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拾われて
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俺は、あの天使に命を救われた。どうやら、俺はまだ死んでいなかったらしい。
きっと俺は死んだら天国へは行けない。だって、今、この場所が天国だから…そう、彼の居る所が俺の天国。おお、神よ、我に居場所を与えてくれたことを心より感謝致します。
あの日、天使の口吻を受け、俺は新しい命を吹き込まれた。
だって当然、俺は死んでいる筈だったから。もとより死んだと思われて山奥の死体置き場に運搬されていた筈なのだ。
あの頃の俺の有り様は、惨憺たるものだっただろう。あまり覚えていないが。
あの頃の主人……いや、あの小太り金持ち貴族の趣味は拷問だった。
寝かせない、食べさせない、息をさせない。あらゆる器具を使った痛みを与える拷問の数々。
それを奴隷に施して酒を飲むのが趣味の男だった。高い酒を傾けながら、俺達、奴隷の叫び声を聞くのが最高だと笑っていた。
来る日も来る日も、拷問、拷問、拷問……ついに俺は立ち上がることも頭を下げることも出来なくなった。周りの奴隷も大抵が同じだったと思う。意識が朦朧として良くは見えて無かったが。うめき声が、ほとんど聞こえなくなったから、俺と同じで声も出なくなったんだと分かった。
「なんだ、今回の奴隷は案外、保たなかったな。奴隷商め、今度のは長持ちするとか言いやがって。ふん、シザエラ!さっさと処理して来い。新しい奴隷を買いに行くぞ」
「畏まりました」
ドシッドシッと重い足音が遠ざかっていった。あの貴族が拷問部屋を出て行ったんだろう。
シザエラと呼ばれたのは、背がヒョロ高い従者で、コイツも被虐趣味だった。いつだって、俺達を嘲りながら見下ろしていた。時には更に甚振られた。
「よし、全員死んだな。まあ、案外保った方だろ。ほら、早く運べ!いつもの処理場だ!明日の朝には戻って来い!」
奴隷を運搬するのは、まだ入って日が浅い動ける奴隷だ。彼らに、いずれ同じ目に遭うと理解させる為に、死んだ奴隷の処理をさせるのだ。俺もそうだったように。遥か遠い森の奥まで運搬して翌朝に帰るということは、一時たりとも休めないという意味だ。コイツらも不運なものだ。
俺達は、大きな荷台に幾人も幾人も重なるように載せられた。俺は、その端の一番上に放り投げられた。痛みは、もう感じなかった。
ガタゴトと響く荷車の音が、段々と遠退いていき、薄れる意識と共に『やっと死ねるんだ……』とホッとしていた。奴隷に自死は認められない。人では無く所有物だから。
薄く開いた瞼の隙間からは、青空が見えた…気がした。
それから一体、どうなったのか……天使に救われたのだ。
俺が目覚めて周りの様子を見られるようになってから、世界の美しさに驚いた。
あんなに真っ暗だった世界が、色を持っていた。最後に見た青空が綺麗だと思ったのに、あんなもの比べ物にならないくらいに、サンクチュアリ様は美しい。
その後ろの景色も、何もかもが美しい。
ここが天国で無いならば、俺は死んでも天国になど行きたくない。
「……苦しい?大丈夫かな……」
夜、寝台で寝たふりの俺の首元を優しく撫でてくれる指先の暖かさと柔らかさに全身が震えるのを耐えるのが辛い。胸が勝手に煩くて、息が荒くなると、またサンクチュアリ様が心配してしまうから抑えたいのに!
そう、俺の身体から汚れが出なくなり、傷も癒えると、驚くことに、俺達は、一つの寝台で寝るようになった。
そもそも、奴隷の俺が寝台を使うなんてあってはならないことなのに、傷が癒える前の俺が寝台から降りようとすると腰に手を当ててビシッと注意された。
俺も譲らなかったが、サンクチュアリ様は頑として譲らなかった。
「ダメでしょう?君は怪我人なんだよ?ゆっくり寝て栄養を取って休むんです!わかりましたか?」
結局、俺は新しい主人、いや天使のサンクチュアリ様に言われれば、何でも聞く奴隷なのだ。でも、今までの主人とは全く違う。俺に辛いことも痛いことも一切させない。ひたすらに甘やかされる。
もはや、俺の心も身体も、サンクチュアリ様に所有してもらえる喜びで打ち震えていた。これまで奴隷として生まれて良かったことなど一つも無いが、サンクチュアリ様に出会えて始めて、奴隷で良かったと思った。
俺は、彼の所有物なのだ。そう思うと天にも昇る心地だった。
それが、それが………
「お願いします!彼の首輪を外して下さい!僕の命は差し上げます!生贄は僕です!!」
ガガーン!!!!!
頭の中で鳴り響いた音は低く重たかった。首輪なんかより遥かに。
森の奥まで荷車で運ばれ、もしかしたら捨てられるのかと不安になっていたが、まさか、まさか……サンクチュアリ様の命を女神に捧げるだなんて!!!サンクチュアリ様が俺の元から女神の元へと行ってしまう!!!
現れた女神は美しく、サンクチュアリ様と並べば、この世の物とは思えない光景だった。女神とサンクチュアリ様は親しげに顔を寄せ合い会話をしたかと思えば、なんと………女神がサンクチュアリ様に口吻をしたのだ。
俺は、生まれて初めて心からの憎しみというものを持った。
俺とも口吻したのに、女神ともするのか!責める権利など持たないのに、俺は気付けば女神の前に立ちはだかった。許せなかった。サンクチュアリ様の唇を盗むなど、崇められるべき神では無い。間違い無く、邪神だ。
そして、それは当たっていた。
あの女神は、高らかに笑いながら恐ろしいことを宣った。
『今日中に男と交わらなければ死ぬ呪いをサンクチュアリに掛けた。お前も、サンクチュアリと交われば首輪が外れる。分かったか、今日中だぞ。これが女神の力。思い知ったか、人間共、ひれ伏すが良い。ガーッハッハッハ!!』
きっと俺は死んだら天国へは行けない。だって、今、この場所が天国だから…そう、彼の居る所が俺の天国。おお、神よ、我に居場所を与えてくれたことを心より感謝致します。
あの日、天使の口吻を受け、俺は新しい命を吹き込まれた。
だって当然、俺は死んでいる筈だったから。もとより死んだと思われて山奥の死体置き場に運搬されていた筈なのだ。
あの頃の俺の有り様は、惨憺たるものだっただろう。あまり覚えていないが。
あの頃の主人……いや、あの小太り金持ち貴族の趣味は拷問だった。
寝かせない、食べさせない、息をさせない。あらゆる器具を使った痛みを与える拷問の数々。
それを奴隷に施して酒を飲むのが趣味の男だった。高い酒を傾けながら、俺達、奴隷の叫び声を聞くのが最高だと笑っていた。
来る日も来る日も、拷問、拷問、拷問……ついに俺は立ち上がることも頭を下げることも出来なくなった。周りの奴隷も大抵が同じだったと思う。意識が朦朧として良くは見えて無かったが。うめき声が、ほとんど聞こえなくなったから、俺と同じで声も出なくなったんだと分かった。
「なんだ、今回の奴隷は案外、保たなかったな。奴隷商め、今度のは長持ちするとか言いやがって。ふん、シザエラ!さっさと処理して来い。新しい奴隷を買いに行くぞ」
「畏まりました」
ドシッドシッと重い足音が遠ざかっていった。あの貴族が拷問部屋を出て行ったんだろう。
シザエラと呼ばれたのは、背がヒョロ高い従者で、コイツも被虐趣味だった。いつだって、俺達を嘲りながら見下ろしていた。時には更に甚振られた。
「よし、全員死んだな。まあ、案外保った方だろ。ほら、早く運べ!いつもの処理場だ!明日の朝には戻って来い!」
奴隷を運搬するのは、まだ入って日が浅い動ける奴隷だ。彼らに、いずれ同じ目に遭うと理解させる為に、死んだ奴隷の処理をさせるのだ。俺もそうだったように。遥か遠い森の奥まで運搬して翌朝に帰るということは、一時たりとも休めないという意味だ。コイツらも不運なものだ。
俺達は、大きな荷台に幾人も幾人も重なるように載せられた。俺は、その端の一番上に放り投げられた。痛みは、もう感じなかった。
ガタゴトと響く荷車の音が、段々と遠退いていき、薄れる意識と共に『やっと死ねるんだ……』とホッとしていた。奴隷に自死は認められない。人では無く所有物だから。
薄く開いた瞼の隙間からは、青空が見えた…気がした。
それから一体、どうなったのか……天使に救われたのだ。
俺が目覚めて周りの様子を見られるようになってから、世界の美しさに驚いた。
あんなに真っ暗だった世界が、色を持っていた。最後に見た青空が綺麗だと思ったのに、あんなもの比べ物にならないくらいに、サンクチュアリ様は美しい。
その後ろの景色も、何もかもが美しい。
ここが天国で無いならば、俺は死んでも天国になど行きたくない。
「……苦しい?大丈夫かな……」
夜、寝台で寝たふりの俺の首元を優しく撫でてくれる指先の暖かさと柔らかさに全身が震えるのを耐えるのが辛い。胸が勝手に煩くて、息が荒くなると、またサンクチュアリ様が心配してしまうから抑えたいのに!
そう、俺の身体から汚れが出なくなり、傷も癒えると、驚くことに、俺達は、一つの寝台で寝るようになった。
そもそも、奴隷の俺が寝台を使うなんてあってはならないことなのに、傷が癒える前の俺が寝台から降りようとすると腰に手を当ててビシッと注意された。
俺も譲らなかったが、サンクチュアリ様は頑として譲らなかった。
「ダメでしょう?君は怪我人なんだよ?ゆっくり寝て栄養を取って休むんです!わかりましたか?」
結局、俺は新しい主人、いや天使のサンクチュアリ様に言われれば、何でも聞く奴隷なのだ。でも、今までの主人とは全く違う。俺に辛いことも痛いことも一切させない。ひたすらに甘やかされる。
もはや、俺の心も身体も、サンクチュアリ様に所有してもらえる喜びで打ち震えていた。これまで奴隷として生まれて良かったことなど一つも無いが、サンクチュアリ様に出会えて始めて、奴隷で良かったと思った。
俺は、彼の所有物なのだ。そう思うと天にも昇る心地だった。
それが、それが………
「お願いします!彼の首輪を外して下さい!僕の命は差し上げます!生贄は僕です!!」
ガガーン!!!!!
頭の中で鳴り響いた音は低く重たかった。首輪なんかより遥かに。
森の奥まで荷車で運ばれ、もしかしたら捨てられるのかと不安になっていたが、まさか、まさか……サンクチュアリ様の命を女神に捧げるだなんて!!!サンクチュアリ様が俺の元から女神の元へと行ってしまう!!!
現れた女神は美しく、サンクチュアリ様と並べば、この世の物とは思えない光景だった。女神とサンクチュアリ様は親しげに顔を寄せ合い会話をしたかと思えば、なんと………女神がサンクチュアリ様に口吻をしたのだ。
俺は、生まれて初めて心からの憎しみというものを持った。
俺とも口吻したのに、女神ともするのか!責める権利など持たないのに、俺は気付けば女神の前に立ちはだかった。許せなかった。サンクチュアリ様の唇を盗むなど、崇められるべき神では無い。間違い無く、邪神だ。
そして、それは当たっていた。
あの女神は、高らかに笑いながら恐ろしいことを宣った。
『今日中に男と交わらなければ死ぬ呪いをサンクチュアリに掛けた。お前も、サンクチュアリと交われば首輪が外れる。分かったか、今日中だぞ。これが女神の力。思い知ったか、人間共、ひれ伏すが良い。ガーッハッハッハ!!』
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