薄氷の貴公子の真実

にじいろ♪

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第一章

グラン-ガルシア

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俺は男爵の庶子だなんて知らずに生きて来て、明日15になるって晩に母さんから涙ながらに聞かされた。
はぁ、だか、へぇ、だか返事をしたような気もする。よく覚えて無い。
そうして、次の朝、生まれて初めて馬車に乗せられた。俺が去年プレゼントした安物のハンカチを握り締めた母さんに見送られた。母さんが泣いていたから、俺は泣けなかった。

馬車から降ろされて、引き摺られるように背の高い男の前に立たされた。それが、俺の父親だった。

「ふむ、まあまあか。しかし、こんなのが其れ程にお気に召すとは、神童公爵様も変わり者だな。ガルシア家も、どうなることやら」

それが、初めて父親から掛けられた言葉だった。俺には発言さえ許されていなかった。ただ、唇を噛み締めて下を向いていた。
外が騒がしくなったと思ったら、俺の後ろにあった扉が突然、開け放たれた。

「グラン!!あぁ、遂に再会出来たね、グラン!」

現れたのは、教会の絵から出てきた神様か天使のような男だった。そう、間違い無く男なのに、とんでもなく綺麗過ぎる。
俺の心臓が止まったかと思った。

「これはこれは、ガルシア公爵様。お呼び頂ければ、息子を連れて、こちらから伺いましたものを。このグランも、公爵様とお会いする日を待ち望んでいたんですよ」

慇懃に頭を下げる男の顔がニヤけていて腹が立った。俺のことも、この公爵様のことも見下してる癖に。
絶対に思い通りになんてならないと腹に力を込めた。

「本当に?!グラン、僕のことを」

「知らねぇよ、あんたなんか」

「なっ?!何を言うか、グラン!公爵様に無礼なことを!」

父親面した初対面の男が、俺に手を挙げようとする。俺は睨み返しながらも、歯を食い縛った。負けたくない。こんな奴に。権力なんかに、負けてやるもんか。ぎゅっと目を閉じた。

でも、衝撃は来なかった。

「お止め下さい、トルネ男爵。グランは既に僕の婚約者です。彼に手を挙げることは公爵家に手を挙げることになりますよ。その覚悟がおありで?」

奴の腕を捻り上げて、綺麗な公爵様が、嘘みたいに綺麗に笑った。すぐに腕は解放されたが、男爵野郎は痛そうに腕を擦っていた。少し胸がすっとした。

「じょ、冗談です、ガルシア公爵様。息子が悪ふざけをするものですから、少し懲らしめてやろうかと」

「グラン、僕のことは覚えていないの?本当のことを教えて」

男爵野郎を無視して、公爵様は俺に向き直った。俺は、チラリと鬼の形相の男爵野郎を見たが、すぐに視線を公爵様に戻した。あんな奴の思い通りにだけはならないと心に決めて。

「だから知らねぇって。顔も名前も知らねぇし、大体、お貴族様と会ったことなんて無い。それに俺は男だ。男同士で婚約なんて出来ねぇだろ。誰かと間違ってんじゃねぇの?」

俺は真正直に答えた。あんまりにも綺麗な瞳と目が合うから、身体が熱くなって俯きたくなる。こんなに透き通った色は見たことがない、なんて考えてしまう。

「なんてことだ。あの運命的な出会いを忘れているなんて···それに、僕との婚約を承諾してくれたって、ここに書状もあるのに」

目の前にぺらっと立派な羊皮紙を出されても、難しくて俺には理解出来なかった。

「何て書いてあんのか分からねぇし。この男にも、今日初めて会った。なぁ、ほんとに俺なのか?男同士だろ?」

突然、綺麗な公爵様が俺の前に跪いた。

「ヒッポ-ガルシアの名において、グラン-トルネへ求婚します。神に誓って貴方を傷付けることはしない。許可無く触れることもしない。どうか、僕の庭に花咲く薔薇のように僕を照らして欲しい」

「薔薇てw」

小声で、背後に控える執事らしき人が呟いたのが聞こえて、あんなに腹が立っていたのに、急に笑いが込み上げて来た。緊張し過ぎて頭が可笑しくなっていたのかもしれない。でも俺は、この公爵の手を掴むのが最善だと思った。掴みたいと思った。

「ちゃんと毎日水与えろよ」

俺は、綺麗過ぎる男の手を力強く握りしめた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「グラン!剣の稽古をしよう!」

二年の婚約期間を過ごすこととなり、その婚約期間も貴族のマナーや知識を学ぶ為にと、このヒッポの屋敷で暮らすことになった。ご両親は既に別荘で隠居しており、この屋敷は俺とヒッポの為のもの。何不自由ない暮らしはある意味、退屈だった。
これは、その婚約期間のある日のこと。

「いいぜ。体が鈍ってるからな」

ヒッポは、当初から俺と積極的に関わろうとしてくれていた。この婚約期間、俺はヒッポのことを頼れる兄貴のように思えていた。

「行くぞ!手加減しないからな!」

マナーや勉強ばかりの毎日で、この裏庭での剣の稽古は俺の好きな時間だった。
ヒッポは剣の達人らしく、完璧な太刀筋だった。対する俺は我流だが、持ち前の身体能力の高さで、それなりにヒッポと互角に渡り合えていた。
今日も、軽快に剣を打ち合い、最後の試合となった。互いに模擬剣だが、試合は毎回本気だ。
ヒッポは俊敏さを生かして俺の背後に回る。俺もトリッキーな回転でヒッポの剣を避け、後ろへ飛び退く。しかし、一瞬遅かったらしく、ヒッポの剣が当たり、俺のシャツのボタンが幾つか弾けた。大きく胸がはだけたが、気にしてなどいられない。

「チッ、まだまだぁ!!」

俺は気にせずヒッポに向けて走り出そうとした。が、ヒッポは地面に伏していた。
そして、地面の石に思い切り頭を自ら打ち付けた。どくどくと多量の血が地面に広がる。

「···は?」

「···え?」

俺と執事のネフの声がこだました。

すぐさま、医師を呼び屋敷へと運び込まれたヒッポには早急な治療が施された。幸いにも傷は浅く、出血の割に回復も早かったらしい。僅か一週間でヒッポは笑顔で俺に言い訳してきた。

「いやあ、足を滑らせて石に頭をぶつけるなんて、僕もまだまだだよ。心配掛けてすまなかったね、グラン」

「はぁ、足を滑らせて···?」

執事や使用人達がヒッポの後ろで頷いている。そういうことにしておけ、という意味らしい。完全に自分で頭を強打していたが。

「き、気をつけろ、よ?」

「ああ、ありがとう!グランは今日も蜂蜜のように甘い香りがするね。薔薇も霞む程に美しくて、君の前では我がガルシア家の庭師もお手上げだ」

「まだ、どっか悪いんじゃね?もう少し寝てろよ」

俺は、顔を挙げられ無かった。
全て知ってしまっていたから。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ヒッポが頭を強打して倒れた晩、俺は心配でヒッポの寝室を訪れた。婚約者だから、当時の俺は客間を使っていた。だから、普段は行かない少し離れたヒッポの部屋に向かうのは少なからず緊張した。詳しく言えば、訪れようとした、だが。
扉を開けようとして、中から聞こえた声に耳を澄ませてしまったのが悪かった。

「だからって、頭を石に打ち付けるなんて、狂ったかと思いましたよ。グラン様も引いておられました」

「仕方ないだろう?!グランの胸を直視してしまったんだ。しかも、桃色の乳首まで!あんなの我慢出来ないだろう?!そりゃあ僕の息子も爆発するに決まってるさ!だから、頭を打ってまで誤魔化したんだろう!」

「そこはご英断とも言えます。射精を出血で誤魔化すとは、並の頭脳では思い付きませんから」

射精···え、なんて?何の話してるの?

「グランの顔や身体を直視したら、僕はすぐさま勃起してしまうだろう?でも、グランは男同士には抵抗があるようだから、無理強いはしたくないし、僕のこんな浅ましい欲を知られたく無い。だが、このままでは、いつかまた暴発するんじゃないかと自分が恐ろしい」

暴発?勃起?ぼ?

「それならば、婚姻までは好感度を上げながら影で自己処理するしか無いでしょう」

「婚姻しても、グランが僕を愛してくれるまでは我慢するつもりだ!許可無く触れることはしないと誓ったのだから!」

「とりあえず、そのイチモツを仕舞ってから立派な事は言ってもらえますか?」

薄く開いた扉から見えたのは、頭に包帯を巻いたヒッポと、その股間に聳え立つモノ。紛れもなく聳え立っている。

「無理だ。昼間のグランの乳首が脳裏から離れない。頭の血は止まったから、こちらから少し抜かないと治まりそうにない」

デカ過ぎるモノと、それを擦る音が夜の廊下に響く。なぜか喉がカラカラに乾いていた。

「承知しております。こちら、グラン様が本日お召になっていたシャツでございます」

ネフから白いシャツが手渡されると、ヒッポはすぐさま匂いを嗅いだ。

「はぁ、グランの香りだ。あぁ、なんて淫靡なんだ。たまらない。グラン、グラン、僕のグラン」

俺のシャツだという布で、ヒッポの巨大なモノが掻かれている。布擦れの音と湿った音と息遣い。俺はなぜか興奮していた。でも、そんな自分が受け入れられなかった。

「グラン、はあっ、グランっ」

達したらしいヒッポが、今度はシャツを股間に巻き付けて溜息をつく。

「あぁ、いつかグランのナカを味わいたい」

俺は、自分の役割を理解した。
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