薄氷の貴公子の真実

にじいろ♪

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第一章

初夜

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婚姻の儀は、慎ましやかに行われた。
公爵と言えど、王の許可を得て教会で神に誓うのは全国民同様なのだ。

「ついにこの日が来た。今日から、正真正銘、僕のグランだ」

「っっ!!わ、分かってる!うっせぇな」

真っ白な正装が、こんなにも似合う男がいるだろうか、いや、いない。晴天の青空と瞳の色が調和して、神より神。
ネクタイピンや飾りボタンに俺の黒を然りげ無く取り入れているのが余計に気恥ずかしいし、嬉しい。
かくいう俺も、白の正装にヒッポの銀色や薄青色を散りばめられて、まるでヒッポに全身を包まれているようで、身体が勝手に熱くなる。

「美しいな、グラン。君と愛し合える日が待ち遠しい」

「あっ、あいっ?!そ、そういうのはっ、夜に」

「···夜?」

俺は初夜のことが頭から離れなくて、思わず余計なことを口走っていた。カッと顔が熱く火照る。

「なっ、なんでもねぇよ、バカ!」

俺は17歳、ヒッポは22歳。
そういうことに興味がある年頃なんだから仕方ない。俺は、あの夜からヒッポからの視線に意味を見出してしまっていた。
食事の時も、一緒にお茶を飲む時も、なんの事無い世間話のひとときも。ヒッポが俺を見る視線に胸が高鳴る。
けれど、ヒッポは、俺に対してただの一度も、直接性的な話題を持ち掛けることは無かった。そう、手を握ることさえ。
だが、今日は俺達の初夜。当然、そういうことになるはず。だって、ヒッポは俺のことをそういう風に見ているんだから。
俺だって、結婚となれば今更勿体ぶったりしない。こんな俺で良ければとさえ思う。
だが、閨の勉強をしたいと思い切ってネフさんに言ったら、初夜にヒッポから直接教えてもらうようにと断られた。
でも、女は勿論経験無いし、男なんてどうやるのかサッパリ分からない。不安と緊張で、この一週間はあまり眠れなかった。

「目の下に隈がある。大丈夫?」

「ぜっ、全然平気だし!余裕っ!」

少しだけ屈んで俺の顔を下からヒッポが覗き込む。あまりの近さに心臓がバクバクだし自分が臭く無いかなんて余計な心配までしてしまう。

「そうか、良かった」

幸せそうに微笑む旦那が、こんなに綺麗なんてあり得るか。俺は、期待に高鳴る胸を抑えることしか出来なかった。今夜、俺は、この人と···喉が鳴る。

遂に、遂に来た。
初夜だ···






「···え、朝?」

俺は全身を隅々まで使用人の皆に磨き上げられて、とんでもなくスケスケの下着を着る羽目になったが、ドキドキと胸を高鳴らせて夫婦の寝室へ入った。
俺はまだ酒も飲めないから、完全にシラフの状態で、ものすごく緊張したし、不安に押し潰されそうだった。
早くヒッポに来て欲しい、いや、まだ心の準備が、と右往左往しているうちに時間は過ぎ、そのまま朝を迎えた。

「来なかった、のか?」

何度もヒッポの自室の扉の前に行ったが、とうとう開ける勇気が出なかった。こんな格好で行って、俺一人だけ準備してたとなったら、二度と顔を合わせられないと思った。ヒッポに俺の勘違いを指摘されたら死んでしまう。

「なんだよ、バカか、俺」

期待してたなんて恥ずかしくて絶対に言えない。ヒッポは、部屋に来ることも無かったんだから。

「俺のことなんて、別に好きでも何でも無かったってことか。勘違いしてたんだな、俺」

自嘲の笑いが込み上げると共に勝手に涙まで溢れた。俺は着ていた下着を剥ぎ取り、床へ投げ捨てた。これだって高価な物だろうし、俺には不釣り合いだったのに。

そう、何もかもが、最初から俺には不釣り合いだった。たかが男爵の庶子ごときが公爵様と結婚なんて。遊ばれていただけだったのだ。貴族が、暇と時間を持て余して俺という人形で遊んでいただけ。

そう思うと、涙が止まった。
世界の色が少し色褪せて見えた。

「そういうことか。ハハッ」

俺は自分の為に用意されて自室へと戻って行った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「奥方様!!大変、申し訳ありませんでした!昨夜は旦那様が、急な腹痛で倒れてしまいまして」

しばらくすると、髪を振り乱したネフが俺の部屋に駆け込んで来た。いつも冷静沈着なのに珍しい、と俺はやたらに冷めた目で見ていた。

「へぇ、大変だ」

「うっ、奥方様、ご気分を害されたかと」

「別に。腹痛いなら仕方ねぇだろ」

俺は、それ以上は何も言わなかった。ヒッポは、その日、俺の前に現れなかった。
そういうことだろう、と俺は納得した。



「は?今夜も?」

「左様でございます。昨夜は旦那様の腹痛がありましたが、今夜こそは大丈夫でございます!今夜こそ、私共も全力で挑みますので!」

俺は、ネフやら使用人の方々の迫力に頷くしかなかった。そうして、再び、夫婦の寝室へ。今回はスケスケじゃなくて落ち着いた色合いの下着。
今回は、少し気持ちも落ち着いてはいたけれど、どこかで期待もしていた。昨日は腹痛だったなら、今日こそ来るに違いない。
上手く出来るだろうか、いや、上手くも何も初めてなんだから···

そう悩んで寝台の上でゴロゴロ転がっているうちに夜も更けて、俺は寝ていた。
そして、朝になっていた。

「来てない、よな」

ヒッポの自室の扉を見るが、固く閉ざされたままだった。
俺は虚しさと寂しさと、自分に価値が無いと言われている気がして、涙が込み上げた。

「ぐすっ、クソ、こんなんで泣いてたまるかよ」

グッと奥歯を食い縛って耐えた。
良い奴だと思っていたのに。初めは兄のように思っていたけれど、俺に向けられる欲を知ってからは、意識してしまい、いつの間にか、すっかり受け入れていた。

「もういい。あんな奴と離婚して、かわいい女と結婚する」

俺は、そんなつもりなんて無かったけれど、悔し紛れに呟いていた。粉々に砕かれた自尊心とプライドを保つ為には、何か言わないと耐えられ無かった。

「大体、男同士なんて気持ち悪いだろ。俺は女が好きなんだ。男となんて、こっちから願い下げだ」

苦しくて苦しくて、こんなに胸が裂かれるような苦しみを与えるヒッポを憎いとさえ思った。

俯いて肩を震わせていると、ヒッポの自室の方から野生の獣のような鳴き声が聞こえた気がした。何か動物を飼っていたのかもしれない。

けれど、俺は知らない。ヒッポが動物を飼っていることも、何もかも。
もしかしたら、ヒッポには別に愛する人がいたのかもしれない。俺は、隠れ蓑として使われているのかも。本当は俺のことなんて····

「愛してない」

俺は野生動物の鳴き声を聞きながら、自室へと戻り悲しみと共に深い眠りについた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その頃のヒッポ様の有り様は、凄まじいものでした。

「あああーーーーーっ!!!!死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、僕なんて生きてる意味が無いんだ」

半狂乱となったヒッポ様が、床や壁に頭を撃ち付けて泣き叫ぶ。既に頭から流血しており、大惨事だ。

「お止め下さい、ヒッポ様!グラン様は、長くお待ちになっていたから、少し不機嫌になられただけでございます!」

「だって、だって!!男同士なんて、気持ち悪いって!!愛してないって!!分かっていたけど、もう死にたい!それに、長く待たせたって言ったって、あのグランが待つ部屋に簡単に入れる筈無いだろう?!大体、なんだよ、あの格好!あんな、あんな破廉恥な!僕が目の前まで辿り着けるはず無いだろ?!」

「あれはヒッポ様がお選びになった筈ですが」

「グランが着たら、あんなに妖艶になるなんて思わなかったんだよ!何度も鼻血が出過ぎて貧血になるし、僕の愚息は治まらなくて暴発するし、とてもグランの前に出られる状態じゃなかった!ネフも知ってるじゃないか!」

「承知しておりますが、とにかくサッサと謝罪に行かれた方が傷が浅いかと思われます」

「分かってる!けど、治まりそうにないんだから仕方ないじゃないか!」

ヒッポ様は、初夜の晩に夫婦の寝室の扉を僅かに開けて、そこに居たグラン様の姿に股間を直撃され、撃沈したのだ。
その場で鼻血の噴出と息子の暴発、白目を剥いて倒れた。
その介抱をして、着替えさせて、再度挑戦、というところで再び出血、を繰り返して最終的に貧血で医師の治療を受けた。
そして、今度こそはと再挑戦した翌日。

「あんなに色っぽい夜着を着せて!いや、何で唇が光ってるんだ?グランは淫魔か何かか?そんな、こんなの耐えられないだろう!」

再び扉前で暴発、鼻血、と止まらず。私達も途方に暮れた。

「もう、そのままで部屋に入られては?きっとグラン様ならご理解頂けます」

「嫌だ!グランにこれ以上、嫌われたくない!僕を愛してないって、女と結婚するって、グスッ」

駄々っ子のように泣いて暴れる主君に、溜息しか出ない。

「はぁ、それならば、全身全霊でグラン様に愛を乞われたらいかがですか?」

ピッと泣き止んだ。

「愛を、乞う···よし、分かった」

私達も、ようやく泣き止んだ主に胸を撫で下ろした。次の夜着は一切の露出も無いものにしようと心に決めて。



「は?また?もう要らないって言ってくれ」

あれから、旦那様は何を思ったか、奥方様へ毎日毎日、プレゼント攻撃に出た。
直接話そうとすると『男同士なんて気持ち悪い』『女と結婚する』『愛してない』が思い出されて、嫌われたくないと焦り過ぎて、まともな会話すらままならなくなっていた。

「奥方様、申し訳ありません。旦那様が、どうしても受け取って欲しいと仰られまして」

それは、銀色と薄青色の宝石が嵌め込まれた蝶のブローチ。繊細なモチーフで美しく、一目で高価と分かる品。

「···貴族って、大変だな。好きでもない相手にも気を遣わないといけないんだもんな。ご苦労なこった」

フン、と鼻を鳴らすグラン様は歪んだ笑みを浮かべていた。そう、グラン様はヒッポ様に好かれていないと誤解してしまわれた。何度も何度も私達が説明しても、結果として夫婦の寝室に旦那様が入ることは叶わず。そうしているうちに、すっかりグラン様の心は冷え切ってしまわれた。

「決してそのようなことではございません。ヒッポ様はグラン様のことを心より愛しておいでです」

「···気ぃ遣わせて悪いな。でも、もう良いから。俺さ、この屋敷、出てくよ」

「なっ、何を仰いますか、グラン様!いえ、奥方様、そのようなことは」

「もう決めたから。これ以上、ここに居るの、辛い」

寂し気に笑うグラン様に、私達は涙を禁じ得なかった。グラン様の辛さも、本当に良く分かっていたから。

「誠に、誠にっ、グラン様には心労ばかりおかけして、これ以上のご負担は避けたいのですが、しかし、グラン様が去られれば、このガルシア公爵家は滅びます」

「そんなはず無ぇし···本当に好きな相手とヒッポが結ばれるのを遠くから祈ってるから」

「それがグラン様なのですっ!!どうか、どうか、私達に免じて、あと少し!三年だけでも良いのです!どうか!」

どんなに筆舌を尽くしても、ヒッポ様の心は理解はして頂け無かった。そりゃそうだ。
だが、どうにかこうにか、私達への恩義を盾に、猶予を貰うことには成功した。

「はぁ······分かった。じゃあ、三年だけな。三年、何も無ければ俺は出て行くから」

「分かりました。しかし、何か起こる為のご協力をお願い致します」

「協力?世話になってるからな。別に、俺が出来ることなら何でもしてやるよ」

そうして、始まったのだ。
拡張への旅が。
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