放つと、村の建造物らは静かに崩壊を始めた。残された人々が蜘蛛の子を散らすように散開していくのを眺めた後、ルークは今もなお横で座り込んでいる少女に目をやった。息はしているが、このままでは助からないだろう。

「帰投する。各自隊列を組み、フェルノーデスの前哨基地へと帰還せよ。」

 彼は少女を見捨て、基地へ帰還することに決めた。オーニは、その声にいつもよりも覇気というか、元気がなかったように感じた。


 事件は山道を歩いているときに起きた。

「…?なんか聞こえねぇか?」

 基本的に、行軍には志願したもので一定の実力を持つ者が参加できる。最初に異変に気付いたのは、今回の行軍に参加しているマンサクという男だった。彼は隣で歩いている兵士に話しかけていた。

「そうか?幻聴だろ?」

「そうかなぁ?なんか地響きみたいな…揺れてる…?」

「じゃあ地震とかじゃないのか?ほら、度合いによって気づくのと気づかないのがいるって言うし。」

 しかし、マンサクはここぞという直感に優れていた。何かを感じ取るという技能は人一倍秀でており、例えば料理において、焼き加減や調味加減が感覚的に分かり、戦闘においては見えない位置からの矢を感覚的に避けることができた。
 その直感が、彼をここまで突き動かし、生かしてきた。
 彼は考えるより先に叫んだ。

「ガラーム!止めろ!」

 その場にいる者たちは、そのガラムというのが誰なのか分からなかった―――ただ一人を除いては。

「―――今一度、時の理を歪めることを許したまえ…!!―――sTopストップ!!!」

 彼女が唱えると、周囲の生物以外の全てが空気に縫い付けられたかのように制止した。風で揺られていた草も、降っていた雨も、そして兵士らに迫っていた土石流も。

「あぶねぇな…全員、あと少し先に進むんだ!そっちはほかの場所より高くなってる!いったんそこで土石流をしのぐんだ!」

 マンサクは兵士らに指示を出し、避難誘導を優先させた。

「緊急的に止めたからすぐ限界が来ますわ!全員、早く避難しなさい!あとマンサク!二度とガラムって呼ばないで!」

 オーニも、兵士らを避難させることを優先した。その二人の行動により、兵士らは迅速に避難を行うことができた―――兵士らは、だが。

「何してるの!ルーク!」

「ルーク様!早くこちらへ!」

 ただ一人、王子は避難しようとはしなかった。彼はただ、停止している土石流の方を眺めている。

「…僕は正しい判断をしたのか、ずっと考えてるんだ。」

 数人の兵士が高台から下り、ルークのもとに来た。彼らは意地でもルークを高台へと連れていこうとしている。しかし、引いても押してもルークはびくともしなかった。

「あの日言われた…あの言葉。あれは君が優しいから出た言葉なんだと思ってたよ…。」

「もう…たない…」

「オーニ…!爪ぐらいなら代償で…」

 杖を構える暇がなかった彼女は、利き手である右手を突き出し、それを何とか左手で支えていた。彼女の右手から血が滴った。

「もう爪は代償で払ってる…!なんせ止めてる範囲が広いのよ…!村全体を”進める”のもかなりの重労働なのに…!」

 何とかしてルークを救い出そうとしているオーニ達をよそに、彼は独白をつづけた。

「でも、そんな君の人生を、僕は邪魔してしまったんだ。オーニから聞いたよ。君の親は君を守ろうとしていたんだって…」

 オーニの右手の小指が逆に曲がった。彼女はただ歯を食いしばり、他のものがルークを何とかする時を待っていた。

「だから、今度は何もしなかった。でも、僕は…それがきっと間違った選択だと強く感じるんだ。」

「何をしても、僕は正しくなれない。どこに進んでも、僕は穴に落ちるんだ。僕を信じてついてきてくれる者も大勢いる。けれど………」

 時間が少しだけ進み始めた。ゆっくりと、再び土石流がルークへと迫り始めた。

「お前達!もう無理だ!早く上がって来い!ルーク様はもう助からん!」

「うるせぇ!俺達の指揮官はルーク様以外あり得ねぇんだよ!」

 四人の兵士たちはどうにかしてルークを動かそうとしたが、彼は依然として動かない。

「そんな、僕についてきてくれる者たちが、僕の落ちた穴に続いて落ちてしまうと考えると、僕はもうここで歩くのをやめた方が良いのかもしれない。」

 そこまで言って、初めてルークはオーニの方を見た。彼の瞳は何もかもをあきらめた人間のそれをしていた。光を返すことが無い、曇った瞳だ。
 彼はオーニに優しく語り掛けた。

「オーニ、今までありがとう。みんなも、ここまでついてきてくれてありがとう。あとは各々の道を歩んで行ってくれ。」

 オーニは、小指から中指までが反対方向に折れた手を下ろした。その瞬間、土石流はルークを飲み込み、山の下の方へと流れていった。彼を何とかして助けようとしていた四人の兵士は、土石流に飲み込まれる直前にルークによって高台へと投げられていたために無事だった。

 こうして、指揮官を失った彼らは、土石流が全て流れ去るまでを眺め、前哨基地へと戻った。自分たちの任務を果たすことはできたが、彼らは誰も浮かない顔をしていた。
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