1 / 6
第一章
薄氷の貴公子
しおりを挟む
我が主は、それはそれは見目麗しい公爵令息でございます。
白銀色に輝く流れる絹糸のような髪に、透き通る空のような薄青色の瞳。
鼻筋も輪郭も唇も、その全てが神の造形としか言えない程に整い美しい。
体格にも恵まれ、すらりと伸びた四肢に程よく筋肉もあり、剣の腕も立つ上に頭脳明晰。領地運営に加えて王の相談役まで務める、うら若き男神。世の女性の羨望の的、齢25歳。
主が歩けば道が割れると言われる程に人々の注目を浴び、ついた通り名が「薄氷の貴公子w」失礼致しました。wを付けてしまいました。いや、だって、薄氷の貴公子てww。スケートリンク無ぇし、この世界。ゴホン。
ご紹介が遅れました。
私、ガルシア公爵家に長年仕える執事、ネフと申します。
何を隠そう、私は転生者。
前世は純白な腐女子を全うしておりました。それが、何の因果か、神の気遣いか気の迷いか、現在、私の目の前でBLが始まろうとしております。いや、とっくに始まってはいたのです。やや、おかしな展開ではありますが。
「ネフ!!見ろ、グランが空を見上げたぞ!何と神々しいんだ。神に感謝しなくては!」
「はぁ、左様でございますね」
先程、ご紹介致しました薄氷の貴公子wこと、ヒッポ-ガルシア様。ヒッポてw
この国では、太古の昔に世界を繁栄させた偉人の名が言い伝えられており、その名を冠するのは名誉なこと。貴族の名付けは教会で神の啓示の元にされるため、当然拒否なんて不可能。というわけで、太古の偉人の名を授けられた生まれながらにして特別なヒッポ様wいや、ヒッポwて。二度目。
兎に角、そんな特別感満載の貴公子の彼が、今、広い御自分の屋敷の一角で何をしているかと言えば。
「はぁ、グラン····今日も美しいな」
「誠に、奥方様はお美しいですから、さっさとお声を掛けてみては?」
奥方様(♂)のグラン様のストーカーもとい尾行。いや、観察?研究?もはやどんな言い訳を並べても意味不明。
要するに、ヒッポ様は、奥方様に片想いストーキング中。
「そんなこと出来るはずが無いだろう?僕は自由な彼を縛り付けている張本人なのだから!これ以上、嫌われるなど耐えられない!!それに、グランは····女が好きだろう」
薄氷の貴公子というより、メンタル激弱過ぎて水たまりに張った薄氷並みにヒヨってる奴がコレ。溜息が深くて、無駄に長い睫毛が震えて、世間の子女が泣いて大喜びする萌えシーンに見えますが、ここは敢えて言いたい。
「では、そのイチモツをひとまず仕舞ってもらえますか?」
「あんなに憂いを帯びたグランの横顔を見て、この衝動を耐えることなど私に出来ようか、いや出来ない!!」
倒置法使うなや。
世間のイメージとあまりに掛け離れた主の姿に、深過ぎる溜息をつきたくもなる。
なにせ、東屋でお茶を楽しむ奥方様を屋敷の影に隠れて盗み見ながら、こともあろうかイチモツを出して擦っているのだから。
それに付き合わされる執事の立場も考えて欲しい。これ、何ハラ?あ、イチハラか。
「そんなことをせずとも、既にご結婚されているのですから、夫婦の寝室へ」
「駄目だ!!グランの許可が出るまで一切手を出さないと誓ったのだ!例え何十年かかっても、いつか心を通わせてから結ばれたいんだ!分かるだろう?」
「想いを通わせるって、こんな影からどうやって?ご結婚から三年近くなりますが、御自分に興味を持って貰えるようなことをされましたか?」
ガックリと地面に膝を着いて項垂れる薄氷の貴公子w。イチハラにイライラしてる為、ちょっと言い方がキツくなってしまうがご愛嬌。これくらい言わないと進まないのだ。
「ゴホン。以前からお伝えしておりますが、グラン様は、旦那様を受け入れる準備をされておいでです。あとは、旦那様からのお声掛けを待っていらっしゃるんですよ」
旦那様は、地面に指で何か書き始めた。
「だが、僕と話す時はいつもイライラしているし。あれは、きっと僕が勝手に婚姻を進めたから怒っているんだ。それに、きっと僕のことなんて嫌いなんだよ、グランは、女性が好きだから、僕なんかと結婚させられて自由を奪われて、僕は恨まれているんだ」
ウジウジウジウジウジウジウジウジウジウジ·····あー!!イライラする!!!
