上 下
12 / 17
第一章 僕は僕ですが

第三話 戻って戻って戻ってー1

しおりを挟む

「―――万物に宿りし精霊よ…この者の傷を癒したまえ―――」

 基地にて、オーニは怪我の治療を受けていた。
 魔法の行使には基本的に大気中にある魔素を用いるが、それを受け入れる器を酷使してしまうと、今回のような傷を負うことになる。彼女らはそのことを代償と呼ぶが、ただ単に器が壊されてしまうというだけである。

「はい。治りましたよ、オーニさん。」
「…ん、ありがとう。」

 前哨基地には、回復係――治療師が常駐している。戦場から帰って来た兵士たちを応急的に癒すために。

「おい、治療が終わったならちょっと来てもらえるか?」

 オーニの後ろから、マンサクが声をかけた。彼はまるでいつも通り、ルークが土石流に飲み込まれた後であるという事を忘れているような声色をしていた。
 そんな彼に、オーニは黙ってついて行った。

 外は雨がやみ、暗くなっており、黒色をした空には無数の星たちが輝いていた。
 マンサクは前哨基地を出て正面にある丘を登り始めた。

「今まで雨が降ってたのに、晴れた夜空は奇麗なもんだな。」

 マンサクは丘を登りながらつぶやいた。

「…そんなことを話すために私を連れだしたわけじゃないでしょう?それに、まだ雲がかかってるわよ。」

「…なるほど。じゃあ聞くが、お前さんはどうして時を戻さなかった?正確に言えば、土石流の時だが。」

「私の時を操る魔法は同時に他の操作はできないわ。しってるでしょう?それに、”戻す”のは”止める”のよりも難しいのよ。消費する魔素も膨大になるし、私の全てを代償にしないと大幅な遡行は不可能なの。」

「…そうか。」

 やがて、二人は丘の上に生えている巨木の根元にたどり着いた。なんとなく、特に理由もないが、二人は自然とその根元に座った。

「じゃあ私も聞きますが、あなたはどうしてあの時、ずっと安全地帯で叫んでいたんです?」

「ガラームが自分の全てを代償に遡行させなかったのと同じ理由って言えばわかるか?」

「なんでその名で呼ぶのよ。嫌いなのだけど。」

「まぁまぁ、幼馴染の仲じゃないかオーニソ・ガラームさんや。」

 マンサクはそう言うと、オーニの肩に手を置いた。オーニはその手をすぐさま手で払った。
 そして、彼らの間に少しの静寂が走る。

「ねぇ、」

 口を開いたのはオーニだった。

「一つだけ方法があるの。”転換点”へと戻ることができるほどの遡行を使う方法が。」

「ほーん。そんなのがあるのか。…まさか、自分を犠牲にするとかじゃないよな?」

「右手はなくなるだろうけど、多分それだけで済むわ。」

 彼女はスッと立ち上がった。その彼女の姿をマンサクは横目に見ながら、ただぼうっと夜空に浮かぶ月を眺めていた。

「正直悩みましたけれど、あの子を代償にすればあるいは…」

「ほーん…ユウト君か。」

 マンサクは、最近よく話すようになった少年のことを頭の中に思い浮かべた。赤い髪、小さな体躯、中性的な顔立ちのそれらを思い浮かべ、その後に、彼がルークに拾われたことと、この侵攻の少し前から彼とルークの間に少し距離が生まれたことを思い出した。

「そうか…あの子はルーク様と仲が良かったからな…」

「思いが強ければ強い程、魔素へつける方向性が強くなる。強力な魔力が生まれる。それを利用すれば何とか行けるわね。」

 彼女は丘を下り始めた。

「本当にやるのか?」

「ええ。」

「ユウトの気持ちを考えたりはしないのか?」

「死んだらそれまでよ。じゃあ聞くけど、あなたはユウトとルークの命、どっちの方が大切なのかしら?」

 マンサクは口ごもった。たかが数日間過ごしただけのユウトと、何年間も仕えてきた主君。そんなの比べるまでもない―――が、

「きっとルーク様は自分の命よりユウトの命を優先するだろうからな。」

 結局、どっちつかずの答えとなった。そんな迷った末の答えを聞くと、オーニは「ふうん」とだけ言い、丘を降りていった。
 マンサクはというと、相変わらず巨木の根元に座り込み、ただ月を眺めていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

処理中です...