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憑いてる系女子
しおりを挟む「ちょっと!205の山田さん、逝きそうなんだけど!」
「えっ、マジ?!この忙しい時に?!うあ~っ!!ご家族に電話しなきゃあ!」
ここは地方の個人病院。
病院なんだか老人施設なんだか分からないくらい長く入院してる爺ちゃん婆ちゃんばかりだ。
「これだから早乙女ちゃんとは組みたく無いのよ!あんた憑いてるって皆が言う通りだわ!」
早乙女ちゃんとは私のこと。
早乙女 愛 38歳。
独身。彼氏いない歴=年齢。
純白です☆
「いやいやいや!そんなことないですって、ただの偶然!こんなお年寄りばっかりの病院なんだから、しょっちゅうご臨時は仕方ないじゃないですか!」
私が夜勤の時には、大抵、誰かが亡くなる、と職場ではからかわれている。
じゃあ、夜勤やらなければ?いや無理無理無理。
こんな零細病院で正看護師が夜勤やらないなんて許されない。
それこそ出産とか子供が小さいとかの理由があれば別だが。
私は、相手が居ないどころか、そんな経験すら1ミリも存在しないけど。
「電話終わった?ほら、とにかく山田さんとこ行くよ!」
たった二人の夜勤者で、バタバタと処置へと向かう。
ドクターコールしても、おじいちゃん先生には電話で「はいはい、いつものでよろしく」と言われるだけだ。
家族だって、延命を望んじゃいない、とカルテに記載されている。
面談して署名も貰ってある。
それでも、それでも。
「山田さーん!聞こえますかー!痰吸いますよ、ちょっと苦しいけど我慢してねー!」
私達は全身から汗を垂れ流して、懸命に彼らの手当てをする。
少しでも楽に呼吸出来るように、その苦しみから救いたいと願う。
彼らの命を必死に繋ぎ止めようとする。
「山田さん!頑張って!ほら、元気になったら私を嫁に貰ってくれるんでしょ?」
そんな冗談を言うくらいには仲良しだった。
山田さんは、この病院で三年という月日を過ごして来た。
若い頃から無理な仕事を続けて肺を患った山田さんは、少し動くだけで唇が紫になる。
「なんだ、早乙女ちゃんは彼氏もいねーのか。仕方ねぇな、オラが貰ってやんべ」
80超えの爺ちゃんからのプロポーズ。
嬉しい?そんな訳ない訳ない……ちょっと嬉しい。
「あら、山田さんてば、奥さんいるじゃない?不倫したらヤバいらしいよ?」
「あれは奥さんでなくて、もう鬼婆だ。しわくちゃでな」
あははは、と大笑いして涙を溢していた山田さん。
あれは、もう二年も前の話しか。
山田さんは、奥さんが大好きだ。
最近では、せん妄で幻視があったりして、何も無いところを指差して騒ぐことが増えていた。
「なんだ、頼子。そんなことさいねぇで、こっちさ来い。布団さ入れー」
山田さんには、奥さんが見えているらしい。
いつも部屋の隅で微笑んでる奥さんの顔が。
「…山田さん、奥さん居て幸せ?」
「あったりめぇだー。こんなめんこい嫁がオラんとこ来て、同期の奴らが悔しがってなぁ。なぁ、頼子」
山田さんの心は遥か昔、まだ年若い頃にタイムスリップしている。
誰も居ない隅へ笑顔で話しかける山田さん。
その隅へ一つ古ぼけた椅子を置く。
「ありがとな、頼子がやっと座れた」
紫の唇で、山田さんが笑った。
「先生、呼ぶよ」
「はい。家族は明日の朝6時には到着するそうです」
「明日じゃなくて、あと2時間後でしょ」
とっくに日付は超えていた。
あと少しで夜が明ける。
「202の鈴木さんがトイレだって。行ってくるから、こっち宜しくね」
「あ、すみません。お願いします」
看護師として働いていたら、誰か死ぬことなんて日常茶飯事。
いちいち感傷に浸ってなんていられない。
また別の誰かが私達を待ってるんだから。
「山田さん、奥さんと会えるね」
山田さんの奥さんは、一年前に亡くなった。
可愛らしくて、とても山田さんの言う鬼婆なんかじゃなかった。
むしろ、かわいいお婆ちゃんの代表みたいに、にこにこふっくら笑顔を絶やさない素敵な人。
「あ、ご苦労さん」
先生が、ようやく到着した。
診察して、酸素も点滴も外して良い、と指示される。
「あなた、良く当たるね」
シワシワおじいちゃん先生に話しかけられ、ビクリとする。
「あはは、いやー…周りから憑いてるなんてからかわれてます…」
「憑いてる?あー…そうかもね」
私を少し見つめてから、また山田さんへ視線を移すシワ爺ちゃん先生。
「え?え?」
思わず聞き返すが返事は無い。
ちょっと!恐いことさらりと言わないで?
まさか、私に憑いてるって…横たわる山田さんを見つめる。
「彼じゃないよ?まだ亡くなって無いからね」
先生の声に我に返る。
あ、そうだった。
「きっと、山田さんは穏やかに逝けるよ」
先生が部屋の隅に置かれた椅子を見る。
「愛する人に見守られているんだから」
私の涙腺、頑張れ。
耐えろ、堪えろ、まだ仕事は終わってない。
「あなたにもね、早乙女さん。ありがとう」
ポン、と肩に手を置かれ、先生は部屋を出る。
指先が真っ白になるまで握り締め、グッと奥歯と唇を噛む。
天井を見上げて、とにかく込み上げるものを、やり過ごす。
「早乙女ちゃん!家族来たよ!受付に迎え!」
「は、はいっ!!」
同僚に見られないように、俯いて小走りに受付へと向かう。
そこには、山田さんの家族が佇んでいた。
結局、家族が到着してから30分後に山田さんは亡くなった。
「ご家族がいらっしゃるまで待っていたのでしょう」
先生の声に、誰かが鼻を啜る。
「では、説明は9時に面談室で行いますので、それまでこちらの部屋か待合室でお待ち下さい」
淡々とした説明を心掛ける。
今は家族が悲しむ時間。
私は裏方として、粛々と仕事をするのみ。
「…これで、爺さん片付いて、肩の荷降りたなぁ…」
長男が明るく言い始めたが、最後の方は声が震えている。
「また、兄さん、そんなこと……」
次男は嗜めるが、言葉が続かない。
「父さん、幸せそうな顔してんな」
三男が顔を覗いて呟く。
その声も震えて萎む。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「オラ、学がねぇから、碌な仕事は出来ねんだ。だけども、息子達は出来が良くてな。三人とも大学さ出したんだ。オラ、なんの仕事でもした」
山田さんは、よく懐かしそうに笑って話していた。
「お医者には、その時に無理したのが悪かったって言われるけんども、後悔なんてしてねぇ。金が無くては子供ら学校さ行かせらんねぇかんな」
「へぇ、三人も!凄いですね~」
通算三十回越えのリピート話に笑顔で花を添える。
山田さんの誇りは、立派に成長した三人の息子達。
「んだ。男三人、大学出したんだ。婆さんも大変だったべな…オラ、金稼ぐしか脳が無かったから。あとは全部、婆さん任せだ」
ニッと笑って私を見上げるシワシワのつぶらな瞳。
「今の女の人らじゃ、離婚されるべな」
「あー、家事育児しない旦那さんはダメですね、多分」
ワハハ、と顔を見合わせて笑う。
「んじゃ、鬼婆でも仕方ねぇ、あの婆さんで我慢しとくか」
そう笑うが、毎日面会に来る奥さんを見詰める目はいつも優しかった。
羨ましい。
私も、いつか、誰かと…
ため息と共に現実へと引き戻される。
「申し送り始まりまーす」
日勤者が集まり始め、ナースステーションでの申し送り。
「えー、山田さんが6時30分、亡くなりました。ご家族が面談室使用しますので」
「また?憑いてるね、早乙女ちゃん」
師長の一言で、場が和んで、みんなクスクス笑う。
私も、なんだか胸が緩んで笑えた。
「そんなこと無いですって!はい、申し送り続けますよー!」
恙無く残りの仕事は引き継ぎ、私は帰宅する。
足取りは、思うより軽い。
なぜだか、胸がすっきりとしている。
カチャリ、と玄関の扉を開ける。
「はあ………」
私のため息は、何かに吸い込まれた。
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