美の基準

にじいろ♪

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ムラノ帝国 伯爵家三男 スファン·スキン

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「スファン様~♡こちらを向いて~」

「キャア!スファン様が笑ったわぁ~」

「違うわよ、私にウインクしたのだわ♡」

笑った訳じゃない。ウインクした訳じゃない。

陽射しが眩しかっただけだ。

「スファン殿は今日もモテモテですね」

「羨ましいばかりです。やはり、スプーンより重い物を持たない方は指が細い」

誰がスプーンより重い物は持たない、だ。
今朝も小麦の大袋を担いで来たわ。
男共との会話にも刺しか感じない。茶が不味い。

「いやいや、お恥ずかしい限りです。力が無いもので」

我が家は伯爵だが貧乏だ。
他の貴族よりも明らかに。
それというのも、父がギャンブル好きで、多額の借金を作って急死したから。
長男が急いで伯爵家を継いだけれど、とてもじゃないけど借金の返済に間に合わない。次男は商家に務め、三男の僕も、貴族であることは隠して庶民に紛れて働いている。しかも、日銭の良い力仕事だ。

「本当に、日に当たることなど無いのでは?顔も真っ白ですね、肌もきめ細やかで素晴らしい」

「女性の視線は、皆、貴方に釘付けですね」

大体、男同士の会話が肌のキメについてっていうとこが気色悪い。女性達の勘違い発言にもイライラする。
それに、この肌の白さは生まれつきだ。
力仕事の時には日焼け止め軟膏を塗りたくっているが。

だって、この国では日焼け=庶民、貧乏人だから。

まだまだ山のような借金返済の為には、金持ち女を捕まえて、どうにか返済の目処を立てたい!!
そんな思いで、どうにか体裁を整えて、荷担ぎの仕事を終えて、こうして茶会に参加している。若干、母親のお古の白粉をつけ過ぎたのか、確かに顔が白すぎるかもしれないと内心冷や汗をかいている。
どの女が金持ちなのか、と視線を巡らせていると、隣の男が話し掛けて来た。

「そうそう、御存知ですか?あの大男」

「?何をでしょうか?」

隣の男が指さす方向を見ると、大岩があった。
テーブルの隣に大岩。
新しいオブジェだろうか。
金持ちの考えることは、さっぱり分からない。

「ほら、例の子爵の大男ですよ。ああ恐ろしい。なぜ、こんな優雅な場所に来るのか。神経がず太いんでしょうね、やはり。近付かない方が良いですよ」

「子爵……?」

あの大岩が?
え、岩なのに子爵?

そっと、そっと近付く。
後ろから止める声が聞こえたが、いつの間にか聞こえなくなった。

すぐ目の前まで近付いた。
大岩が、僅かに動いた。

「え………」

人間だった。
大岩のように大きな人間だった。
その瞳は、ムラノ帝国一番の特産、ムラファイのように深い翠で、どこまでも澄み切っていた。 

「綺麗だ」

その言葉が自分の口から溢れたと気付くまで、しばらく時間がかかった。

「???」

岩男が、微かに首を傾げた。
ハッと口を抑えたが、僕はどうすれば良いのか分からなかった。

思わず踵を返して、僕は走り去ってしまった。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
恥ずかしい!!!!!!


それから、周りの貴族からの声掛けも無視し、僕は自宅へと帰ってしまった。

ドタバタと一張羅から部屋着に着替え、寝台に潜り込む。
薄い布団の中でジタバタと暴れて声にならない声を出す。

あー!!!何なんだ、この感情は!!
クソ!!恥ずかしい!!いや、何に恥ずかしいんだ?!金持ち女を捕まえなきゃいけないのに、せっかくの茶会から逃げ帰るなんて!!クソ!!どうすりゃいいんだ!!

コンコン、と控えめなノックが聞こえ、ドアが開いた。

「スファン?だ、大丈夫?」

母だ。
僕にそっくりな母は、線が細く美人で有名。だが、父が亡くなり多額の借金が発覚すると、あまりのショックで倒れてしまった。今も、すっかり貧相になり、人気の無くなった我が家で、毎日泣いて暮らしている。この人こそ、スプーンより重い物を持ったことのない人だ。

「……大丈夫です。母上」

「スファン……あなたにも、苦労させてしまって……ごめんなさいね……ううっ」

また泣いてる。泣いて借金が減るなら、僕も泣きたい。

「大丈夫です。今、借金を肩代わりしてくれる人を探していますから、もうしばらく我慢して下さいね」

「……スファン……いくら、借金があっても、あなたの幸せと引き換えになんて出来ないわ。お願いだから、借金の為に結婚なんて、決してしないで。愛する人と結婚しなくてはだめよ?」

頭の中がお花畑な母上。
羨ましい。

「……僕の幸せの為でもあるんです。いいから、母上は休んでいて下さい。あとでシチューを届けますから」

そのシチューを作るのも届けるのも、僕だけど。
今や、我が家には使用人の一人もいない。
これで伯爵家だなんて笑える。

「ええ、いつもありがとう、スファン。でも忘れないで。愛し愛されることこそが、この世で最も尊いことなのよ」

「はいはい、わかってます。僕も母上を愛してます」

「私もよ、スファン。じゃあ、休むわね」

パタン、と扉が閉まった。
美しいけれど、それだけの母。
借金まみれで死んだ父。
火の車の家計を回すので今にも首をくくりそうな長男。
商家で勤め、僅かな給金から仕送りをしてくれる次男。
大袋を担ぐ仕事で日銭を稼ぐ三男。

ムラノ帝国は豊かなのに、我が家だけ貧しい。何でだ。
寝台にゴロリと寝転んで天井を見上げる。
豊かだった名残りでシャンデリアがぶら下がっていた跡がある。
とっくに売り払ったが。

そこに、今日見つめた深い翠のムラファイのような瞳を思い描く。

「綺麗だったなぁ………」

大岩かと思ったら、人間で。
人間だと思ったら、宝石のように美しい瞳を持っていた。

あんなに澄んだ瞳を見たことは無い。
子爵って言ってたっけ。
金持ちでは無いんだろうな……

あの美しい瞳を見て過ごしていられたら幸せだろうな。ふと、そんなことを思った。

窓の外は、すっかり暗くなっていた。
下弦の月は、ますます細くなる。
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