14 / 17
第一章 僕は僕ですが
第五話 魔術
しおりを挟む少し前にも触れたが、魔法というのはこの世界の大気に含まれる”魔素”という物質に何らかの方向性をつけ”魔力”に変換、その力を利用し世界に変化を起こすことであった。
では、”魔術”というのは?
魔法は魔素を魔力に変換するという手間があったが、魔術にはそれがない。つまり、魔素の変換過程で必ず出てきてしまう無駄を極限まで減らすことができるのだ。
しかし、それが使えるのは体が魔素で構成された魔獣か、無意識でも魔素を捉えることができる魔人しかいない。
では、魔人は何者なのか―――魔人とは、赤い髪を持った女性である―――わけではない。魔人はそもそも人ではない。
例外的に人となった魔獣、これが魔人の正体である。ただの理性を持った魔獣である。
そして、ユウトはそれである。
ある時、ユウトは絶飲絶食をしていた。一般人なら死んでしまうような期間のそれでも、ユウトは生き続けることができた。つまるところ、魔獣や魔人は魔素を栄養に変えることができるため、長期間の飲まず食わずに堪えることができたのである。
まぁ、それは一旦置いておくとして、着目すべきは魔人は魔素を魔力に変換することが無いので、その過程で生まれる無駄を大幅に削減できるという点だ。
つまるところ、魔力を受け入れる器なしに魔素をそのまま行使できるので、器の酷使による器の損傷が起こらないのだ。これはつまり”代償”なしで魔法を使えるという事を表している。
例えば、もしも長距離時空間跳躍移動をユウトが行使していたのなら、大気中の魔素を消費するのみで、誰かがその時空間上から消え去るなんてことは起こらなかったのだ。
しかし、オーニソ・ガラームは長距離時空間跳躍移動の代償をユウトに肩代わりさせ、それを行使しようとした。
ユウトは魔人なので、魔法ではなく魔術を行使する。一方、オーニは魔法を行使した。魔素を魔力に変換するためには、どこかで受け入れなくてはならない。しかし、ユウトは生物的にその機構を持っていなかった。
結果として、すべてをオーニの体で受け入れ、そこで変換することになった。
それがただの魔法であるならば、存在までが消えることはなかったが、何せ時を操る―――時空を司る神による魔法であったため、オーニソ・ガラームの全てを以って、長距離時空間跳躍移動の行使に至ったのである。
■■■
僕以外の全員がオーニのことを忘れてもう一週間が経った。皆がいつも通りの日常を過ごしている中で、僕のみが非日常を過ごしているように感じた。
「ユウト、どうした?手が止まってるぞ?」
マンサクが僕の方を向いて言った。
「…マンサクさんって、オーニさんのこと知ってます?」
「オーニ?誰だそれ…」
「……何でもないです。」
一料理人が知るはずもなかった。この一週間、僕が話しかけることができる者に片っ端から話しかけて、オーニのことを知っているか確認した。
結論、彼女のことを覚えている者は僕以外で誰もいなかった。オーニとは別に、「時を操る魔法使いを知っているか」という質問もしてみたのだけど、皆が口をそろえて「知らない」と言った。つまり、現存する「時使い」というのは僕のみとなる。この状況は普通に考えたらかなり都合がいいのだけど、しかしよくよく考えてみると全くよくない。
オーニという時使いは、周辺諸国に少なからず圧力をかけていた。そんな彼女の存在がすっかりなくなってしまったのなら、この国は一瞬で攻め落とされてもおかしくない。
「……矛盾?」
オーニが存在ごと消え去ったのなら、彼女がこれまでやったこともすべてがなかったことになっているはずだ。つまり、僕が彼女から学んだ時を操る魔法というのも使えるはずがないわけで…
僕は試してみようと、洗っている最中の皿を手に取り、床に落としてみた。
白く薄い円盤は、灰色で硬い石の床に衝突しかけた。
「―――時間停止」
唱えると、厨房の中にあるすべての物質が、その時を止めた。マンサクも、落下している皿も、僕以外の全てがその場で電池が切れてしまったかのように停止した。
全てが休止したその空間で、僕は床に触れんとしている皿を持ち、魔法を解いた。
すると、何事もなかったかのように、すべての物質はその活動を再開した。
僕の手には、たった今落とした皿がしっかりと握られていた。
「…矛盾だ。」
彼女の存在が無くなったはずなのに、僕は彼女に教えられた時を操る魔法を使う事ができる。僕の中で、ある一つの仮説が浮かんだが、それを確定させるには証拠が少なすぎる。時を操る魔法の知識を記憶しているためにそれを行使できるだけで、実は本当に彼女が存在ごと消されたのかもしれない。
さて、僕の中で生まれた仮説というのを何とか証明するために僕がとった行動というのはとてもありきたりなもので、つまり帰郷だった。
「少しやり残したことがあるので、あの村に一回戻りたいのですが…」
「いいよ!じゃあ明日にでも出発しようか!」
僕が話しかけたのはルークだった。というか、彼の許可がなければ僕は外出ができない。この前、勝手に外に出たので、それのペナルティのようなものが課せられたのだ。
「ちょうどそろそろ前哨基地に行こうと思ってた頃だし、ちょうどいいよ。」
彼は僕の頭をなでながら言った。最近僕の周りの人たちのボディタッチが多くなってきてる気がする。いや、別に嫌ではないし、純粋な母性父性のようなものだと思うから別にいいのだけど、そろそろ僕は思春期なので少し気になり始めるのだ。
僕は頭をなでてくる彼の手を掴んだ。
「…ん?あ、あぁ!ごめんね!ちょっと距離が近すぎちゃったかな?」
彼はそう言うと、僕の頭の上に置いていた手を慌てて離した。
「…えぇ、まぁ…」
二人の間に微妙な空気が立ち込める。見上げてみると、彼は僕から目線を逸らし、整った金髪を掻いていた。
いつか、僕が執事長から言われた言葉が頭の中に浮かんだ。
「つまり、彼があなたに惹かれてしまうかもしれない、という事です。」
そんなことはあってはならない事だけど、この世には万が一がある。彼から見た僕はもちろん同性だろうけど、僕から見た彼は異性なのだ。僕が意識してしまう事はあっても、彼が意識するようなことはない。絶対にだ。
そんなこんなで、僕とルーク、その他の兵士たちはフェルノーデス村へと足を運んだのだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる