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寝台と床
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僕の小屋は、小さい。
小さな台所と、小さなリビング、小さな寝室。用を足す時は畑。僕の小屋は、それだけだ。
両親と暮らしていたが、家族皆が小さかったから、一つの寝台で丸まって寝ていた。幸せだったなぁ。
勿論、そのまま僕は一つの寝台で寝ていたし、僕には十分広かった。寂しいくらいに。
ここまでで、お分かりだろうか。
僕の家には、寝台は一つだけ。
僕もずぶ濡れだが、それは着替えれば済む。だが、彼は……樹木と見紛うばかりに汚れまくっている。もはや、何が絡み付いてるか分からない程に。川を流れていたのに、水では落ちなかった……んだろうな。
「……うん、お湯だ」
僕は、一旦、彼を荷車へ残して台所へと走った。今の季節、暖かいとはいえ、あと小1時間ほどで夕暮れになるだろう。
そうすると、外の気温も下がってしまう。弱い胸の動きを横目に、早く、早く………と焦る。
僕は大量に湯を沸かした。そうは言っても、小さな台所しか無いし、鍋も小さい。何度も何度もお湯を沸かしては外の桶に運んだ。
いつも野菜を運ぶ為に使っている両腕をいっぱいに広げた大きさの桶だ。そうして、桶をお湯で満たして、真横に荷車を置いた。
そろそろ辺りは薄暗くなってきている。
今度は裏手の井戸から水を汲んで来た。
そうして桶の湯と、井戸水を大きめの手洗い桶で混ぜ、丁度良い温かさに調節しながら、彼の脚から掛けていった。
少しずつ、泥や汚れが落ちて行く気がするが、気がするだけで、見た目はあまり変わったとも思えない。延々と汚れた水が流れ続けるが……
頭にも掛けていくが、カチカチの長髪は形すら変わらない。
「……諦めよ」
用意したお湯を全て使い切った時には、既に辺りは真っ暗になって手元が月に照らされていた。
そこから、荷台ごと家の中に入れようとしたが、僕の小さな小屋の扉は、受け入れなかった。
つまり、突っかかって入らなかった。
僕は、未だに大いに汚れたまま、上から軽く布で拭いた彼を背負って家へ入った。彼は背も高ければ脚も長いらしく、完全に地面に脚が擦っている。腫れ上がっている脚が……うん、もう見ないことにしよ。気にしてたら、僕には何も出来ない。
「よ、い、しょっと」
ドサッと彼を寝台に、やっとの思いで転がした。血や泥、よく分からない汚れが思い切り広がった。敷布に染み出している。
うん、もう掛布も敷布も、使い物にならないくらい目一杯汚れた。ついでにはっきり言えば、臭いも凄い。
でも、彼は生きてる。
お湯を掛け続けた成果か、少し皮膚が見えて来たように感じるし、いくらか肌に赤みが差して来たようにも見える。
気のせいかもしれないくらい、少ししか肌が見えないけど。ようやく僕もずぶ濡れから着替えて部屋にランプで灯りをともすが、まだ、ほとんど大木にしか見えない。
「さて…もう少しだけ、頑張ってみよう。あ、薬湯も用意しておこう」
小鍋で、少し残っていた薬湯を煮出して、また大きめの鍋でお湯を沸かす。
今度は柔らかい布とお湯で、身体を擦っていく。寝台や床の汚れは、この際、見ないことにしよう。だって、これは人助けだから。
うんうん、と自分に言い聞かせながら、何度も何度もお湯と布で少しずつ汚れを落としていく。酷く腫れてもいて、赤黒く変色している場所も多い。あちこちの骨が折れているのかもしれない。なんでこんなに酷いことに……胸が痛む。
もう夜中だろうか。
そろそろ眠たくなってきた。
「これ、重そうだな……」
唯一の装飾品?は首輪だったが、やたらに太く重そうで、変な彫字もあって、なんだか悪趣味な物だった。その下の皮膚は、汚れは比較的分厚く無かったが、何より、首輪が当たっていただろう箇所は抉れたような深い傷と腐敗臭が漂っていた。
「一体、どんなことをしたら、こんなになるんだろ……この人、余程、酷い目に合ったのかな……」
そっと、出来るだけ優しく優しく、そこもお湯で拭いた。少し拭いたくらいでは何も変わらないだろうけど、少しでも楽になれれば、と思った。
ふと、見ると汚れの塊の中に僅かに瞳が見えた。
あ、目が合った。
声を掛けるが、ほとんど反応は無い。まあ、この状態で返事が出来るはずないか。瀕死だもんな……
薬湯も温くして飲ませようとするが、全て口の横から流れ落ちた。もう、寝台が濡れるとかは考えないことにした。
声を掛け、悪いことをしてる気持ちになりながらも、僅かに開いた塊の隙間から口で直接、薬湯を流し込んだ。この状態で口の中が清潔とかは思ってなかったけれど、正直、ここまでとは思わなかった。
彼の口の中は、泥と血を混ぜて固めたような味がした。僕のファーストキスの味である。
おやすみ、と声を掛けて再び彼の瞳が閉じたあと、流石に口を洗った。
そうやって、彼の身体を洗ったり、目が覚めたら薬湯を飲ませて、と繰り返しているうちに朝陽が部屋に差し込んで来た。
「……ふぅ、少し僕も寝ないとな」
今更、何も食べていなかったことに気付いて台所にある硬いパンとスープの残りを口に押し込む。
丸い小窓から見える外が明るくなっていくのと反対に僕の心は暗くなっていった。
「……これから、どうしよう」
金も腕力も無い僕に、こんな重病人の看病なんて出来るんだろうか。
小さな台所と、小さなリビング、小さな寝室。用を足す時は畑。僕の小屋は、それだけだ。
両親と暮らしていたが、家族皆が小さかったから、一つの寝台で丸まって寝ていた。幸せだったなぁ。
勿論、そのまま僕は一つの寝台で寝ていたし、僕には十分広かった。寂しいくらいに。
ここまでで、お分かりだろうか。
僕の家には、寝台は一つだけ。
僕もずぶ濡れだが、それは着替えれば済む。だが、彼は……樹木と見紛うばかりに汚れまくっている。もはや、何が絡み付いてるか分からない程に。川を流れていたのに、水では落ちなかった……んだろうな。
「……うん、お湯だ」
僕は、一旦、彼を荷車へ残して台所へと走った。今の季節、暖かいとはいえ、あと小1時間ほどで夕暮れになるだろう。
そうすると、外の気温も下がってしまう。弱い胸の動きを横目に、早く、早く………と焦る。
僕は大量に湯を沸かした。そうは言っても、小さな台所しか無いし、鍋も小さい。何度も何度もお湯を沸かしては外の桶に運んだ。
いつも野菜を運ぶ為に使っている両腕をいっぱいに広げた大きさの桶だ。そうして、桶をお湯で満たして、真横に荷車を置いた。
そろそろ辺りは薄暗くなってきている。
今度は裏手の井戸から水を汲んで来た。
そうして桶の湯と、井戸水を大きめの手洗い桶で混ぜ、丁度良い温かさに調節しながら、彼の脚から掛けていった。
少しずつ、泥や汚れが落ちて行く気がするが、気がするだけで、見た目はあまり変わったとも思えない。延々と汚れた水が流れ続けるが……
頭にも掛けていくが、カチカチの長髪は形すら変わらない。
「……諦めよ」
用意したお湯を全て使い切った時には、既に辺りは真っ暗になって手元が月に照らされていた。
そこから、荷台ごと家の中に入れようとしたが、僕の小さな小屋の扉は、受け入れなかった。
つまり、突っかかって入らなかった。
僕は、未だに大いに汚れたまま、上から軽く布で拭いた彼を背負って家へ入った。彼は背も高ければ脚も長いらしく、完全に地面に脚が擦っている。腫れ上がっている脚が……うん、もう見ないことにしよ。気にしてたら、僕には何も出来ない。
「よ、い、しょっと」
ドサッと彼を寝台に、やっとの思いで転がした。血や泥、よく分からない汚れが思い切り広がった。敷布に染み出している。
うん、もう掛布も敷布も、使い物にならないくらい目一杯汚れた。ついでにはっきり言えば、臭いも凄い。
でも、彼は生きてる。
お湯を掛け続けた成果か、少し皮膚が見えて来たように感じるし、いくらか肌に赤みが差して来たようにも見える。
気のせいかもしれないくらい、少ししか肌が見えないけど。ようやく僕もずぶ濡れから着替えて部屋にランプで灯りをともすが、まだ、ほとんど大木にしか見えない。
「さて…もう少しだけ、頑張ってみよう。あ、薬湯も用意しておこう」
小鍋で、少し残っていた薬湯を煮出して、また大きめの鍋でお湯を沸かす。
今度は柔らかい布とお湯で、身体を擦っていく。寝台や床の汚れは、この際、見ないことにしよう。だって、これは人助けだから。
うんうん、と自分に言い聞かせながら、何度も何度もお湯と布で少しずつ汚れを落としていく。酷く腫れてもいて、赤黒く変色している場所も多い。あちこちの骨が折れているのかもしれない。なんでこんなに酷いことに……胸が痛む。
もう夜中だろうか。
そろそろ眠たくなってきた。
「これ、重そうだな……」
唯一の装飾品?は首輪だったが、やたらに太く重そうで、変な彫字もあって、なんだか悪趣味な物だった。その下の皮膚は、汚れは比較的分厚く無かったが、何より、首輪が当たっていただろう箇所は抉れたような深い傷と腐敗臭が漂っていた。
「一体、どんなことをしたら、こんなになるんだろ……この人、余程、酷い目に合ったのかな……」
そっと、出来るだけ優しく優しく、そこもお湯で拭いた。少し拭いたくらいでは何も変わらないだろうけど、少しでも楽になれれば、と思った。
ふと、見ると汚れの塊の中に僅かに瞳が見えた。
あ、目が合った。
声を掛けるが、ほとんど反応は無い。まあ、この状態で返事が出来るはずないか。瀕死だもんな……
薬湯も温くして飲ませようとするが、全て口の横から流れ落ちた。もう、寝台が濡れるとかは考えないことにした。
声を掛け、悪いことをしてる気持ちになりながらも、僅かに開いた塊の隙間から口で直接、薬湯を流し込んだ。この状態で口の中が清潔とかは思ってなかったけれど、正直、ここまでとは思わなかった。
彼の口の中は、泥と血を混ぜて固めたような味がした。僕のファーストキスの味である。
おやすみ、と声を掛けて再び彼の瞳が閉じたあと、流石に口を洗った。
そうやって、彼の身体を洗ったり、目が覚めたら薬湯を飲ませて、と繰り返しているうちに朝陽が部屋に差し込んで来た。
「……ふぅ、少し僕も寝ないとな」
今更、何も食べていなかったことに気付いて台所にある硬いパンとスープの残りを口に押し込む。
丸い小窓から見える外が明るくなっていくのと反対に僕の心は暗くなっていった。
「……これから、どうしよう」
金も腕力も無い僕に、こんな重病人の看病なんて出来るんだろうか。
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