「では、今夜も奥方様の寝室を覗いてみて下さいませ。夢でうなされていては気の毒ですから。これも夫の役目でございますよ。ね?よろしいですね」
「あ、あ、うん····」
ポッと頬を染めて俯く横顔は、確かに神の造形と言いたい程に整っている。けれど、その下には天を仰ぐイチモツ。残念な生き物の図鑑にでも載せてもらえ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夕食の時間。
「その、今日は何をしていたんだ?」
「別に。何もしてねぇよ。暇だから」
シンと鎮まり返る食堂。
バカデカいテーブルのあっちとこっちで向い合わせに座ってする会話はぎこちない。
グラン様は男爵家の庶子として生まれたが、引き取られずに15歳までを市井で暮らしておられた為、砕けた話し方をされる。そこがまた良いとヒッポ様は惚気けるのだが。
「そ、そうか。何か必要な物があればネフに言いなさい。何でも用意させよう」
旦那様なりに気遣いを見せようとするが、グラン様には通用しない。グラン様は上背があり筋肉質。硬い黒髪に三白眼の黒目。顔立ちもワイルド系イケメンだ。厚めの唇がセクシーだと我が主が毎日悶えている。
ヒッポ様が王子様系とするなら、こちらは辺境の騎士のような屈強さ。齢20歳。
「ハッ、何もいらねぇよ。こんな働いても無ぇのにタダ飯食って寝て暮らしたことなんて無いからな。この上に何か望んだら天罰下るだろ」
御自分の状況を嘲笑うかのような言い回しに、少し寂し気な表情をされるグラン様。彼も彼なりに傷付いているのだ。分かれ、ヒヨりヒッポ。
「き、君は働く必要なんて無い!そうだ、新しい服を買おう。ガルシア家の人間なのだから、常に良い物を身に着けてもらわなくては」
「服なんて、もう山程貰ったし、金の無駄遣いだ。これ以上あっても着て行く場所なんて無ぇし。大体、俺は着れれば何でも良いから、もっと世のためになる金の使い方をしろよ」
そう。このグラン様、まともなのだ。庶民として暮らしておられたから、経済感覚も何もかもが。貴族中の貴族&金持ち中の金持ちのヒッポ様には必要な御方だと我ら社員一同、心底思っている。
「き、君が良くても、ガルシア家の者がみすぼらしい格好をしていたら面目が立たないだろう!僕に恥をかかせないでくれ!君は公爵夫人なんだぞ!」
ガタン、と立ち上がり真っ赤になって叫ぶヒッポ様。この薄氷の貴公子、普段は有能で優美に何事も卒なくこなす癖に、グラン様のことになると、まさにヘッポコなのだ。
これも、奥方様に贈り物をしたいが為にゴネているだけなのだが、公爵家に嫁いだ男爵家庶子のグラン様にとってみれば。
「はぁ、分かったから好きにしろよ。俺はみすぼらしいからな。着飾らないと恥ずかしくて屋敷に置いておけないんだろ。こんな庶民なんかと結婚して苦労かけて悪かったな。薄氷の貴公子様」
まだ食事の途中だが、グラン様がガタンと立ち上がり、そのまま食堂を出て行かれた。
「なっ、ちがっ、待っ」
青褪めたヒッポ様の伸ばす指先は、今日も空を切る。
使用人も一同に溜息を吐く。
今日も、空回りだった。なぜこうも上手くいかないのか。
すぐさま、私含め数人の使用人がグラン様を追い掛ける。いつも、こうして取り持つ我らの苦労を少しは分かりやがれクソヒッポダメ貴公子様。
「お待ち下さい、奥方様。旦那様は、単純に贈り物をしたいが為に、あのような」
「だから、いらねぇって何度も言ってんだろ。この部屋見ろよ」
到着して奥方様が自室の扉を開ければ、そこは溢れるばかりの花や宝石で眩しい。目が開けていられない。
クローゼットを開けば、きらびやかな服、服、服、靴、靴、あまたの宝飾品の数々。
「ここまで揃うと、一つ一つはどんなに趣味が良い物でも、逆に悪趣味だ」
奥方様の言う通り。全く、その通り。こんなに毎日毎日毎日毎日、花やら宝石やら服やら靴やら贈られ続けて、あらゆる物が溢れ返るこんな部屋で過ごさなければならない奥方様に同情を禁じえない。
その上、少し話せばあの通り。三年近く、よく我慢されていると鼻の奥がツンとする。
「誠に、誠に、奥方様の忍耐力には頭が下がります。けれど、どうか、どうか、主を見捨てないで下さい」
我ら使用人の頭を下げた数は、既に数知れず。
「分かってる。あんた達には世話になってるから、俺も我儘は言いたくない。けどな、俺がここに来てから、もうすぐ三年だ。約束の三年だ」
「承知しております。何卒、あと少し、チャンスを頂ければ」
グラン様が、黒髪をかき上げて溜息をつく。これも主とは別の絵になる格好良さ。憂いを帯びたグラン様は、別の溜息が出る程に格好良い。
「無駄にならなきゃいいけどな」
グラン様用に軽食を用意し、食後は、湯浴みへと向かわれた。
チャンスはあとわずか。
ヒッポ様は知らないが、グラン様と我ら使用人で取り付けた約束がある。
あのヘッポコ具合いに、早々に離縁しようとしたグラン様に我ら一同が泣きついて、なんとか取り付けた約束。
『三年間、旦那様と結ばれなければ、この屋敷を出て行く』
その期日まで、あと一月なのだ。
溜息をつきたいのは、我らの方だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「では、旦那様。奥方様をよろしくお願いいたします。直接隣へ行って差し上げるのが良いかと」
夫婦の寝室は、旦那様と奥方様の自室の中央にあり、扉で繋がっている。
「そ、そんなこと、出来るはずないだろう?!今日も、怒らせてしまった···また嫌われた」
現在、その自室から夫婦の寝室へ繋がる扉の前に陣取る旦那様。凹んでる癖に下半身は凸。バカなのか。
「もはや、そういう性癖のようですね。ゴホン、失礼致しました。兎に角、中へお入り下さい」
「む、無理だ。今日も、ここから覗くだけで」
このクソチキンが。奥方様の努力を無に返しおって。扉を薄く開けて覗きながらイチモツを擦る変態公爵に、もはや掛ける言葉も見つからない。私は、その場を後にした。
「はぁ♡グランは、今日もなんて扇情的なんだ♡」
グラン様は、この屋敷へ来てから男性同士の睦事を学ばれ、旦那様と結ばれる為の努力を続けていらっしゃった。
それはつまり。
「なんて柔らかそうな蕾♡あんなに拡げて、健気に張り型を銜えて♡はぁ、たまらない。香油が蕾から垂れて、淫猥さが際立っている。あぁ、グラン、グラン」
夜な夜な夫婦の寝室で、一人張り型で拡張し続けているのだ。三年も。涙ぐましいどころか、涙も枯れる。
それを覗いて一人で盛り上がる旦那様に何度殺意が湧いたことか。
「もう無理だ。グラン様も我慢の限界だ」
使用人達も、既に諦めムードが漂っていた。起死回生の何かが無ければ、このまま奥方様は出て行ってしまう。そうなれば、ヒッポ様が屍のようになることは目に見えている。ガルシア家は終わる。遠縁から養子を貰う予定にはなっているが、それもあと十年後。それまでに没落するだろう。
これ以上、グラン様に負担は掛けたくなかったが、背に腹は代えられない。
「例の件、用意しておくように」
それは使用人全員に暗号のように伝達した。
白銀色に輝く流れる絹糸のような髪に、透き通る空のような薄青色の瞳。
鼻筋も輪郭も唇も、その全てが神の造形としか言えない程に整い美しい。
体格にも恵まれ、すらりと伸びた四肢に程よく筋肉もあり、剣の腕も立つ上に頭脳明晰。領地運営に加えて王の相談役まで務める、うら若き男神。世の女性の羨望の的、齢25歳。
主が歩けば道が割れると言われる程に人々の注目を浴び、ついた通り名が「薄氷の貴公子w」失礼致しました。wを付けてしまいました。いや、だって、薄氷の貴公子てww。スケートリンク無ぇし、この世界。ゴホン。
ご紹介が遅れました。
私、ガルシア公爵家に長年仕える執事、ネフと申します。
何を隠そう、私は転生者。
前世は純白な腐女子を全うしておりました。それが、何の因果か、神の気遣いか気の迷いか、現在、私の目の前でBLが始まろうとしております。いや、とっくに始まってはいたのです。やや、おかしな展開ではありますが。
「ネフ!!見ろ、グランが空を見上げたぞ!何と神々しいんだ。神に感謝しなくては!」
「はぁ、左様でございますね」
先程、ご紹介致しました薄氷の貴公子wこと、ヒッポ-ガルシア様。ヒッポてw
この国では、太古の昔に世界を繁栄させた偉人の名が言い伝えられており、その名を冠するのは名誉なこと。貴族の名付けは教会で神の啓示の元にされるため、当然拒否なんて不可能。というわけで、太古の偉人の名を授けられた生まれながらにして特別なヒッポ様wいや、ヒッポwて。二度目。
兎に角、そんな特別感満載の貴公子の彼が、今、広い御自分の屋敷の一角で何をしているかと言えば。
「はぁ、グラン····今日も美しいな」
「誠に、奥方様はお美しいですから、さっさとお声を掛けてみては?」
奥方様(♂)のグラン様のストーカーもとい尾行。いや、観察?研究?もはやどんな言い訳を並べても意味不明。
要するに、ヒッポ様は、奥方様に片想いストーキング中。
「そんなこと出来るはずが無いだろう?僕は自由な彼を縛り付けている張本人なのだから!これ以上、嫌われるなど耐えられない!!それに、グランは····女が好きだろう」
薄氷の貴公子というより、メンタル激弱過ぎて水たまりに張った薄氷並みにヒヨってる奴がコレ。溜息が深くて、無駄に長い睫毛が震えて、世間の子女が泣いて大喜びする萌えシーンに見えますが、ここは敢えて言いたい。
「では、そのイチモツをひとまず仕舞ってもらえますか?」
「あんなに憂いを帯びたグランの横顔を見て、この衝動を耐えることなど私に出来ようか、いや出来ない!!」
倒置法使うなや。
世間のイメージとあまりに掛け離れた主の姿に、深過ぎる溜息をつきたくもなる。
なにせ、東屋でお茶を楽しむ奥方様を屋敷の影に隠れて盗み見ながら、こともあろうかイチモツを出して擦っているのだから。
それに付き合わされる執事の立場も考えて欲しい。これ、何ハラ?あ、イチハラか。
「そんなことをせずとも、既にご結婚されているのですから、夫婦の寝室へ」
「駄目だ!!グランの許可が出るまで一切手を出さないと誓ったのだ!例え何十年かかっても、いつか心を通わせてから結ばれたいんだ!分かるだろう?」
「想いを通わせるって、こんな影からどうやって?ご結婚から三年近くなりますが、御自分に興味を持って貰えるようなことをされましたか?」
ガックリと地面に膝を着いて項垂れる薄氷の貴公子w。イチハラにイライラしてる為、ちょっと言い方がキツくなってしまうがご愛嬌。これくらい言わないと進まないのだ。
「ゴホン。以前からお伝えしておりますが、グラン様は、旦那様を受け入れる準備をされておいでです。あとは、旦那様からのお声掛けを待っていらっしゃるんですよ」
旦那様は、地面に指で何か書き始めた。
「だが、僕と話す時はいつもイライラしているし。あれは、きっと僕が勝手に婚姻を進めたから怒っているんだ。それに、きっと僕のことなんて嫌いなんだよ、グランは、女性が好きだから、僕なんかと結婚させられて自由を奪われて、僕は恨まれているんだ」
ウジウジウジウジウジウジウジウジウジウジ·····あー!!イライラする!!!
「では、今夜も奥方様の寝室を覗いてみて下さいませ。夢でうなされていては気の毒ですから。これも夫の役目でございますよ。ね?よろしいですね」
「あ、あ、うん····」
ポッと頬を染めて俯く横顔は、確かに神の造形と言いたい程に整っている。けれど、その下には天を仰ぐイチモツ。残念な生き物の図鑑にでも載せてもらえ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夕食の時間。
「その、今日は何をしていたんだ?」
「別に。何もしてねぇよ。暇だから」
シンと鎮まり返る食堂。
バカデカいテーブルのあっちとこっちで向い合わせに座ってする会話はぎこちない。
グラン様は男爵家の庶子として生まれたが、引き取られずに15歳までを市井で暮らしておられた為、砕けた話し方をされる。そこがまた良いとヒッポ様は惚気けるのだが。
「そ、そうか。何か必要な物があればネフに言いなさい。何でも用意させよう」
旦那様なりに気遣いを見せようとするが、グラン様には通用しない。グラン様は上背があり筋肉質。硬い黒髪に三白眼の黒目。顔立ちもワイルド系イケメンだ。厚めの唇がセクシーだと我が主が毎日悶えている。
ヒッポ様が王子様系とするなら、こちらは辺境の騎士のような屈強さ。齢20歳。
「ハッ、何もいらねぇよ。こんな働いても無ぇのにタダ飯食って寝て暮らしたことなんて無いからな。この上に何か望んだら天罰下るだろ」
御自分の状況を嘲笑うかのような言い回しに、少し寂し気な表情をされるグラン様。彼も彼なりに傷付いているのだ。分かれ、ヒヨりヒッポ。
「き、君は働く必要なんて無い!そうだ、新しい服を買おう。ガルシア家の人間なのだから、常に良い物を身に着けてもらわなくては」
「服なんて、もう山程貰ったし、金の無駄遣いだ。これ以上あっても着て行く場所なんて無ぇし。大体、俺は着れれば何でも良いから、もっと世のためになる金の使い方をしろよ」
そう。このグラン様、まともなのだ。庶民として暮らしておられたから、経済感覚も何もかもが。貴族中の貴族&金持ち中の金持ちのヒッポ様には必要な御方だと我ら社員一同、心底思っている。
「き、君が良くても、ガルシア家の者がみすぼらしい格好をしていたら面目が立たないだろう!僕に恥をかかせないでくれ!君は公爵夫人なんだぞ!」
ガタン、と立ち上がり真っ赤になって叫ぶヒッポ様。この薄氷の貴公子、普段は有能で優美に何事も卒なくこなす癖に、グラン様のことになると、まさにヘッポコなのだ。
これも、奥方様に贈り物をしたいが為にゴネているだけなのだが、公爵家に嫁いだ男爵家庶子のグラン様にとってみれば。
「はぁ、分かったから好きにしろよ。俺はみすぼらしいからな。着飾らないと恥ずかしくて屋敷に置いておけないんだろ。こんな庶民なんかと結婚して苦労かけて悪かったな。薄氷の貴公子様」
まだ食事の途中だが、グラン様がガタンと立ち上がり、そのまま食堂を出て行かれた。
「なっ、ちがっ、待っ」
青褪めたヒッポ様の伸ばす指先は、今日も空を切る。
使用人も一同に溜息を吐く。
今日も、空回りだった。なぜこうも上手くいかないのか。
すぐさま、私含め数人の使用人がグラン様を追い掛ける。いつも、こうして取り持つ我らの苦労を少しは分かりやがれクソヒッポダメ貴公子様。
「お待ち下さい、奥方様。旦那様は、単純に贈り物をしたいが為に、あのような」
「だから、いらねぇって何度も言ってんだろ。この部屋見ろよ」
到着して奥方様が自室の扉を開ければ、そこは溢れるばかりの花や宝石で眩しい。目が開けていられない。
クローゼットを開けば、きらびやかな服、服、服、靴、靴、あまたの宝飾品の数々。
「ここまで揃うと、一つ一つはどんなに趣味が良い物でも、逆に悪趣味だ」
奥方様の言う通り。全く、その通り。こんなに毎日毎日毎日毎日、花やら宝石やら服やら靴やら贈られ続けて、あらゆる物が溢れ返るこんな部屋で過ごさなければならない奥方様に同情を禁じえない。
その上、少し話せばあの通り。三年近く、よく我慢されていると鼻の奥がツンとする。
「誠に、誠に、奥方様の忍耐力には頭が下がります。けれど、どうか、どうか、主を見捨てないで下さい」
我ら使用人の頭を下げた数は、既に数知れず。
「分かってる。あんた達には世話になってるから、俺も我儘は言いたくない。けどな、俺がここに来てから、もうすぐ三年だ。約束の三年だ」
「承知しております。何卒、あと少し、チャンスを頂ければ」
グラン様が、黒髪をかき上げて溜息をつく。これも主とは別の絵になる格好良さ。憂いを帯びたグラン様は、別の溜息が出る程に格好良い。
「無駄にならなきゃいいけどな」
グラン様用に軽食を用意し、食後は、湯浴みへと向かわれた。
チャンスはあとわずか。
ヒッポ様は知らないが、グラン様と我ら使用人で取り付けた約束がある。
あのヘッポコ具合いに、早々に離縁しようとしたグラン様に我ら一同が泣きついて、なんとか取り付けた約束。
『三年間、旦那様と結ばれなければ、この屋敷を出て行く』
その期日まで、あと一月なのだ。
溜息をつきたいのは、我らの方だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「では、旦那様。奥方様をよろしくお願いいたします。直接隣へ行って差し上げるのが良いかと」
夫婦の寝室は、旦那様と奥方様の自室の中央にあり、扉で繋がっている。
「そ、そんなこと、出来るはずないだろう?!今日も、怒らせてしまった···また嫌われた」
現在、その自室から夫婦の寝室へ繋がる扉の前に陣取る旦那様。凹んでる癖に下半身は凸。バカなのか。
「もはや、そういう性癖のようですね。ゴホン、失礼致しました。兎に角、中へお入り下さい」
「む、無理だ。今日も、ここから覗くだけで」
このクソチキンが。奥方様の努力を無に返しおって。扉を薄く開けて覗きながらイチモツを擦る変態公爵に、もはや掛ける言葉も見つからない。私は、その場を後にした。
「はぁ♡グランは、今日もなんて扇情的なんだ♡」
グラン様は、この屋敷へ来てから男性同士の睦事を学ばれ、旦那様と結ばれる為の努力を続けていらっしゃった。
それはつまり。
「なんて柔らかそうな蕾♡あんなに拡げて、健気に張り型を銜えて♡はぁ、たまらない。香油が蕾から垂れて、淫猥さが際立っている。あぁ、グラン、グラン」
夜な夜な夫婦の寝室で、一人張り型で拡張し続けているのだ。三年も。涙ぐましいどころか、涙も枯れる。
それを覗いて一人で盛り上がる旦那様に何度殺意が湧いたことか。
「もう無理だ。グラン様も我慢の限界だ」
使用人達も、既に諦めムードが漂っていた。起死回生の何かが無ければ、このまま奥方様は出て行ってしまう。そうなれば、ヒッポ様が屍のようになることは目に見えている。ガルシア家は終わる。遠縁から養子を貰う予定にはなっているが、それもあと十年後。それまでに没落するだろう。
これ以上、グラン様に負担は掛けたくなかったが、背に腹は代えられない。
「例の件、用意しておくように」
それは使用人全員に暗号のように伝達した。
10
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった
無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。
そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。
チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる