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試食会
しおりを挟む「こちらが、牛フィレ肉のポワレ、トリュフ添えでございます」
綺麗で大き過ぎる皿に、チョコーンと小さな肉がカラフルなソースに彩られて出てきた。
そこに、恐らくトリュフらしき黒い異物が乗っている。
私にとっては異物だ。
生まれて初めて食べたトリュフは、食べ物なのかどうかさえ良く分からなかった。
「うん、トリュフの香りが良いね。愛さん、どう?」
「……肉が美味いです。トリュフは……あの、よく分からないです」
「僕もそう思う。これ、トリュフ要らないな。肉の邪魔だよ。このメニューは止めよう。別の方にしてもらえる?」
涼さんの掌返しが、あまりに鮮やか過ぎて逆に尊敬の域。
でも、超美形が堂々と言い放つと違和感無く聞こえるから不思議だわ、と周りの皆も見惚れているから平気らしい。
「かしこまりました。では、Bコースの方をお持ち致します」
完璧な笑顔で、すぐに新しい皿をテーブルに並べる式場の人は素晴らしい。
これぞプロフェッショナル。
こちらの紳士に密着してノンフィクション撮って下さーい。観ますー。
「このデザートは、まあまあかな。どう?愛さん」
「んー!めちゃくちゃ美味しい!!わー、このチョコとろとろ♡」
「だよね。僕も最高だと思う。ちなみに僕、スイーツ作るの得意だから、これくらいなら同じ物が作れるよ?」
「えー!!涼さん、すごい!食べたいですー!!」
わっきゃわっきゃと盛り上がる私達二人。
周りの視線を気にするのは止めた。
それよりも、今を楽しむのだ!!
だって、ほんとに式なんて挙げないんだもの。
「じゃあ…僕の家に来る?帰りに材料買って作るから」
「えっ…」
それって、アリなんだろうか?と純白脳みそをフル回転させる。
結婚詐欺って、一体どこまで許されているんだろうか?
彼の部屋に二人きりって…そんなの良いの?え、下着って新調した方が良い?
誰か!結婚詐欺の正しい引っ掛かり方を教えて下さい!!
ネットの知恵袋でも教えてくれるのかしら?!
「ふふ、何もしないから安心して。愛さんに僕の作った物を食べて貰いたいだけだよ。愛さんを僕で埋め尽くしたいから」
「……?あ、えーっと、ここのお料理も、ほんとに美味しくて…でも、涼さんの作るお料理も…食べてみたいです…」
何となく式場へのフォローを入れつつ、思い切って乗ってみる。
パアッと花が開くように笑う涼さんは、やっぱり美しくてかわいい。
「やった!!めちゃくちゃ料理練習して良かっ………試食会終わったら一緒に買い物行こうね。あぁ、もう新婚さんみたいだなぁ」
「新婚さんって、そんな……嬉しいです」
嬉しい。
こんな格好良い人から例え嘘でも婚約者扱い。
周りからの羨望の眼差しを一身に浴びて鼻高々。
今なら女王と呼ばれたい。
「はぁー、美味しかったですね!」
「うん、美味しかったね。じゃあ、これから買い物して家に帰ろうか」
涼さん家って、まあ、家の隣だけど。
こうして聞くと、まるで同棲カップルみたい♡
「はい♡帰ります♡」
私の瞳孔は間違い無くハート形。
その瞳には、優しく笑う彼の笑顔。
ああ、幸せ。
なんて幸せ。
もう、なんでも良い~っ!!
私を好きにしてっ♡
「……さん?愛さん?大丈夫?」
頬を優しく撫でられて現実へ引き戻された。
でも、現実でもドアップに超イケメンなり。
なにこれ、夢から醒めて、また夢パターン?
「あ、大丈夫です。ぼんやりしてたみたいで。ごめんなさい」
「色々あって疲れたよね。料理出来るまでシャワー浴びて着替えて待ってて」
「あ、はい」
ごくごく自然にシャワーを浴びて、はたと気付く。
ここ……私の家じゃない。
ここ、彼の部屋だぁーー!!!
「ふぎゃああああーーー!!!」
思わず叫ぶ。
叫んでから、ハッと自分の口を塞ぐ。
「どうしたの?愛さん、何かあった?」
「なっ、何も無いですっ!ごめんなさい!目にシャンプー入っただけです!」
「洗ってあげようか?」
ヒイッと縮み上がる。
初心者には難易度高すぎる提案である。
「いえ!もう流しましたから!ご心配なく!」
セールスマンレベルのはっきりとした受け答えで断る。
だって、みっともない裸なんて間違っても見せられない!こんな醜い体!
少しすると、涼さんが脱衣所から出て行った音がした。
ほっと息をつく。
「……にしても、なんで私、いつの間に?こんなにぼんやりしてて大丈夫?私…」
自分のぼんやり加減に呆れを通り越して放心状態。
買い物の記憶もすっぽり抜け落ちている。
一体、何をしてたのやら。
シャワーを終えて、用意されていた部屋着に着替える。
この部屋着、めちゃくちゃ良い匂いする。
それに…男物のダボッとスウェットとハーフパンツ。
これ……もしかして、涼さんの私物?
「きゃあああーーーっ!!」
興奮の余り、また叫んでしまった。
許して欲しい。
私は、これまで経験ゼロなのだ。
こういうシチュエーション自体が初なのだ。
「大丈夫?愛さん、やっぱり心配だよ」
外から涼さんの声がする。今にもドアを開けようとしているらしい。
やばい!中に入って来られたら腹肉ダルダル下着姿!
「大丈夫です!すぐに出るんで、気にしないで下さい!」
入口のドアを力づくで抑えながらも何とか着替えて、ゼエハアと肩で息をする。
どんな武者修行だ。
せっかくシャワー浴びたのに、滴る汗だく、乱れる髪。
「で、出ました……はぁ…」
「うわぁ、愛さん、かわいい!僕のスウェット着てくれるなんて最高!写真撮っていい?」
はて、このアラフォー汗だく女に、かわいい要素などあっただろうか?
でも、確かに浴室で見た私は、いつもよりも少しほっそりとして可愛らしく見えた…気もしないでも無い。
あれか、恋愛で女性ホルモンがドバドバ出てるのか。
人生で初めて女性ホルモンの恩恵を受けた気がする。
「いやぁ、髪もボサボサで…」
「そのナチュラルなのが良いんだよ!うわぁ、ほんのりピンクのほっぺ、かわいい♡食べていい?」
流石にこれは、どうなのだろう。
なんだか、私の脳内が若干冷静さを取り戻して来た。
「えーっと、あの、涼さん…」
「なに?愛さん。あ、ねぇ、愛ちゃん♡でも良い?呼び方」
目の前には、超絶イケメン。
美味しそうな料理の数々が並ぶきらびやかなテーブル。
ここ、ほんとに家の隣?
世界違い過ぎん?
「涼さん、私、涼さんの為なら何でもしようって思ってます。だから、正直に言って欲しいんです」
涼さんの瞳が大きく見開かれる。
ゴクリ、と喉が動くのも聞こえた。
私だって緊張する。
正直に結婚詐欺って白状しろと言うのだから。
「だから、その…隠さないで下さい。隠さなくても、私は涼さんの願いは全部叶えますから……涼さんに私の全てを差し上げるつもりです」
そう。私は、涼さんに全財産を差し上げると決めたのだ。
結婚詐欺と分かっても、それでも甘い思い出と引き換えに、私の全てを差し上げたいのだ。
バカと罵るのなら、罵れ。
それでも、これまで一度も男性と手を繋いだことすら無い私にとっては、人生最初で最後のチャンスなのだ。
「……いいの?ほんとに」
ぎゅっと目を閉じる。
そうしないと泣いてしまうから。
彼が、これから本性を出してバカなオバさんと嘲られたら耐えられるんだろうか。
甘い思い出が極力削られないように、視界を遮る。
「……はい」
ふぅ、と溜息が聞こえた。
これから彼は本性を……
ちゅ、と唇に柔らかな温もり。
そのまま、何度も何度も、ちゅ、ちゅ、と唇に触れては離れる。
そのうち、瞼にも、おでこにも、鼻筋にも、耳たぶにも……は!?
思わず瞼を押し上げた。
やっぱり女の涙は出し入れ自由らしい。
「あ、やっと見てくれた」
ドアップの彼が笑っている。
頭はパニック。胸はバクバク。
たぶん、発熱してます。
ヘルプミー!!ヘイドクター!!ドクターヘリ救助要請ここです!!
「こんなに我慢してたのに。悪い子だね、愛ちゃんは」
優しく抱き締められて、顔中にキスされる。甘い抱擁と甘いキス。
私は初めての甘いキスに侵食されていった。
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